硝子の絆

Chocola

第1話

桜が咲いていた。


風が吹くたび、花びらが舞って、視界が霞む。

だけど私の胸の奥は、ずっと冷たいままだ。


「入学、おめでとう」


母の笑顔に、私はうなずくだけだった。

今日は中学の入学式。新しい制服。新しいクラスメイト。

きっと、誰もがこれから始まる未来に期待している。

けれど――私には、もう“未来”なんてなかった。


だって私は、一度死んでいる。



思い出したのは、ある朝突然だった。


教室の黒板に書かれた「高校進学説明会」の文字。

それを見た瞬間、胸の奥に何かが突き刺さった。

息ができなくなって、机に突っ伏した。

目の前に、あの夜の光景がよみがえった。


夜の校舎。

同窓会。

屋上。


誰かに、背中を押された。


私の人生は、そこで終わった。



あれから数年が過ぎ、私は別の高校に進学した。

1回目の人生とは違う道。違う未来。

でも、運命は意地悪だ。


私の代わりに、従姉妹の茉莉が、私が通っていたはずの高校に入学した。


最初は何も起こらなかった。

彼女は明るく、友達も多くて、毎日楽しそうだった。

だけど、ある日、突然倒れた。


意識が戻らない。原因不明。

――まるで、私の“死”をなぞるかのように。



茉莉が亡くなったのは、その冬だった。

まだ若すぎる死。あまりに理不尽な別れ。


私は、彼女の部屋の片付けを手伝っていた。

棚の奥で見つけたのは、あの高校の卒業アルバム。

手が震えた。

1回目の人生で、私が通っていた学校。私が“殺された”場所。


アルバムを開いた瞬間、呼吸が止まった。


写っていた。

あの夜、屋上にいた人間たち。

私を笑顔で囲んでいた同級生たち。


――だけど、そこに“私”はいなかった。


不自然に空いたスペース。

それを見た瞬間、記憶が、流れ込んできた。


背中に受けた冷たい手の感触。

「誰にも言うなよ」と囁いた声。

床に広がる血。

濡れたコンクリートの匂い。


全部、思い出した。


私は、殺された。

そして今度は、茉莉が、私の代わりに命を奪われた。



「許さない……」


誰にも聞こえないように、私は呟いた。

怒りでも悲しみでもない。

これは――確信だった。


私は知っている。

1回目の人生で、臓器を提供した人たちがいた。

私の命で、生きながらえた人が、六人。


その一人が、茉莉だった。


小さい頃、彼女は病弱だった。

でも私の臓器の一部を使って、元気になった。

私たちは、知らずに“命”を分け合っていた。


なのに、彼女はまた死んだ。

なぜ? 誰が? どうして――また同じことが起きたの?


すべての謎は、あの夜に繋がっている。


あの屋上。

あの笑顔。

あの嘘。



絶対犯罪なんて、存在しない。


私は、彼らを暴く。

一人残らず、闇から引きずり出して、すべてを終わらせる。


これは、復讐の物語。


けれどそれ以上に、

命を繋いだ“絆”を、正しい形で終わらせる物語でもある。


硝子のように壊れやすく、それでも確かに繋がれていた絆。

そのすべてが、今の私を支えている。


二度目の人生に目覚めた意味――

必ず、この手で証明してみせる。


(了)

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硝子の絆 Chocola @chocolat-r

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