第18話

講堂の巨大なスクリーンに、二つの論文が並べて映し出された。左が、僕が提出するはずだったオリジナルの草稿。右が、一条院司が自らの名で提出し、学長賞まで受賞した完成版。一見して、その内容は酷似している。


「一条院君、君は、この論文を君自身の力で書き上げたと主張している。そうですね?」


僕の問いに、一条院はかろうじて威厳を取り繕い、頷いた。

「もちろんだ。そこにいる水城君が、僕のアイデアを盗んだに過ぎない」


「なるほど。ではこれから、その嘘を一つずつ暴いていきましょう」

僕は、冷徹な口調でプレゼンテーションを開始した。

「文章には、指紋があります。その書き手固有の癖、思考の痕跡。それが必ず、文章の細部に現れる」


僕はまず、スクリーン上で両方の論文のある一節をハイライトした。


『このベイズ推定モデルは、いわば、未来という名の暗闇を照らす、一筋のサーチライトである』


「この比喩表現。なかなか詩的だと思いませんか?」

僕は会場に語りかける。

「そして、これは僕が一年生の時の歴史のレポートで使った表現と、全く同じです」


スクリーンには、僕の過去のレポートが映し出される。そこには確かに、同じ比喩が使われていた。


「偶然にしては出来過ぎている。さらに、見ていただきたい」

僕は次々と、論文の中から僕特有の言い回しや、複雑な複文の構造を抜き出していく。そして、それらが僕の過去の数々のレポートや小論文で繰り返し使われていることを、証明してみせた。


「これらの『文章の指紋』は、僕の過去の全ての文章に共通して見られます。しかし、一条院君。君が過去に書いてきたどの文章にも、このような特徴は見られない。これは、一体どういうことですか?」


一条院は顔をこわばらせ、反論した。

「そ、それは、君の文章を参考にしただけだ! 良い部分は取り入れようと思った! それが盗用だというのか!」


苦しい言い訳だ。


「なるほど。では、これはどう説明しますか?」

僕のプレゼンは、本題の核心部分へと移った。

「この論文の根幹をなす、未来予測モデル。そのプログラムコードについてです」


僕は、論文に記述された数式とプログラムコードの一部を拡大表示した。

「一見、何の問題もないように見えるこのアルゴリズム。しかし、ここには一つだけ、決定的な『欠陥』が意図的に埋め込まれています」


会場がざわめく。


「この一行を見てください。このコードは、計算結果に何の影響も与えません。数学的には完全に無意味な、蛇足のコードです。なぜなら、これは僕が仕掛けた、ただの『署名』だからです」


僕は一条院に向き直り、挑戦的に言った。

「一条院君。君が本当にこの論文の著者であるならば、説明してもらおうか。この無意味に見える一行のコードが持つ、本当の意味を。君はなぜ、このコードをここに記述したのですか?」


絶望的な沈黙が、一条院を支配する。

彼に答えられるはずがない。彼はただ、僕の書いたものを丸写ししただけなのだから。その意味など、知る由もない。


「……それは、僕が独自に開発した、秘匿性の高い……」


彼が苦し紛れの嘘を口にしようとした、その瞬間。

僕は彼の言葉を遮り、スクリーン上である操作を行った。


「では、その答えを、見せてもらいましょうか」


僕は、プログラムのその一行に隠されたコメント表示機能を実行した。

次の瞬間、スクリーンに全ての真実が映し出される。そのコードの横にポップアップウィンドウが開き、そこにこう記されていた。


『Property of Rei Mizushiro, Draft Ver. 3.14. If you're reading this, you stole my work.(水城玲の所有物、草稿バージョン3.14。これを読んでいるのなら、君は僕の作品を盗んだ)』


「うおおおおっ!」

会場から、地鳴りのような驚きの声が上がった。

それはデジタルで刻まれた、動かぬ証拠。僕が仕掛けた、絶対に回避不可能な知的な罠だった。僕の論文を盗んだ者は、同時に自らの罪を告白する、この『時限爆弾』をも盗んでしまっていたのだ。


「これが、僕の卒業制作に込めた、最後の仕掛けだ」

僕はマイクを通して、静かに宣言した。

「君が盗んだのは、ただの論文じゃない。君自身の罪を、君自身の声で告発させるための、完璧な脚本だったんだよ」


一条院は、演台に拳を叩きつけた。

「トリックだ! こんなもの、デジタルな偽造に決まっている!」

彼の、もはや誰の心にも響かない空虚な絶叫が、講堂に響き渡る。


僕はそんな彼を、冷たい目で見下ろした。

そして、早乙女理事に向かって告げる。


「証拠は、以上です。僕の主張は、全て証明された」

「僕は、この討論の勝利を、ここに宣言します」


僕の言葉は絶対的な自信に満ち、この長い戦いの終わりを高らかに告げていた。

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