硝子の絆
Chocola
第1話
桜が咲いていた。
風が吹くたび、花びらが舞って、視界が霞む。
だけど私の胸の奥は、ずっと冷たいままだ。
「入学、おめでとう」
母の笑顔に、私はうなずくだけだった。
今日は中学の入学式。新しい制服。新しいクラスメイト。
きっと、誰もがこれから始まる未来に期待している。
けれど――私には、もう“未来”なんてなかった。
だって私は、一度死んでいる。
*
思い出したのは、ある朝突然だった。
教室の黒板に書かれた「高校進学説明会」の文字。
それを見た瞬間、胸の奥に何かが突き刺さった。
息ができなくなって、机に突っ伏した。
目の前に、あの夜の光景がよみがえった。
夜の校舎。
同窓会。
屋上。
誰かに、背中を押された。
私の人生は、そこで終わった。
*
あれから数年が過ぎ、私は別の高校に進学した。
1回目の人生とは違う道。違う未来。
でも、運命は意地悪だ。
私の代わりに、従姉妹の茉莉が、私が通っていたはずの高校に入学した。
最初は何も起こらなかった。
彼女は明るく、友達も多くて、毎日楽しそうだった。
だけど、ある日、突然倒れた。
意識が戻らない。原因不明。
――まるで、私の“死”をなぞるかのように。
*
茉莉が亡くなったのは、その冬だった。
まだ若すぎる死。あまりに理不尽な別れ。
私は、彼女の部屋の片付けを手伝っていた。
棚の奥で見つけたのは、あの高校の卒業アルバム。
手が震えた。
1回目の人生で、私が通っていた学校。私が“殺された”場所。
アルバムを開いた瞬間、呼吸が止まった。
写っていた。
あの夜、屋上にいた人間たち。
私を笑顔で囲んでいた同級生たち。
――だけど、そこに“私”はいなかった。
不自然に空いたスペース。
それを見た瞬間、記憶が、流れ込んできた。
背中に受けた冷たい手の感触。
「誰にも言うなよ」と囁いた声。
床に広がる血。
濡れたコンクリートの匂い。
全部、思い出した。
私は、殺された。
そして今度は、茉莉が、私の代わりに命を奪われた。
*
「許さない……」
誰にも聞こえないように、私は呟いた。
怒りでも悲しみでもない。
これは――確信だった。
私は知っている。
1回目の人生で、臓器を提供した人たちがいた。
私の命で、生きながらえた人が、六人。
その一人が、茉莉だった。
小さい頃、彼女は病弱だった。
でも私の臓器の一部を使って、元気になった。
私たちは、知らずに“命”を分け合っていた。
なのに、彼女はまた死んだ。
なぜ? 誰が? どうして――また同じことが起きたの?
すべての謎は、あの夜に繋がっている。
あの屋上。
あの笑顔。
あの嘘。
*
絶対犯罪なんて、存在しない。
私は、彼らを暴く。
一人残らず、闇から引きずり出して、すべてを終わらせる。
これは、復讐の物語。
けれどそれ以上に、
命を繋いだ“絆”を、正しい形で終わらせる物語でもある。
硝子のように壊れやすく、それでも確かに繋がれていた絆。
そのすべてが、今の私を支えている。
二度目の人生に目覚めた意味――
必ず、この手で証明してみせる。
(了)
硝子の絆 Chocola @chocolat-r
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