大学生活それは唯一無二の青春をすべき期間であって、オカルト超常現象なんかに入り浸る蛮行に走るべきではないのだが

@zunndamon

霊感

 大学一年の春。

 僕は東京都北区の下宿先から数時間かけて電車で都内を西進し、八王子市内の自然豊かなキャンパスに通っていた。大学の最寄の相原駅で降りた後は約10分ほどかけて坂を登り続けなくてはならない。そこは田畑や森に囲まれた小道で、学生向けアパートやアトリエがぽつりぽつりと建っている。

 本来、そこは大学内の広場まで走るバス路線があるので歩く必要はないのだが、僕は徒歩でその自然に触れることを重視している。そうして日々を過ごしていたある日、奇妙な出来事に遭遇した。いつものように大学の最寄駅から歩いて坂を登っている途上で、小道の前方にある民家の塀からひょっこりと男がこちらを覗き込んできていた。どうにもその様子に気味の悪さを覚えて立ち止まり凝視したのだが、なんとそれはただのカーブミラーであった。「またこれか」と僕は思いつつも、不気味な男の姿が脳裏にまだ絡みついていたから、小走りでその山道を後にした。



 その日の夕方。

 渋谷駅近辺の居酒屋で新入生歓迎会を開催していたオカルトサークルに顔を出していた。渡瀬と名乗る部長に勧められるままに皆はあらかじめ設定された席に座り、オレンジジュースを注文して、それから僕らはオカルトサークルらしく怪談話に興じる。やいのやいのと口を出しながら眉唾ものの体験談を楽しむ。そうして40分か過ぎた頃、僕が話す番がやってきた。

 なんのはなしをするべきか。

 考えに考えた末に僕は幼少期より悩まされてきた、ある症状について語り始めた。

 

 「僕は子供の頃から霊感のようなものをもっていました。"ようなもの"と形容したのは実際に幽霊を見たり霊的体験をしたりしているわけではないからです。たとえば、大学から帰る道中に一際背の高い街路樹があるのですが、それを目にしたり近づいたりすると、意思を持った何らかの存在であるという確信めいた脅迫感情に襲われるのです。それは特定のあるモノからしか感じることはありません。木だけでなく、カーブミラーであったり、人形であったりする。僕はそれらから強烈に"生"を感じるのです。」

 滔々と熱く述べた。すると渡瀬さんは机から乗り出して興味津々と言った感じでいくつもの質問をぶつけてきた。「いつからその能力に目覚めたのか」「その強迫観念をもたらす主体は実際になんら変哲もないオブジェなのか」などと、論文発表の会場かよ!と思うほどさまざまな側面から質疑が行われた。そうして最後に、彼女はこう言うのだ。「新歓のあと、時間あるな?」



 僕は渡瀬さんの自宅に招かれた。彼女曰く「見せたいものがある」らしい。キンモクセイの香りが漂う六畳間で、僕は電源のついていない炬燵に座りながら、テレビを見て待ち続けること数分。

 ガチャンガチャンと扉を強く開こうとする音が響く。鍵は閉まっている。それから鍵が開いたかと思うと、瞬間に渡瀬さんが部屋に入ってきた。その腕には額縁があった。絵は裏返しになっていて見えない。ただしそれは埃がかぶっていてかなり年季が入っているように思えた。

 「これをみてくれ」

 彼女はこちらに向かって必殺技を放つかのように絵画を突き出して見せつけてきた。その中身を目にした途端に僕はゾッとした。

なぜ人の気配のない都市風景画というのは、こんなにも恐怖を与えてくるのだろう。じっと眺めていると、人口的有機的な構造体の隙間のどこかに、真っ白で人の造形をした存在がひっそりと描かれていて、体躯座りでこっちを見ている、あるいは手招きをしているような妄想をしてしまう。そしてそれが人類のいなくなった後に巣食われている世界と繋がる窓に思えてきて、そこに吸い込まれるという強迫観念に駆られてどうにかなってしまいそうだった。


 恐怖のあまり絵画から目を逸らして前を向き直るとテレビが消えていた。

 僕が自分で消したのかもしれないが、過去の記憶が曖昧になっている。しかし今の私にとって大事なのは事実の精査ではない。真っ暗な液晶パネルに反射するひとりの人影が、ずっとこちらを眺めているその状態に、僕は心拍数が上がって今にも飛び出してしまいそうだった。渡瀬さんに絵を見せないでくれ、と頼み込む。了承してくれて、それから炬燵に入って向かい合う形になると、

「やはり感じたようだな。」

 ボソリと彼女が呟く。

「なにをです?」

 僕は自分の心と対峙することを避けてとぼけた。

 彼女は僕の答弁を無視して、話し始める。

「これは私が秘蔵しているコレクションだ。当然に曰く付きの絵なのだが、やはりお前の反応から察するに、霊的な力を感じたみたいだな? お前には才能があるぞ。どうだ、弟子にしてやろうか。」

 突拍子もない誘いに「へ?」と情けない声を出してしまった。改めて話を聞くに、どうやら霊能者の道に僕を引き摺り込みたいという魂胆らしい。


 そして今なら私の弟子してやる、と。


 意味がわからない。突然すぎるし、第一僕は幽霊なんぞ見れないし見ようとも思わない。こんなサブカルなオカルトサークルに顔を出したのだって好奇心の気の迷いであって、それほどそちらの方面に関心が強いわけではないのだ。クドクドと御託を並べていると、無理やりに言いくるめられて、結局僕は彼女を師匠と仰ぐことになった。



この出来事は僕の大学生活を一変させる劇薬であったんだと今にして思う。人生の大きな分岐点であり、青春とは言い難い暗くジメジメとした師匠とのオカルト三昧の日々は僕のキャンパスライフを形作る主要な部分でもあった。

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