第3話「悪魔にシスター服を」
翌朝。
ネフェリアは教会の長机の上で、モーフにくるまれた状態で目を覚ました。
「ん~?明るい?」
寝ぼけた頭でそんなことを呟きながら、体を起こす。木の板の上にしては不思議と体は痛くない。どうやら、下に毛布らしきものが敷かれていたらしい。
(あの神父。見た目によらず気が利きますね?)
「ああ、起きたか」
横を向くと、雑巾とブラシを持った神父ユージオが、無言で教会の壁を擦っていた。祭壇の蜘蛛の巣を睨みながら、無愛想にゴシゴシと磨いていた。
「何してるんですか?」
「見りゃわかんだろ、掃除してんだ。」
「神父って、もっと……こう、祈ったりしてるものじゃ……?」
「虫と苔の住処に祈るバカ、この村にいるか?
「なるほど?」
そう言って、もう一度ゴシゴシと壁をこすった。乾いた石の音が、静かな朝に小さく響く。
掃除を終えた頃には、すっかり陽が昇っていた。
ユージオはブラシを片付け、ふとネフェリアを振り返る。
「おい、こっち来い。支度するぞ」
「支度ですか?」
ネフェリアが銀髪を垂らしながら、首をかしげる。
「服だよ。お前みたいな格好じゃ、人前に出すわけにいかねぇだろ」
指を刺され、ネフェリアは自分の服装を見る。包帯まみれで恥部は隠せているが、服を着ているとはとても言えないような姿だった。
「‥‥エッチ」
両肩を抱いて、わざとらしく呟いた。
「うっせ‥‥」
すると、相手は顔を真っ赤にして目を背ける。ネフェリアは唇を吊り上げてにやりと笑った。
「ふふっ、照れてるんですか?意外とウブなんですね、神父様」
「黙れ。恥ずかしい恰好してるお前の方が悪いんだろうが」
「では、あなた好みの格好にしてください」
今度は、体ごと反らしたユージオは、横の長机に置いてあった黒いシスター服を手に取る。
「着ろ。あと、これもだ」
そう言って、ポケットから金色のロザリオを取り出す。
「これは?」
一見するとただのロザリオ。だが、その表面には魔法陣のような繊細な刻印が浮かび、微かに魔力の波動を放っていた。
「お前さんには人間として生活してもらうからな。見た目を隠すのと、悪魔として力を制限するためのもんだ」
「はぁ‥‥縛るのお好きなんですか?」
「いい加減、ぶっ飛ばすぞお前」
冗談を飛ばしながらネフェリアは、そのロザリオを受け取り、首に下げる。すると、ロザリオの十字が淡く輝き、ふわりとネフェリアの纏う空気が変わった。
ゴォッ、と音を立てるように魔力が収束し、ネフェリアの角が霧のように消え、翼もふっと溶けるように消滅していく。
「はい。あなたの望む通り、縛られましたよ?」
「人聞きの悪いこというな。さっさと着替えろ。」
そう言い捨てて、ユージオは教会左側の2階につながる部屋を指さす。
「あそこなら見えないから、中で着替えろ」
ネフェリアは小さく肩をすくめると、持たされたシスター服を手に取って、仕切りの奥に消えていった。
――そして数分後。
「お待たせしました、神父様。どうです?」
声をかけられ振り向き、部屋の向こうから出てきたネフェリアの姿を見た瞬間、ユージオは数秒間フリーズした。
黒いシスター服は確かに着ている――しかし、なぜか袖が切り落とされており、スカートの丈は太ももまで。胸元は大きく開き、腰には謎の赤いベルトが斜めに巻かれている。頭にはヴェールではなく、なぜか教会のカーテンを加工したようなリボンが結びつけられていた。
「どうでしょう?ちょっとアレンジしてみました。個性的でしょう?」
満面の笑みでくるくると回って見せるネフェリアに、ユージオは呆然としながら口を開いた。
「お前のようなシスターがいるか」
「えぇ……残念です。神父様には理解できないみたいですね」
「残念なのはお前のセンスだよ」
ユージオは、ネフェリアの額にデコピンをお見舞いする。
「痛っ!?暴力ですよそれ!」
「着替え直せ。今すぐだ」
「むぅ!可愛いのに!」
「シスターに可愛さ求めんな」
そうして、もう一度着替えさせて数分後。
ようやくユージオが用意した本来の正統派なシスター服に着替え直したネフェリアが、ヴェールとロザリオを身に着け、改めて堂々と姿を見せた。
先ほどまでのふざけた雰囲気とは打って変わって、彼女はまるで別人のように
――清楚で、神聖な雰囲気すら帯びていた。
「……なんだ、やればできんじゃねぇか」
その様子にユージオはしばし、見惚れてしまうが、すぐにハッとして一つ咳払いをし、ネフェリアと共に教会の外へと出る。村人たちへの挨拶も兼ねて、新たなシスターのお披露目の為に――
―――
教会を出て、村に着くと昼間と同じ顔ぶれの村人たちの姿が確認できた。
「神父様、おはようございます」
「おはようございます、昨日はあの教会を見てきたんでしょう?」
村人たちが話しかけてくる。その顔には期待と不安が混ざっていた。
「あぁ、おはよう。昨日の件についてだが……確かに、地下に異常があった。だがもう問題はない。原因は排除した」
そう言って、昨日飛ばしたネフェリアの角の一部を懐から取り出し、村人たちに見せつける。以下に、悪魔に詳しくない素人でも、この角が放つ魔力な異質しさくらいは伝わるものだ。流石に田舎でも魔力を知覚できない人間は居ないだろう。
「なるほど……確かに……」
村人たちが納得しだした辺りで、ユージオは角を再びしまい込み、隣に立つ少女を手で示す。
「もう終わった話はそこそこにして、彼女は新しく赴任してきたシスター……ネフェリアだ。新人だが、まあ仕事はできるだろ」
紹介を受けたネフェリアは、優雅に一礼し、微笑んだ。
「はじめまして。シスター・ネフェリアと申します。これからどうぞよろしくお願いしますね?」
村人たちは、また来た余所者に目を丸くして彼女を見る。
「しっかりしたお嬢さんのようで、安心しました」
が、ネフェリアの温和そうな雰囲気に騙されやがて安堵の表情を浮かべた。
(猫被るの上手くてよかったよ、まったく)
ユージオは心の中で静かに安堵しながら、村人たちと打ち解けているネフェリアを眺める。
こうして、「エクソシスト」と「悪魔」による――ちょっと歪で、不思議な共同生活が始まったのだった。
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