悪夢は僕らの中で

朝見律

プロローグ 未来が分かる友達

 佐々木響介は、感情が表に出ない人間だった。出ないというより、感情が薄いという方が正確かもしれない。自分の中に感情がないので、他人の感情にも疎かった。

 そのせいで、響介には友達というものが居なかった。

 それが、高校に入学して一年九ヶ月と十三日が経った今日。

 響介に、人生で初めて友達が出来たのだ。

 その友達、坂川香は、少年っぽさが残るあどけない顔を深刻げにしてこう言った。

「明日、相沢はあるものを渡される。それが実はやばい薬で、相沢は警察に捕まるんだ」

 相沢というのは、クラス一番の目立ちたがりで、香の友達だ。

 その相沢が警察に捕まる事を、香は、すでに決まった予定のように告げた。

 響介は理解しようと、じっくり思考したが、上手く飲みこめなかった。
(もしかして、冗談か?)

 だが、いつも屈託なく笑う香の眉間に、今は皺が寄っている。冗談とは思えなかった。

 ”やばい薬”、”警察に捕まる”という気になる単語はあるが、響介はまず、一番重要な部分を聞いた。

「相沢が捕まるって…それ、本人に話した?」

「話してないよ…。言えるわけないじゃん。だって…」

 香は言葉を詰まらせた。

「笑わないでね」

 そう前置きして、香は息を吸う。

「夢で…」

「ん?」

 香が口の中で何かを言う。聞きとれず、響介は身を乗りだした。

「夢で見たんだ」

 すると、香は今度はハッキリとした口調で、そう言い切った。

 一瞬の沈黙の間、響介はやはり香が冗談を言ったんだと思った。

「マジだよ!俺、未来を夢の中で見れるんだ!冬休みに入る前、体育の保坂先生が骨折したじゃん?その時も夢で見て分かってたし、去年インフルエンザで休校になるのも、その前に夢で見てたんだ!」

 響介が信じなかった事を感じ取ったのか、香が早口で捲し立てる。

「本当に、未来を夢で?」

 響介の頭は信じられないと言っている。

 だが、心は。

 滅多に揺らされない響介の心は、好奇心という名の感情に、そっと揺れていた。

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