迷子の幼女20メートル

渡貫とゐち

迷子の幼女20メートル


 迷子なのだろうか。駅構内で幼女が泣いていた。


 通行人の誰もが知らぬ存ぜぬの顔で素通りする中で、正義感が強いが見た目が少し「オカルト」寄りな男性が声をかけた。


「――君! 迷子かな!? おかーさんとはぐれたのかな!?」

「う、うん……おじさ、」


「ストップ! 近寄ったらダメだ! 距離を取って話そう……。君が近づいてくるとおじさんが悪者になるし、周りに勘違いされるからね……。こんな汚い見た目じゃおじさんが捕まっちゃうよ。だけど安心してほしい、おじさん、君のことを助けるつもりだからね!」


 距離を取って20メートル……まだ足りないか?


 しかし、これ以上離れると声も聞き取りづらくなるだろう。


「おかーさんはどんな格好していたかな?」

「ぼうし、かぶってる……」


「どんな帽子?」

「まるっこいの」


「まるっこい……、服はどんな色?」

「赤……、まっかっか」


 ――だいぶ目立つ格好をしているらしい。

 ならば見つけやすいだろう。


 周りを見渡すと、全身が真っ赤っかの女性が慌てながら近づいてくる。


 彼女は幼女に向かって、

「りーちゃんっ、どこにいたの!?」

「ママー!」と、感動の再会だった。


 胡散臭いで定評のある男は、「よかったね」と小さく呟き、その場を後にしようとしたが、幼女が遠くから「おじさーん!」と声を上げた。


「おじさんっ、ママと会えたっ、ありがとっ」


「ダメだダメだ近づいたらダメだと言っただろう! 止まりなさい、近づかないでくれ……。君が近づくだけで、おじさんは喉をナイフで引き裂かれるような思いなんだ……。分かってくれ、世間はバカだから、なにもしていない人を簡単に通報するんだよ……。だからおじさんを守るためだと思って近づかないでくれ、お願いだ……!」


「おじさん……、りーのこと、きらい……?」


 りーちゃん、と呼ばれていたのだ。

 幼女の名前は「りー」……なんとか、なのだろう。


 幼女の一人称も「りー」だった。


「もちろん嫌いじゃないさ。ただね……。いいから、ほら、ママのところに戻りなさい。あと、ママのことを止めてきてくれるかな? まさに今、スマホを取り出して電話してる。あれ絶対警察に通報してるからさ!!」


「え、おじさんっ、どこいくの!?」


「逃げるんだよッ、人助けをして通報されて捕まるなんて最悪だ! クソ、見て見ぬふりができない性格が嫌になる――俺も周りの大人みたいに知らぬ存ぜぬで賢くなりたいのにッッ!!」


 見て見ぬふりができないからこそ、これまでたくさんの不利益を被ってきた。

 直したい欠点ではある……あるが。


 見て見ぬふりをして後々モヤモヤするのなら、通報されることを覚悟で助けてしまった方が総合的なメンタルダメージとしては少ないのではないか……?


 だからこそ、助けたという一面もあるわけだし。


「おじさん!」


「――じゃあね、おじさんは逃げる! 君はもう迷子になったらダメだよ!!」




 人混みに紛れて、恩人の姿を見失った。

 幼女は、後ろからそっと肩に手を置かれ、振り向く――母親だ。

 真っ赤な彼女はスマホ片手に娘を抱き上げた。


「つーほーしたの?」

「一応ね。勘違いなら謝ればいいだけでしょう? りーちゃんの安全が最優先よ」


「……助けてくれたの。なのに……、おじさんが可哀そうだよ」


「ええ、分かってるわ。分かってるけど……それでも。りーちゃんにもしものことがあったら、って考えると、あの人への配慮よりもりーちゃんを守ることを優先するわ。ほんとに申し訳ないんだけどね……」


 ――なにを優先するのか。


 恩人を疑ったわけではなく、娘の危険をできるだけ0にするための一手だったのだ。


 母親なら当たり前の行動だ。


 娘を守るためならば。

 たったひとりの男を地獄に落とすくらい、躊躇なくできる。




 … おわり

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