雨雲:「じれったい!ちょっとイヤらしい雰囲気にしてきます!」

 




しとしとと雨が降るのを眺める


こりゃ、無理だな


空にかかる冬ぶとんのような雲が、俺の帰路を妨害している

地を討つ雨音が俺の、なけなしの猛将を引っ込めさせた

教室の蛍光灯がちらつき己の声を代弁している様に思わせる


「ヒロ君も傘忘れたの?」


ささくれた心を満たす、透き通る声

美咲さんが何処か遠慮がちに声をかけてきた


「美咲さんもか……友達と帰らなかったの?」


彼女はクラスでも人気者だ、傘の一つや二つどうとでもなるはずだが…


「うん、ちょっと……っね」


ほんのり染まる頬が言いにくい理由を考察させた


保健室か?


いや…トイレか……トイレだろうな

大方、トイレに行っている間に友達が帰ってしまったのだろう

そして傘がないことに気がついて、教室に傘を持っている生徒がのこってないか探しにきた


冴えわたる名推理に思わず口角が上がる


「えっ、えへへ」


泳ぐ視線に何処かぎこちない笑顔が、推理に信憑性をもたせる


それにしても──かわいいなぁ、天使か?


彼女の持つ小物一つとっても、愛らしさが溢れている


「その手提げかばん、美咲さんに似合っているね」


「え”!?」


さっきまでの雨をものともしない笑みが急転直下、洪水の様に青ざめた

あまりの落差に思わず、洪水警報が発令されてないかスマホを確認してしまう


彼女の手に隠された手提げかばんが、中の筒状の物を完全に覆い隠す


「あ、あははぁ…ありがとう。これ、おばあちゃんの手作りなんだぁ」


直ぐに戻った顔色を見るに、おばあちゃんっ子が恥ずかしかったと見える

どうやら、堤防の決壊は免れたらしい


「ごめん、女の子に不躾だったね」


しかし、かわいいなぁ、天使か?


「そ、そ、そ、そんな事ないよ! すごく嬉しい」


そのはにかむ表情は普段見せることのない、とても尊いもののように思わせる

急に頭に血がのぼり、少しまとわりつく室温が上がったように感じた


「ふ、普段そんなに話したこと無かったから、なんだか新鮮だね」


どこか上ずった声が出てしまったが、まぁいい

少しの沈黙が染みる、ただ嫌な感じはしない


「その……前から気になっていたんだけど、その缶バッチの娘って誰なの?」


なるほど、話したかった事はコレかぁ


「よくぞ聞いてくれました!」


よく見えるようにカバンを机に置き直す


「よっと、このキャラは美少女イラストレータVTubar、タブ・キュアちゃんです」


「”俺の幼馴染のランクがSSRな件”のイラストも手掛ける、新進気鋭のイラストレータなんだ」


彼女の功績はそれだけではない


若干17歳でプロデビューを果たし

小説投稿サイトの金賞の特別賞として、作品のイラストを書いてもらえる事が決まった時にはなんと、普段の倍以上の応募が在ったとこで、金賞の発表が遅れに遅れたりもした


他にも、歌ってみた動画を上げた曲と公式コラボして、配信サイトでコラボ曲が出されたり

チャンネル登録者数が、人気VTubarを押しのけトップ3に入り込んだりもした!


そして、家には配信の企画で書かれた、彼女の直筆のイラストがある!!!!


「も、もう大丈夫かな?」


しまったぁぁぁぁぁあ!


オタク特有の早口が!!


キモいとか思われたら、死ぬ!!!


死んでしまう、こんな良い子に愛想つかれるとか、一体前世でどんな罪を犯したというのか!?


「……ごめん、ちょっと嬉しくって、美咲さんがVに興味もってくれるなんて思わなくてさ」


普段より大きく見開かれた、愛らしい眼差しがへにゃりと緩む


「うん、大丈夫だよ……もう少しお話しよ?」


安心させるような、甘い声が脳髄をじっとりと満たしていく


ふぅー、かわいいなぁ、女神か?











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