八畑と、岸野。
棗こはく
麦茶
ばり、と氷を噛み砕くと、冷たさと一緒に飲み込む。丸テーブルの向こうからの視線に顔を上げると、八畑くんが怪訝な顔をして私の顔、もっといえば口元を見ていた。
「岸野さんは、いつもそうやって麦茶を飲むの?」
そういえば、前に八畑くんを家に招いた時は、まだ曇り空から雪が零れ落ちそうだった。
そして、八畑くんの家に行った時も、桜の中でそこだけが冬であるかのようにまだこたつが出ていた。さすがにもう片付けたと思うけど。
「ああ。口の中がすっきり冷えて気持ちがいいんだ。…だけど、八畑くんにはあまり向かない飲み方かもな。」
そんな説明を声に出す口の中はまだひんやりしている。今なら唐辛子をそのまま食べても平然としてられるかもしれない、そんな冗談を心の中でつぶやいた。
「うん。多分ぼくはやめておいた方がいいかな。」
彼はこくり、と頷いたあと、静かに麦茶をのんだ。前彼の家に行った時にこたつがあったことも考えて、彼の麦茶には氷を最初から入れていない。あいにく同じボトルで作ったから、冷蔵庫で冷やされた時間は同じだけど、どうやらそれだけなら寒くなったりはしないらしい。
「でも、岸野さん。ひとつ言いたいことがあるけど、いいかな?」
麦茶に合うものがわからないから、とりあえず焼いた、そんな風に彼女が言っていたクッキーを1枚手にとりながら言う。ダメとも言われないだろうけど、ワンクッション置くことにした。そのままぽり、とクッキーをかじる。おいしい。
「どうしたんだい?なんでも言ってくれていいんだよ?」
その言葉を聞きながらもう1枚クッキーを口に入れる。どうやら家にあるジャムを色々使ってバリエーションをつけたようだった。
「ちょっとこの部屋、暑いや。氷、貰ってもいい?」
思わず面食らったような表情を浮かべてから、くつくつと笑う。今度は氷を口に入れずに麦茶だけを飲んだ。毎回噛み砕くのも顎が疲れる。
「確かにそうだ。さすがに八畑くんが寒がりだと言っても、エアコンも扇風機も付けずに閉め切った部屋は暑かったよね!私が悪かった!いいとも!氷は入れたいだけ入れるといいよ!」
ごめんね、私が聞くべきだったね、そんな言葉を続けながら、グラスを倒さないようにそっと立ち上がる。僕もそれに続いて立ち上がると、軽く手招きをされた。
「製氷機はこの冷凍スペースの横にあるんだ。いかにもそれっぽい形の方は、瓶に小分けした醤油なんかが入ってるから間違えないようにしてくれよ?」
なんなら私もたまに間違えるんだ。と言葉を続ける。氷を食べたいのであって醤油を飲みたいわけではないのに、開けるとお刺身に使えるようにされた醤油と目があってしまうのだ。
思ったよりも少なめに氷を入れているのを尻目に、ぽちり、とエアコンのスイッチを入れる。少し高めでいいだろう。さっきと同じ定位置に着くと、彼は氷ごと麦茶を飲んだ。びっくりしていたら、そのまま彼はきゅっ、と目を瞑った。
「冷たいね…?」
目を瞬かせながら、当たり前のことを問う。試しに真似をしてみたけれど、口に入れるだけでもう冷たい。四苦八苦しながら噛み砕いたけれど、まだ口の中が寒い。
「岸野さんみたいには出来ないや。」
ひんやりした口で、彼はそんな風にくすくすと笑う。なにも、私の真似をしなくても良かったのに。次からはまた氷なしの麦茶をエアコンの効いた部屋で出してあげるとしよう。
八畑と、岸野。 棗こはく @72eye_Amber
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