女吸血鬼エナトラ 職業ヒト殺し

ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン

賢い手段とは


屋台で買ったホットドッグ、外の席でひとり頬張る。


多くの人間が目の前を通り過ぎた。


色んな服装の、色んな様子の者が居たが、誰ひとりとして足を止めることは無かった。


「もっと看板に工夫とかした方が良いんじゃない?」


作業の片手間、こちらに差し出される中指、私は肩を竦めマスタードを追加でかける。


やがて最後の一口を食べ終わり、顔に着いているケチャップを紙で拭き取る。


空き椅子に置いた私の荷物を担ぎ上げ、人並みの中に混じって歩く。


袖を捲り、手首の時計で時間を確認、歩調を変えることなく路地を曲がる。


うってかわって人気ひとけがない、道の端で蹲るみすぼらしい男、割れた注射器の破片が散らばっている。


新聞が釘で壁に打ち付けられている、首相の写真に赤いバツが殴り書きされている。


私はある建物の扉を叩いた、ボロボロで寂れて、廃屋にしか見えない。


返事があるまでの間、扉に背中を向けて周囲を見る、ポケットに手を突っ込み足元へ目をやる。


——ガチャ。


迎え入れる内開きのドア、敷居を跨いで室内へ、私を招き入れた男は黙って前を先導する、一瞬品定めするような視線があった気がした。


ドカ、ドカ、とブーツの立てる重い音、手すりには錆が広がり今にも崩れかねない。


二階の、幾つかある部屋の一番奥、そこには案内人を含めて三人ほど、机に座ったを守る護衛が居た。


「約束と違うな」


私の左右に一人づつ、彼女の後ろに一人、存在する部外者に目線を向けながらそう言う。


女が片手を上げる、護衛はノータイムでそれに従い、人間らしい素振りを見せることなく退室した。


「これが罠かもしれないから、念の為よ、アナタを軽んじている訳では無いということを分かってね」


声を聞きつつ、椅子を引き、座る。


すると一枚のファイルが机を滑って目の前へ、そこに載っているのは人の名前と顔、先程壁に打ち付けられた新聞で見たのと同じ。


再び机を滑ってくる、今度はアタッシュケースだ、取っ手を掴んで席を立ち上がる。


「幸運を祈るわ」


「お互いに」


次期首相——。


 ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


イヤホン、水色のジャージ、規則正しい呼吸、サングラスを掛けて走る男。


そしてその周辺を取り囲むようにして併走する、黒いスーツの男達。


その近くを走る一般車両も、ベンチで新聞を広げる白髪の老人も、スケボーに乗るニット帽の若者も、建設中の建物の屋上に張られたブルーシートも。


——パリッ。


「厳重だね」


数百km離れたホテルのテラスから、柵の上に置いたスナックを頬張って呟く。


私に依頼がきたワケが分かった、ファイルを見た時から感じていた、あれじゃ人間は手を出せまい、味方に被害を出さず足が付かぬ方法でなど。


クシャッ。


空の袋を丸めて部屋の中のゴミ箱に投げる、人差し指から順に舐めて綺麗にする、それから私は柵を乗り越えへ飛び出した。


一瞬の浮遊感、そして空中を蹴った。


途端。


弾丸のように弾き出される自分の体、距離は言葉通りの意味を成さず、この身はあっという間に目的地へと到達した。


眼下に見えるはビルの屋上、ブルーシートを被って隠れている。


振りかぶる爪、やや静止、それから振り下ろされる。


——バシャッ!


青を塗りつぶす深紅、削られた肉と皮膚が飛び散る、スポッターが使う測定器の破片と共に。


千切れ、舞い上がったシートの中から、作業員の着るツナギに身を包んだ男が現る。


彼は座った姿勢のまま、奇襲者の姿に驚いていたが、即座に戦闘態勢を整えホルスターから銃を抜いた、傍らにライフルが設置されている。


——ズザッ!


私は床を滑り込みなから蹴りを放つ、男の手から武器が弾き飛ばされる。


へし折れ、ひん曲がった男の手。


男は怯まなかった、腰の裏からナイフを抜き、蹴りを放った私の後隙を狩りに前へ出た。


——体勢を引き戻し、蹴りのフェイント。


男は先程の一撃でその怖さを知っている、私がただの人間でないことに気付いている、まともに当たれば死ぬと理解している。


だから守りに意識が向いた。


そこへ低い位置へのタックルを見せる、そのまま懐へ潜り込めれば良かったのだが、男はそれに対応するように動いてきた。


——トッ。


故に跳躍した、前方へ、加速を乗せて。


顔面に膝蹴りを届ける。


男は私を受け止め、苦し紛れの寝技勝負に持ち込もうとしたようだが、そこが命の切れ間となった、対応は惜しくも間に合わなかった。


パァン!


衝突と共に血煙に形を変える男の頭部。


飛び込んだ勢いのまま、私はビルの屋上を飛び出し、ジョギングをする首相の目の前に降り立った。


「——ッ!!!」


素早く防御陣形を整える護衛達、肉の盾役、扉の空いた車が速度を落とさず傍を通り掛かり、要人を庇いながら護衛がそちらへ走り込む。


——素早いね。


乾いた発砲音が三発、だが私の目には見えている。


手の甲を相手に向けたまま腕を振り、指の間に挟んだ弾丸をそのままリリース。


——ドドドッ!


鈍い音と共に護衛の三人が後ろに倒れるが、受け身をとって直ぐに起き上がる、銃は無駄と悟った彼らは安易に引き金を引くことを止めたようだった。


車の中に退避させられる首相、閉じる扉、アクセル全開で走り去ろうとする。


私は膠着状態を装い、車が自分のX軸と重なる瞬間を待ち構えた。


私の狙いに気付いた彼らは、今度は躊躇なく弾丸を撃ち込んできた、少しでも私の気を逸らすために。


だがもう遅い、虚空を貫く鉄の礫。


とうの昔にロケットスタート、車の側面に強力無比な蹴りを叩き込む……


いや、そうしようとして途中で止めた、左足が切り飛ばされる未来が見えたからだ。


——カチンッ。


鞘へと納められる白鞘の刀、一閃された光の軌跡が、その老人の実力をありありと示している。


——ゴォッ!


脇をすれ違い、走り去っていく標的の車、そう易々と逃がしてたまるものか。


急停止させた蹴り足を地面に対して打ち込んだ、すると地面はひび割れタイヤを跳ね上げさせた。


速度の乗った車は大きく傾き、力の流れを止められずに横転し、コンクリートを削りながら滑り込む。


私は追撃に向かうと見せかけて、視界の端に捉えた老人が、二度目の居合抜きに動くを察知、顔を背けたまま老人の方へ拳を突き出す。


——ドンッ。


押し出された空気圧が老人の獲物を砕き割る、飛散した鉄片が体内の血管や臓器を傷つける。


——ズザッ。


体の向きを九十度変え、後ろ足をひねり、生まれた力の流れを腰や肩の動きで増幅、一撃目とは比べ物にならない空圧打撃をとして使用した。


そう、実際にそれが放たれることは無い。


老人は砕けて半分になった己の剣を空中で掴み、カウンターを狙っているのが見えたからだ


捨て身の攻撃。


人間言うところの胴回し回転蹴り、巨大タンカーを片手で持ち上げられる並外れた膂力から繰り出す、必殺奇襲の一撃である。


交差する攻撃、私の背中を貫通する切っ先、そして老人の体を縦に両断する私の右脚。


着地、と同時着弾、十人の手による発砲、合計発射数は数え切れない。


スーツの男、スケボーをしていた若者たち、タイミングを見計らって手出してきたのだ。


——グラッ。


圧倒的な力学の前に傾く視界。


弾丸は開けず、私は地面に倒れ込み、そのまま大きく弧を描くように爪先で水面を擦りながら蹴り上げる。


床が、一部切り出された床が、巨大な壁となって彼らに襲いかかる。


巻き込まれたのはたった三人、だが全滅せずとも関係は無い、蹴った勢いのまま私の体は背後を向き、倒れた車から這い出す護衛と首相の元へ飛ぶ。


彼らは優秀だった、だが同時に無防備でもあった。


その向けられた短筒の誇る暴力では、私の突進を止める術を持たない。


車を背に、折れた腕を庇い、千切れかけた左足、されど消えることの無い意志の目を前に、私は首相の懐へ容易く侵入する。


迎撃の縦拳を手の甲でいなし、そのまま顔面へトドメの一撃をお見舞いする。


まるでだるま落とし、首だけがボールのように、車に打ち付けられてゴミのように転がる。


「首相!」


まだ車の中に居るであろう者の息の根を止める、つま先を地面の隙間に差し込み、足を振り上げて空高く跳ねて飛ばす。


やがてアレは墜落し、中の人間は潰れて死ぬ。


後ろを振り返る、残るは六人——。


 ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


首相暗殺の一件は、テレビや新聞によって大々的に報道された。


『彼は素晴らしいリーダーでした、この度のことは誠に残念でなりません、私は彼の友人として……』


痛ましい事件に対する女性議員のコメントには、きっと誰もが哀しみの涙を流したことだろう、ことの真相を知る者はこの世に存在しない。


「——お客様、お飲み物は如何ですか?」


「ひとつ貰おうかな」


電車の中、カートを押す従業員に金を渡し、貰った飲料に口をつけ座席にもたれ掛かる。


軽くため息をつき、目を閉じる。


私のことを気にする者は誰もいない、交わした密約は存在しなかった事になっている。


私の名前はエナトラ、職業ヒト殺し、吸血種。


生き血を啜るための最も効率的な手段とは、隠れ潜むことではなくとすること。


依頼を受けて殺しをする、相手は誰であろうと構わない、報酬は必ず前払いで行い現金のみ。


それがこの私の生き方である——。




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