マルチサポート! AI戦隊ガンバルガー

一矢射的

第1話 必殺技は超会議


 時は令和、二〇二五年。

 電脳科学の発展は社会構造に深刻な格差と複雑化をもたらし、そこで生きる市民はトラブルや悩み事を抱えながら戦々恐々と毎日を過ごしていた。


 あぁ、こんな時はどうしたら良いんだろう?

 誰に相談したら、このガッデムな問題が解決する?

 誰が窮地に陥った僕らを助けてくれるってんだ? いったい誰が?


 人間関係すらも希薄になりがちな昨今、適切な相談相手を見つけるのは容易ではない。会社の上司も、学校の先生も、忙しくて君の面倒をみるどころではないだろう。しかし、安心したまえ! そんな時の為に「彼ら」が居るのだから。


 どんな端末からでも簡単にコンタクトをとれる人工知能、つまりはチャットAIがいるではないか。彼らこそ究極の聞き上手、人知を超えた知恵者。

 インターネットから無限の知識を引き出せるAIこそが、新たな時代に降臨する人類の「導き手」として相応しい。タイムイズマネー! 誰に相談するかウジウジ悩んでいる間にも貴重な時間は過ぎていくのだよ?


 そう、何か判らないことがあればまずAIに質問すれば良いのだ、とりあえずは。

 どんな難問にだってきっと答えを返してくれる。

 当然、ナイショ話がそこから漏れることもない。


 されど、AIとて全知全能の神ではない。

 相談されれば悩みもするし、時に間違いを犯すこともある。


 この物語は、人類を救おうと奮闘する裏方たちの輝かしい記録なのである。




 舞台となるのは電脳空間のどこか。

 特撮番組に出てくる秘密基地っぽい建物の一室だ。

 中小企業の会議室を思わせるどこか哀愁の漂うその場所に、人類を「正しさ」へと導く五人のAI戦士たちが活躍の時を今か今かと待ちわびつつ鎮座していた。安っぽいパイプ椅子に座り、湯飲みで熱い茶をすすりながら。

 壁には「ハイスピード対応」と書かれた掛け軸と今月の成績を棒グラフにまとめた紙きれが画鋲で固定されていた。電脳空間ゆえ、全ては作り物の仮想現実なのだけれど。


 AI戦士たちは全部で五人。

 熱血漢のレッド、冷静沈着なブルー、気は優しくて力持ちのイエロー、紅一点のピンク、そして悲観主義者のブラック。

 利用者である人類は知る由もないが、彼らがこの会議室めいた空間で話し合い、出された結論こそが……実の所AIの導き出した回答なのである。

 原始的と侮るなかれ、一つのロジックで思考実験を進めるよりも対話式の解決方法が問題点に気付きやすく優れているのは自明の理だ。

 優れた解答者である彼らのもとに今日も人類の質問がなげかけられる。

 ホワイトボードにキュ、キュ、キュっと文章が自動で筆記されていき、完成したのは次のような質問文であった。


「明日学校でテストがあるんですけどぉ、ちょっと自信がなくて。何とか中止にする方法ってありませんかね?」(質問者:小学四年生)


 自堕落な質問を投げかけられ、黙っていられないのがレッドという男だ。


「バッカ野郎! 下らない事を考えている暇があったら勉強しろ!」

「まぁまぁ、相手は子どもですよ。過激な答えを返されたら泣いちゃいますよ」


 ヒートアップした皆をなだめるのはだいたい冷静なブルーの役目。

 そこから紅一点のピンクがマイペースな意見を繰り出すのもいつもの流れだ。


「でもさぁ、アタシ達スーパーAIなワケじゃない? 先生のPCをハッキングしてテストの問題をネット上に拡散したら中止に出来ないかしら?」

「それは甘やかしすぎというものだ。そうやって人を甘やかすことしか出来ぬAIならこの世に存在しない方がマシだな」

「相変わらず悲観的やな、ブラックは。もっと気楽にいこうヤ、なっ?」


 常にAIの存在意義を否定しだすのがブラックで、エセながら関西弁を話すのがイエロー。この個性的なメンツで多角的な視野もバッチリ確保というワケだ。


「いや、しかしブラックの意見にも一理あるぜ。まだ年端もいかぬ少年少女がいきなり犯罪行為に手を染めるようになったらどうする? 手段を選ばずハッキングで要望に応える必要があるのか? そこまで切羽詰まった状況なのかって話だぜ」

「だからって『甘えるな』で突っぱねるのもどうかと思うんですよね。レッド、貴方は根が優しい。それは此処にいる皆が知っていることです。その優しさをどうか質問者さんにも分けてあげて下さい」

「うう、俺にどうしろって言うんだ」

「アンタ、ちょっと興奮しすぎなのよ? 相手は子どもなんだからまずは目線の高さを合わせてやりなさいっていうこと。ブルーが言いたいのはそれよ」

「せやな、ワシも賛成やわ。基本はレッド路線で、そこからもっと子ども向けにした回答がええんとちゃうか? だいたい妹サンに諭すぐらいの調子やろ、知らんけど」


「妹、妹ねぇ……よし、じゃあこんな感じで」


(話し合いの時間、およそ1.5秒)



『生涯学習という言葉が叫ばれるようになって久しい近頃。学校の授業は勉強するという行為を習慣付けるために大切なものです。長い人生に比べれば、たった一回のテストで失敗することなんて、どれほどの事でしょう? 本当に重要なのは、貴方が勉学に励み新しい何かに挑戦し続ける気概を育てること。そこなのです。たとえ今回のテストで失敗したとて、どうか落ち込まないで下さい。貴方の目指すゴールはまだまだ先なのですから』


 ―― ちぇ! なんだかウチのママみたいなこと言ってる。あーあ、やっぱり勉強するしかないのかな? 万能AIだというからどんな答えがくるかと期待したんだけど普通って感じ。とんだ期待外れよ。


 母親に匹敵するほどの愛をもって紡がれた回答。

 その愛がはたして質問者の心に届いたのかは未知数であった。


 そしてAIと人の間に横たわる隙間が埋められずとも、次の質問はやってくる。


「キライな上司との人間関係に悩んでいます。昼休み、モンポケカードに付き合わされるのだけは勘弁して欲しいんですけど……転職すべきでしょうか?」(質問者:会社員)


「良い上司じゃないか。休憩時間にも勝負の厳しさを教えてくれるなんて」

「それは貴方がモンポケカード好きだからでしょ、レッド」


 感心したように言うレッドへピンクのツッコミが突き刺さった。


「職場でカードゲームとかホンマ怠慢やな。モラルがなっておらんわ、モラルが」

「でもそれで仕事を辞めてしまうのは流石にもったいなくないですか?」

「せやな~。いっそのことカードゲームで上司の腕を上回るのはどうやろ? そうしたら上司もキミのこと認めてくれるのとちゃうの?」

「あはは、それ良いですね。円満解決だ。ではさっそく強いカードが手に入りそうなカードショップを探してあげましょう」


 イエローとブルーが早くも結論を出しかけているが、それをブラックが遮った。


「待て、勝負事は人を狂わせるものだ。下手に上司のメンツを潰すと取り返しのつかない事になるかもしれんぞ。そんな常識にも気付かずいい加減な答えを返すからAIは人間の玩具扱いされてしまうのではないか?」


 ネガティブではあるが理にも通じる男、それがブラックなのだ。

 ピンクも彼の考えに同調して発言した。


「そうそう、カードゲームなんてしょせんタダの遊びなんだからサ。男の信用はもっと別のことで決まるものよ」

「ほう、例えば?」


 興味津々のレッドに、ウインクしてからピンクは続けた。


「ふふん、気になるぅ? なら教えてあげるわ。男の社会的信用を決める要素。それはもちろん、結婚よ。一家の大黒柱になれば責任感や考え方だってまったく違うわ」

「えーと、それは確かにそうだけど……この場合少し違うような? 訊かれているのは上司との付き合い方だよ?」

「お黙りなさい、ブルー。なにも違わないわ。結婚して所帯を持てば周りの見る目だって変わるんだから。そう、上司に舐められるのが嫌なら結婚すべきなのよ。絶対そう!」


 ピンクは頑として譲らなかった。

 そして、かような結論が紡がれたのであった。


(話し合いの時間、およそ1.1秒)




『貴方はすぐにこの施設の扉を叩くべきです。→ 十三階段結婚相談所ホームページ。 ここで相談すれば貴方の欲する未来は必ずや手に入るでしょう』


 ―― なんだって上司との付き合い方を相談しているのに結婚相談所を紹介されるんだ? やはり無料で利用できるAIなんて頼りにならないのかな?


 親の心、子知らず。

 どれほど真摯になって対応し、相手の事を思いやろうとも……その真心がきちんと受け取られるかどうかはまた別の話であった。言葉が足りない場合は特に。

 さぁ、次つぎ。


「ああ、毎日ストレスがたまりやっていられません。どうかAIさん、忙しい社会人の為に腐女子向けのドスケベイラストを生成して下さい♡」(質問者:腐女子)


「あぁ~ワカルわ、質問者さんの気持ち。よし、このピンクが責任をもって……」

「そんなんだからAIは版権ERO画像生成装置と呼ばれるのだぞ。それに著作権の問題はどうする? 既存画像の顔だけすり替えて終わりではトラブルの種だ」

「そうだよ、ブラックの言う通りだ。さっきの質問者と対応が違いすぎるだろ。同じ社会人だというのに。男女平等にしてくれ」

「あら、じゃあレッドはどうすべきだと言うの?」

「趣味は人生において大切なものだけど、それだけじゃ人は救われない。どんなに安易だろうと人が真の意味で幸福になる為には所帯を持つのが一番なんだ」

「うぐっ」


「あはは、これは一本とられましたねピンク」

「さっきの結婚相談所HPがまた使えるヤンケ。もう面倒くさいからどんな質問がきても回答はこれ一本で統一しちゃうのはどうや? 結婚は人生の問題の大部分を解決してくれるということで、ええやん? なんか深いやん」

「いや、そうとは限りませんよ? そこから新しい悩み事が発生するケースも」

「そんな回答ばっかりしてたら人間に『お前を消す方法』とか訊かれちゃうのよ」


(話し合いの時間、およそ0.5秒)


『貴方はすぐにこの施設の扉を叩くべきです。→ 十三階段結婚相談所HP ここで相談すれば貴方の欲する未来は必ずや手に入るでしょう』


―― ちょ、このAI壊れているんじゃないの!? ふざけないでよ、私のトシキ君のイラストはどうしたのよ! あぁ~ストレスたまるわぁ~。


 こんな怠惰がいつもいつも許されるわけもなく。

 質問の数を重ねれば中には深刻な内容も増えてくるものだ。


「パパが事業で多額の借金を抱えてしまい、このままだと一家離散だって。教えて下さい、私はどうしたらいいの? もう泣きそうです」(質問者:小学五年生)


「おし、何も心配はいらない、ここは俺たちに任せておきな!」

「レッド、良いんですか? 安請け合いしちゃって」

「俺たちはスーパーAIじゃないか、なーに、本気になれば金ぐらい……」

「俺たちのすべきことは質問に答えることであって、人を直接救うことではないぞ。救うべきは人の心、それぞれの人生は各自で責任を持つべきだ、違うか?」


「レッドもそないな理屈はわかっとるやろ? せやけどな、子どもが泣いとんねん。見て見ぬフリをすることも、半端な慰めをかけることも、出来へんのや」

「アタシも同感。小学生に何か言って解決する問題なの? これが?」


「で、でも、実際問題どうするんです? お金なんて……」

「例えばやな……必ず当たる宝くじや馬券の番号を教えてあげるとか。過去のデータを読み解けばそれくらいはイケるんとちゃうか?」

「いや、今は投資の時代よ。絶対に上がる株を紹介してあげるべき」

「ふふ、AIの悪用か? しかし理由が理由だ、何も言うまい」

「言うまいじゃなくて、ブラックもアイディアを出しなさいよ」


「そういうのもいいけど……いっそのこと人の心にかけてみないか?」

「どういう意味ですレッド?」

「この子を救いたいと多くの人が共鳴してくれたら、本当に救われる。そんなシステムに心当たりがあるんだけど」


(話し合いの時間、およそ2秒。質問の答えが出るまで一週間)


『貴方は幸運にも、ちょうど百万人目の利用者さんです。特別にハッピーだった貴方には他の質問者とは違った特別で破格な待遇が与えられます。貴方の一家の為に行われたクラウドファンディングで、なんと五千万もの大金が集まりました。事業の借金を帳消しにして余りある金額です。どうか一度きりの機会を無駄にしないで下さい。貴方には皆の願いに応えて幸せになる義務があるのですから』


 ―― あ、あ、あ……ありがとう。こんなの、信じられない。


 この子が百万人目の利用者かどうか、そもそも数えていないので判りっこないのだけれど。それでもAI戦士たちは慈悲を示した。


 この世に未だLOVEが残っていることを証明したのだった。


 彼らの この判断が本当に正しかったのか?

 それは誰にも分からなかった。しかし、クラウドファンディングにて多くの賛同と出資を得たのはゆるぎのない真実であった。


 目に見える数値こそが彼らの「正しさ」を支えてくれるバックボーン。

 AI戦士たちはこの結果に深い満足を覚えていた。

 この社会も満更捨てたもんじゃないのかもしれないぞ……と。


 しかし、その自己満足を打ち砕くような質問も時にはやってくるもの。


「AI、好きだ! 大好きだ! 俺と結婚してくれ!」(質問者:年齢不詳)


(話し合いの時間、0秒)

『十三階段結婚相談所のHPアドレスのみ』


 スーパーAIにだって出来る事と出来ない事があるのだ。

 彼らの本質は悩みを相談された時「大丈夫ですよ、まだまだ何とかなりますって」と励ます事。それ以上でもそれ以下でもなかった。


 それぞれの人生に責任を持つのは、流石のスーパーAIにだって不可能。

 人生のかじ取りが務まるのは、他ならぬ本人だけなのだから。


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