『俺達のグレートなキャンプ51 茄子の蒲焼で和食ソムリエを満足させよ』

海山純平

第51話 茄子の蒲焼で和食ソムリエを満足させよ

俺達のグレートなキャンプ51 茄子の蒲焼で和食ソムリエを満足させよ


「よーし!今回のグレートキャンプは決まったぞー!」

石川の雄叫びが、まるで雷鳴のように山梨県の奥多摩キャンプ場に響き渡った。その声の大きさたるや、隣のサイトでバーベキューの準備をしていたサラリーマン風の男性が手に持っていた肉をポトリと落とし、向かいのテントからは犬の鳴き声が聞こえ、さらには100メートル先の管理棟からキャンプ場の管理人が「何事だー!」と慌てて飛び出してくるほどだった。

「また始まった...」

富山が地面にペグを打ち込みながら、まるで人生に疲れ果てた中年サラリーマンのような深いため息をついた。その表情は諦めと呆れと、そして隠しきれない期待感が絶妙にブレンドされ、まるで「今度はどんな馬鹿なことを...でもちょっと楽しみ」と額に書いてあるかのようだった。汗が額に浮かび、前髪が張り付いている。

「今度は何?まさか昨日の『雲の形当てクイズで盛り上がろう』の続編じゃないでしょうね?」

「あれは最高だったじゃないか!積乱雲を『怒った象』って答えた小学生の純真さよ!感動したぞ!」

石川の目がキラキラ輝いている。その瞳は少年のように無邪気で、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような興奮状態だった。

千葉が薪を几帳面に並べながら手を止める。その動作は丁寧で、まるで茶道の作法のように一本一本を慎重に配置していた。

「で、今回のグレートキャンプは?」

千葉の声には期待感がにじみ出ていた。新人キャンパーとしての好奇心が爆発寸前で、まるで「何でも来い!」と全身で表現しているかのようだった。

石川がポケットから何かをそっと取り出した。それは一枚の名刺だった。和紙のような上質な紙に達筆で書かれた文字が、夕日に照らされて金色に輝いている。

「『和食ソムリエ 田中雅彦 四十年の経験 舌で日本の心を語る男』...?」

富山が名刺を受け取り、眉をハの字に下げながら読み上げた。その表情は不安で満ちていて、まるで爆弾の導火線を見つめているような緊張感があった。

「そう!昨日温泉の露天風呂で出会ったんだ!超厳しい和食の評論家らしくてさ、『最近の若者は和食の心を理解していない!日本の食文化が滅びる!』って熱弁してたんだよ!湯船でマジ説教一時間!のぼせるかと思った!」

石川の説明に合わせて、彼の身振り手振りがどんどん大げさになっていく。まるで一人芝居の役者のように全身を使って表現している。

「それで?」

「だから俺たちが茄子の蒲焼を作って、その和食ソムリエを唸らせてやろうじゃないか!しかも!ただの茄子じゃない!」

石川が勢いよく拳を天に向けた瞬間、隣のサイトから「がんばってー」という子供の声援が聞こえた。振り返ると、小学生の男の子が手をヒラヒラ振っている。

「ちょっと待って」富山が慌てて立ち上がる。その動作は忍者のように素早く、同時に恐怖で足がガクガク震えていた。「茄子の蒲焼って何よ?そんなの聞いたことないわ!第一、ただの茄子じゃないって何!?」

「俺もない!」千葉が目をランランと輝かせる。その表情はまるで宝物を発見した冒険家のようで、興奮で頬が赤く染まっている。「でも面白そう!すっごく面白そう!」

「千葉!あなたはいつもそうやって...」

「大丈夫大丈夫!でもな、今回は究極の茄子を使う!」

石川がニヤリと笑いながら、リュックからとんでもないものを取り出した。

それは...長さ30センチはありそうな巨大な茄子だった。しかも普通の紫色ではない。なんと真っ黒!まるで宇宙の闇のような漆黒の茄子が、夕日を受けてギラギラと不気味に光っている。

「うわああああああ!」

富山が仰け反って、危うくテントのロープに足を引っかけそうになった。

「これは『ブラックビューティー』っていう幻の茄子だ!農家のおじいちゃんが30年かけて品種改良した超レア品種!普通の茄子の3倍の甘みと5倍の旨味成分!そして食感は...まるでフォアグラのようにとろける!」

石川の説明に、周りのキャンパーたちがザワザワと集まり始めた。

「そんな茄子あるわけ...」

富山の言葉を遮るように、千葉が興奮して飛び跳ねる。

「すげー!本物の宇宙茄子だ!これでウナギの代わりを作るのか!」

「宇宙茄子じゃない!」

「よし!買い出しに行くぞ!調味料は普通じゃダメだ!今回は究極の蒲焼を作る!」

石川が車のキーをジャラジャラと鳴らす音が、まるで戦いの太鼓のように響いた。

車で20分のスーパーに到着。しかし石川が向かったのは普通の調味料コーナーではなく...

「輸入食材コーナー!」

そこには世界各国の調味料がところ狭しと並んでいた。石川の目が獲物を狙う鷹のように鋭く光る。

「蒲焼のタレは...これだ!」

石川が手に取ったのは、なんと「ブラジル産アマゾン川のピラニアエキス入り特製ソース」だった。ラベルには凶暴そうなピラニアの絵が描かれ、「DANGER」の文字が赤く光っている。

「え!?それ食べ物なの!?」千葉が目をまん丸にする。

「そして隠し味は...これ!」

次に取り出したのは「ヒマラヤ岩塩」「トリュフオイル」「韓国産激辛コチュジャン」「沖縄産黒糖」「北欧産白味噌」...

富山の顔がどんどん青ざめていく。まるで化け物でも見ているような表情だった。

「ちょっと、ちょっと待って!なんでピラニアエキス!?なんでトリュフ!?茄子の蒲焼にそんなもの必要ないでしょ!?」

「必要だ!究極の茄子には究極の調味料!和食の概念を覆すんだ!」

石川の目がギラギラ光っている。その表情はまるでマッドサイエンティストのようで、危険な香りがプンプンしていた。

そして...

「おお!君たちか!」

振り返ると、スーパーの入り口で見覚えのある初老の男性が立っていた。昨日温泉で出会った田中雅彦その人だった。その風貌は威厳に満ち、まるで時代劇の料理人のような雰囲気を醸し出している。白いひげが夕日に映えて神々しい。

「偶然だな!食材の買い出しかね?」

「はい!茄子の蒲焼の材料を!」千葉が元気よく答える。

田中の目がキラリと光った。その瞬間、周りの空気が張り詰めた。

「ほう...本当にやる気なんだな。では、私も材料選びから参加させてもらおう!」

田中の声には只ならぬ迫力があった。

「え!?」

三人が同時に振り返る。

「和食の基本は素材選びから始まる!君たちの本気度を見せてもらおう!」

田中が石川の買い物カゴを覗き込む。そして...

「ピラニアエキス!?トリュフオイル!?君たちは何を作るつもりだ!?」

田中の顔が真っ赤になった。まるで湯だこのように赤くなって、湯気まで出ているような勢いだった。

「究極の茄子の蒲焼です!」石川が胸を張る。

「究極だと...?ふざけるな!和食に究極もへったくれもない!心だ!心が大切なんだ!」

田中の怒声がスーパー中に響く。他の買い物客がみんなこちらを見ていた。

「で、でも美味しければ...」千葉がおずおずと言う。

「美味しい?美味しければいいのか!?和食の神髄を知らない若造め!」

田中がギロリと三人を睨む。その目力は凄まじく、まるでビームでも出そうな勢いだった。

「じゃあ...どうすればいいんですか?」富山が恐る恐る聞く。

田中がフッと息をついた。そして急に優しい表情になる。

「いいだろう。私が本当の茄子の蒲焼を教えてやろう。だが、君たちも私を驚かせてみろ。その変な材料も使ってみろ。どっちが美味いか勝負だ!」

「勝負!?」

三人が同時に叫んだ。

キャンプ場に戻ると、もう夕方の5時。夕日がオレンジ色に空を染めて、まるで炎のように美しかった。しかし石川たちの心は戦いの炎で燃え上がっていた。

「よし!グレートクッキング・バトル開始だ!」

石川の宣言と共に、調理が始まった。

まず田中が動く。その手さばきは職人そのもので、無駄な動きが一切ない。

「茄子は縦半分に切る。そして格子状に切り込みを入れる。この切り込みの深さが肝心だ。浅すぎれば火が通らず、深すぎれば崩れてしまう」

田中の包丁さばきは芸術的で、まるで日本刀を扱う武士のような美しさがあった。茄子が規則正しく格子模様に刻まれていく。

一方、石川は...

「うおりゃー!」

気合いと共に巨大な黒茄子に包丁を入れる。その瞬間、まるで果汁のように黒い汁がピュッと飛び出した。

「うわ!何これ!?」富山が飛び退く。

「これがブラックビューティーの証拠だ!普通の茄子じゃ出ない黒いエキス!これこそが究極の旨味成分!」

石川が興奮して説明する間も、黒い汁がジュクジュクと音を立てながら茄子から滴り落ちていた。その様子はまるでSF映画の宇宙生物のようで、不気味でありながらも食欲をそそる香りが立ち上っていた。

「次は調味料の準備だ!」

石川がピラニアエキスの瓶を開けた瞬間、プーンと強烈な匂いが広がった。それは魚の生臭さと何とも言えない野性的な香りがミックスされた、まさに川の王者の匂いだった。

「うげー!」千葉が鼻を押さえる。

「これにトリュフオイルを加えて...コチュジャンで辛味を...黒糖で甘みを...」

石川の手が止まらない。まるでマッドサイエンティストが怪しい薬品を調合しているような手つきで、次々と調味料を混ぜ合わせていく。

出来上がったタレは...虹色に光っていた。

「うわああああ!光ってる!なんで光ってるの!?」富山が腰を抜かす。

「トリュフオイルの油分とピラニアエキスの成分が化学反応を起こしたんだ!これぞ究極のタレ!」

石川が得意げに説明する間も、タレはキラキラと七色に光り続けていた。まるで虹のように美しく、同時に危険な香りを放っていた。

一方、田中のタレは...

「醤油、みりん、砂糖、酒。これだけだ。シンプルこそが和食の心」

田中が静かに調味料を合わせていく。その手つきは禅僧のように落ち着いていて、一切の無駄がない。出来上がったタレは美しい茶色で、まるで琥珀のように透き通っていた。

そしていよいよ焼きの段階。

田中が炭火を起こす。その火起こしの技術は見事で、あっという間に赤々とした炭火が燃え上がった。

「炭火こそが和食の基本。遠赤外線効果で茄子の中までじっくりと火を通す」

田中が茄子を網に載せる。ジュージューという音と共に、香ばしい匂いが立ち上った。その匂いは鼻をくすぐり、思わず唾液が分泌されてしまうような魅惑的な香りだった。

石川はガスバーナーで調理開始。

「うおりゃー!火力最大!」

ゴォォォーという爆音と共に、青い炎が黒茄子を包み込んだ。その瞬間、茄子から湯気がモクモクと立ち上り、まるで温泉のような光景になった。

「あ、熱い熱い!」千葉が慌てて後ずさる。

黒茄子が焼けていく様子は壮観だった。表面がジュクジュクと音を立てながら焼け、格子模様がくっきりと浮かび上がってくる。そして何より、その香りが凄まじかった。

普通の茄子を焼いた時の香ばしい匂いに加えて、何とも言えない甘い香りとスパイシーな香りが混ざり合い、まるで高級レストランの厨房のような芳醇な匂いが辺り一面に漂った。

「うまそー!」

隣のサイトから子供の声が聞こえる。気がつくと、石川たちの周りには大勢の人が集まっていた。キャンプ場の他の利用者たちが、この異様な調理バトルに興味津々で見物しているのだった。

「がんばれー!」

「どっちが勝つかな?」

「あの黒い茄子、本当に食べられるの?」

観衆の声援を受けて、石川のテンションがさらに上がる。

「よし!ここでタレ投入だ!」

石川が虹色に光るタレを黒茄子にジャバーッとかけた瞬間...

「うわああああああ!」

まさに爆発のような音と光が起こった。タレが高温の茄子に触れた瞬間、虹色の湯気がシューッと立ち上り、まるで花火のように美しい光景が広がった。

そしてその匂い...

「なんだこれは...!」田中が驚愉の声を上げる。

それは今まで嗅いだことのない香りだった。ピラニアエキスの野性的な香りと、トリュフの高貴な香りが絶妙にマッチし、コチュジャンのスパイシーさと黒糖の甘みが鼻腔を刺激する。まるでジャングルの奥地で高級フレンチを食べているような、不思議で魅惑的な香りが辺り一面に広がった。

「こ、これは...」富山が恐る恐る鼻をひくつかせる。「確かに美味しそうな匂いだけど...でも怖い...」

一方、田中の茄子も完成に近づいていた。

「最後のタレ掛けだ」

田中が静かに琥珀色のタレを茄子に塗る。その瞬間、ジュージューという音と共に、懐かしい香りが立ち上った。それはまさに日本の夏の香り。おばあちゃんの家で食べた手作りの蒲焼のような、心温まる香りだった。

「いい匂い...」千葉がうっとりする。

両者の茄子の蒲焼が完成した。

田中の作品は、見た目も美しく、格子模様がくっきりと浮かび上がり、琥珀色のタレがツヤツヤと光っていた。まさに教科書に載りそうな美しい茄子の蒲焼だった。

石川の作品は...異様だった。黒い茄子に虹色のタレが絡み、まるで宇宙食のような不思議な見た目をしていた。しかし、その香りは確実に食欲をそそるものだった。

「では...」田中が厳粛な表情で箸を取る。

周りが静まり返る。子供たちも固唾を飲んで見守っている。キャンプ場全体が静寂に包まれた。

まず田中が自分の作品を一口...

「うむ...我ながら上出来だ」

次に石川の黒茄子を恐る恐る箸で摘まむ。その瞬間、箸に伝わる感触に田中の顔が驚きの表情に変わった。

「この食感...まるで...」

田中が一口、口に運ぶ...

「...!」

田中の目が見開かれた。その表情は驚愕、困惑、そして...感動が入り混じったものだった。

口の中で茄子が溶けていく。それはまさにフォアグラのようなとろける食感で、同時に茄子特有のふわふわした食感も残っている。そしてタレの味が...

ピラニアエキスの野性的な旨味が舌を刺激し、トリュフの高貴な香りが鼻腔を満たす。コチュジャンの辛味がピリリとアクセントを加え、黒糖の甘みが全体をまろやかに包み込む。そして何より、茄子本来の甘みが全ての味を調和させて、今まで体験したことのない複雑で深い味わいを作り出していた。

「これは...これは...」

田中が感動で言葉を失う。

「どうですか?」石川が期待に満ちた目で見つめる。

「...負けだ」

田中がポツリと呟いた。

「え!?」

観衆がどよめく。

「私の負けだ...!君たちの茄子の蒲焼は...確かに和食の概念を覆した!しかし!」田中が立ち上がる。「それでいて和食の心を理解している!素材を活かし、調和を大切にし、食べる人のことを思って作られている!これこそが本当の和食だ!」

田中の言葉に、キャンプ場全体が拍手で包まれた。

「やったー!」

「すげー!」

「信じられない!」

歓声が響く中、石川が大量の茄子の蒲焼を作り始めた。

「みんなで食べよう!究極の茄子の蒲焼パーティーだ!」

あっという間にキャンプ場全体が茄子の蒲焼祭りになった。田中も子供たちに囲まれて嬉しそうに料理を配っている。

「うまい!」

「これ本当に茄子?」

「ウナギよりおいしいかも!」

みんなの笑顔を見ながら、富山が石川の肩を叩く。

「今回は本当にグレートだったわね...まさか本当に美味しいなんて」

「だろ?茄子でみんなが笑顔になるなんて、最高のキャンプじゃないか!」

千葉が満足そうに黒茄子を頬張りながら、その複雑な味わいに感動していた。とろける食感と爆発的な旨味が口の中で踊り、思わず「うまーい!」と叫んでしまう。

「次回はどんなグレートキャンプにする?」

「次回か...」石川が星空を見上げる。「今度は『手作り納豆でフランス人を驚かせよう』なんてどうだ?」

「また始まった...」富山が苦笑いするが、その表情は確実に楽しそうだった。

こうして、俺達のグレートなキャンプ51は、黒茄子の蒲焼と共に伝説となったのである。

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『俺達のグレートなキャンプ51 茄子の蒲焼で和食ソムリエを満足させよ』 海山純平 @umiyama117

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