第4話 小さな反抗と、すぐに見抜かれる瞳

その日、紗羅は決意した。

――少しだけでいい。城の外の空気を吸ってみたい。


「別に逃げるわけじゃないし……散歩くらい、いいよね」


小声で呟きながら、廊下を忍び足で歩く。

豪奢な絨毯は足音を吸い、幸い誰にも会わなかった。

視線は真っ直ぐに、あの重い扉へ。


だが――。


「どこへ行く」


低く落ちる声に、背筋が凍る。

振り向けば、すぐそこにレオンが立っていた。

金の瞳が、じっと紗羅を射抜いている。


「……っ、え、早っ!? なんで……」

「俺から逃げられると思ったのか」


静かに歩み寄りながら、レオンは微笑む。

けれどその微笑みは冷たく、背筋を這うような熱を帯びていた。


「ちょ、ちょっと外の空気を吸いたかっただけで――」

「嘘だ」


一歩、二歩。距離が狭まる。

「君は扉を見ていた。その目を見ればわかる」


紗羅の心臓が跳ねた。

まるで心の奥まで覗かれているみたいだ。


「……監視カメラでも仕込んでるんじゃないの」

「そんなもの必要ない。君のすべては俺の瞳が記憶している」


真顔で言われ、思わず紗羅は口をつぐむ。

――いや、重すぎでしょ。


レオンはすぐに彼女の腕を掴み、強く引き寄せた。

「紗羅、二度とこんな真似はするな」

「……放して」

「放さない」


拒む言葉など意味をなさない。

レオンの腕は鉄のように硬く、けれど抱きしめる温度は妙に熱い。


「君が外に出ようとしたと聞いただけで、胸が裂けそうになる」

「大げさすぎ……」

「いいや。本気だ」


彼の金の瞳は揺るがず、ただ真剣に彼女を縛る。


「俺は嫉妬深い。風でさえ君に触れてほしくない。鳥でさえ、君を見下ろしてほしくない」


――そこまで言う!?


呆れと困惑と、ほんの少しの胸の痛み。

紗羅は言葉を失い、ただレオンの腕の中で息を詰める。


その瞬間、またもや城の奥から低い唸り声が響いた。


「……っ、また……」

「気にするな」


レオンはすぐに紗羅の耳元で囁く。

「紗羅。君は俺のものだ。何があろうと、それは変わらない」


熱のこもった囁きに、胸が苦しくなる。

怖いのに、逃げたいのに――ほんの少し、心が揺れてしまう。


――城の奥に潜む謎と、逃げ場のない愛。

檻の物語は、さらに深く閉ざされていく。

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