第17話

 「勉強にファストフードの組み合わせがこんなにもマッチしてるとは思わなかった」


 ちらりと座席から外を眺める。駅前のLEDが燦然と輝く。

 店内は活気に溢れていて、もういい時間になっていることに気付いた。


 これ以上、ここに居座るのはお店側にも迷惑かなあとか思って、片付けをゆっくり始める。すぐに帰るつもりは毛頭なくて、だらだらとする。


 「本当に宮坂は真面目だよね。マックで勉強したことない人とか初めて会ったよ」

 「世間知らずで悪かったね」


 ムッと不貞腐れる。


 「別に悪い意味ないよ?」


 手を右往左往させながら否定する。あまりにも慌てる仕草でちょっとばかし面白い。


 「お詫びに……これをどうぞ」


 余っていたポテトを私の口にねじ込む。

 むぐっなんて声を出しながら堀口のポテトを口で受け取る。


 「……しなしな」


 冷えて、カリカリ感が微塵もないポテトが私の口の中で弾ける。

 ポテトのポテンシャルを五割も発揮できていないのだろう。でも美味しく感じる。もしかして、堀口があーんをしてくれたからなんじゃないかって思う。


 いやいや、いやいやいやいや。


 いくらなんでも私浮かれすぎだろ。そんなわけないのに。

 誰かにあーんしてもらうだけで美味しくなるのなら、調味料なんて必要なくなる。あーんが最高の調味料みたいな脳内お花畑なことは言いたくない。そこまで現実見れてないわけじゃない。


 「しなしなのポテトが一番美味しいでしょ」

 「そうかな」

 「えー」


 異議ありという感じ。堀口は余っているポテトを口に持っていき食べる。


 「美味しい」


 満足な堀口を目の前にして、少し揺らぐ。

 彼女に言おうかなと思っていたことがあった。

 好きな人ができた、という報告。この前は居ないって言って、結局堀口だけ秘密をオープンにしてしまった。それに対して若干ながら罪悪感が私の中に芽生えていた。

 好きな人が誰か。それを言う必要はないけど、好きな人ができた。その部分は報告すべきかなと思った。まあライクかラブかわかんないんだけど。

 告げるだけなのに相当な勇気が必要だった。そして私にそれはない。

 だから臆する。やめちゃおうかなって過ぎる。


 これは堀口を馬鹿にした禊でもある。恥ずかしくて、勇気と覚悟がないから逃げる。それで許されるものではない。誰に言われたわけじゃないけれど、そうやって自分に責務を課す。


 パンっと頬を叩いて、気合を入れる。

 じんわりと頬に痛みが走る。でもそれはすぐになくなる。


 「おお、どうした、どうした。突然。疲れた?」

 「奇行だと思われてる?」

 「突然頬を叩くのは奇行以外の何物でもないと思うけど」


 と、ドの付く正論を言われてしまった。


 「気合い入れただけだから」


 奇行だと思われてそのままってのは面白くない。


 「気合い? なんで?」


 不思議そうに首を傾げる。


 「堀口に言っておかなきゃいけないことがあるから」


 神様は私のことを見守ってくれていたのかもしれない。そう思うほど、都合良くタイミングが巡ってきた。日頃の行いがいいのもあるのかも。


 「あたしに?」


 堀口は自分自身に指をさす。私はこくこくと頷く。


 「そっか。いいよ。聞いてあげる」


 堀口は頬杖を突いて、準備を整える。

 いざ、はいどうぞという状況を作られるとまた心が揺らぐ。ここまで自分に都合の良い展開が転がると、どこかで大きな落とし穴にハマってしまいそうな気がして、勝手に怖くなる。


 「……好きな人ができた。私にも」


 迷って、逃げたくなって、それでも無理矢理捻り出す。

 震えた声であったが、しっかりと告げることができた。満足かどうかはわからないけど。でも私の中に達成感はたしかにあった。

 世の中、カップルっていうのはこれ以上のことをしているんだよなあとか考えてしまう。好きな人ができたって伝えるだけでも一苦労なのに、君のことが好きって伝えないとカップルにはなれない。うーん、ちょっと私には無理かもしれない。


 堀口は紙ストローを咥え、私のことを見つめる。ジュースを飲むわけじゃない。ただそのポーズをとっているだけ。

 私と堀口の間になんともいえない空気が流れた。

 あれ、もしかして言わない方が良かったかな。それとも私なにか間違えちゃったかな。不安になる。


 「そうなんだ! やったね、良かったじゃん! おめでとう!」


 神妙な面持ちから一転して、自分のことのように声を弾ませ喜んでくれる。ちょっと怖いくらいに。

 小さな違和感を覚えたけど、それがなにかは不明瞭だった。だから気のせいなんだ。そう片付けた。


 さらっと話は流れて、今日は解散。

 微妙な感情が心の中に残った。

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