素子と底 previz

@FUSO79113

神社にて

 今日も佳純にとって学校は地獄だった。

  下駄箱から靴がなくなり、教科書はバッグごと汚水をぶっかけられていた。

 かろうじて無事だった上履きを履いて、汚水を含んで重くなったバッグを持って学校を飛び出していたらしい。

 気がついたら、村外れの人気のない神社の境内にいた。


 悪臭のする汚水でびしょびしょになった教科書を手に取った。

 情けなくて悔しくて涙が零れる。

 陰口や無視は今までもあったが、最近は持ち物への嫌がらせが始まった。直接手を出されることはないが、その理由がわかっているだけに余計気持ち悪い。

 村の大半の大人が働く工場経営者の馬鹿息子(30代後半)が何を思ったか中学校に登校する佳純を見て「一目惚れ」したらしく、親ともども自分の嫁にと騒ぎ出したのだ。

 両親はきちんと断ってくれたが、相手は諦めなかった。噂が広まり(馬鹿息子が広めたのかもしれない)、馬鹿息子と工場経営者に対する忖度から、佳純一家への圧力が始まった。いわゆる「村八分」状態だ。

 やがてそれは親から子に伝わり、佳純も中学校で嫌がらせを受けるようになった。佳純さえ我慢すれば、自分の親たちは食いっぱぐれずにすむ。そんな視線に佳純は晒され続けた。


…どうして…どうして私だけ…令和の時代になんでこんなことが罷り通るのよ…もういっそ…


 追い詰められてどこにも居場所がなくなった佳純が考えたその時だった。


…大丈夫?


 不意に耳元で声が聞こえた。

 見回すと神社の鳥居の下に1人の女の子が立っていた。

 この辺では見かけない白い長袖のセーラー服に濃紺のスカート。

 背中の半分近くまでありそうな漆黒のストレートロングの髪に色白の整った顔。


 それが素子との出会いだった。


 女の子は素子と名乗った。何も言わないのに素子は汚れた教科書を洗ってくれた。社殿の縁に濡れた教科書を並べて乾かす間、素子は私の話を聞いてくれた。

 初対面なのに、十数年来の親友のように素子は私の境遇に怒り、悲しんでくれた。

 両親以外は敵ばかりの村の中で、私は初めて味方に会った。

 先ほど自暴自棄になっていたのが恥ずかしくなった。


 なったのに。


 男子生徒数人が神社に現れた。佳純を探しにきたらしい。

 逃げる間もなく、手を取られて逃げられなくなった。

 逃る気ももう失せていた。

 佳純には男子たちは手を出さなかった。地元のボスの息子が嫁にと見込んだ生贄のようなものだ。傷をつければ自分たちの身も危うい。

 しかし、素子は別だった。男子の1人が下卑た笑いを浮かべて素子に近づいていく。

 ダメ!素子さん、逃げて!

 男子の手が素子の身体に触れた瞬間


 男子が悲鳴をあげて素子から離れた。素子の身体に触れた手を押さえてもがき苦しんでいる。何が起こったかわからないが、男子の指先が真っ白に変色しているのが見えた。


 素子が何か言った。

 近づくな、消えろ、だったような気がするがよくわからない。

 佳純を捕まえていた男子も含めて全員、木偶のような顔になった。

 そのまま神社から出て行こうとするが、まるで目がも耳も効かないようだった。鳥居にぶつかり、地面の段差に足をとられ、石段で転げ落ちても声も悲鳴もあげず佳純から遠ざかって行く。


 素子さん…何したの?


 佳純の問いに、素子は答えた。


 助けてあげる。もうあなたが苦しむ必要はない



 一週間もしないうちに素子の言ったことが現実になった。

 工場の馬鹿息子と一族。

 佳純を責めていた大人や子ど。

 その全てが無惨な末路をむかえた。


 あまりの状況の変わりように呆然としていた佳純の元にまた素子が現れた。

 佳純はきいてみた。


 素子さんが助けてくれたの?


 素子は答える。


 私だけじゃない。

 私と…底


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

素子と底 previz @FUSO79113

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ