おにぎりがいっぱい

……………………


 ──おにぎりがいっぱい



 そしてまた月曜日がやってきた。


「昨日は楽しかったね、凛」


「ソウダネ。トテモタノシカッタデスネ」


 教室に入ると友達を前に凄い虚無の表情をしている羽黒さんが見えた。始終ロボットのように棒読み気味に返事を返している。


 阿賀野たちと出かける予定だった日曜に何があったのだろうかと思うが、あの場に入り込むのはいささか難しい。


「おはよう、東雲」


「おう、天竜」


 俺が人前で話しかけられるのは、同じ二軍の天竜たちぐらいのものさ。


「そう言えば噂で聞いたんだけど、羽黒さんが文芸部に入ったってマジ?」


「……ああ。一応本当だぞ」


「羽黒さんが文芸部か。陽キャそうで意外に文学少女だったりするのか?」


 まるで文学少女に陽キャはいないかのような言いぶりだな。別に文学少女でも陽キャは務まるぞ。古鷹みたいに。


 しかし、羽黒さんが文学少女かと言われると、うん。絶対にちげーな。ラノベしか読まない文学少女は各方面から怒られる。


「それよりちょっと相談に乗ってもらえないか、天竜?」


「何だ、何だ? 友人として手伝えることは手伝うぞ」


 俺は天竜に古鷹の件を相談してみることにした。


「知ってる女の子がさ。急にお洒落を始めたときってどう反応するのが正解なんだ?」


「難しい質問だな。自分に気があるとか思ってるのか?」


「ちげーし。俺はそんな童貞臭い男じゃねーし」


 童貞だけどな!


「でも、知ってる子が急にお洒落したんだろ? お前にワンチャンあるかもよ?」


「そこら辺、どうやって見分ければいいんだ? 好意のあるなしってどうやったら分かるんだよ?」


「そりゃあ、お前。心で感じるのさ。本当に自分が好きならそういう思いが伝わってくるものだぞ?」


「心で感じろ、か……」


 難しいんだよな、そういうの。料理の『調味料は適量で』みたなノリを感じる。フィーリングじゃなくて明確な基準をくれ、と。


「ありがと、天竜。参考になったり、ならなかったりした」


 俺は天竜にそう礼を言い、ホームルームが始まるのを待った。



 * * * *



 その日の昼のことである。


 先週のように羽黒さんから1品分けてもらうことになっていたのだが、それより先にスマホにメッセージが届いた。


「古鷹から?」


 メッセージはこうあった。


『しののめっち。昼休み、暇?』


 そう言えば学校で部活以外に古鷹と会ったことないな。そもそもクラスも違うし、あんまり接点がないんだよな。


「東雲君。私の話を聞いて……」


 うおっ!? どう返事しようかとスマホを手に思っていたら、げっそりした羽黒さんが目の前に現れた。


「わ、分かった。いつも通りの場所で」


「うん……」


 古鷹には『ちょっと用事ができた。あとで』と返信しておく。


 俺は羽黒さんといつも通り、屋上階段の踊り場へ。


「聞いて、聞いて、東雲君。伊織、本当に日曜のお出かけで他の友達呼んだんだよ!」


 そりゃそういう話だったな。


「それは前から分かってなかったか?」


「これまで私は伊織に『週末のお出かけはふたりきりがいいな~!』って暗に伝え続けてきたんだよ? それだからさ。もしかしたら、サプライズデートとかあり得るかもって思うよね?」


「いやあ……」


 あの阿賀野だぜ? 暗に伝えて伝わるのも、サプライズデートを期待するのも無謀すぎない? ゾウリムシが円周率を10桁まで間違わずに計算するのを期待する方がまだ希望がありそう。


「正直、早くはっきりと好意を伝えた方がいいと思うぞ。正式な告白がまだだって話だったし、それが済めば向こうも態度を変えそうじゃないか?」


「そうかな……そうかも……」


 それで変わらなかったら、もう付き合うのやめた方がいいぞ。


「で、でもさ。正式な告白までにイベントや好意を積み重ねていきたい思いもあるし……。それにそういうイベントを飛ばして、いきなり告白してフラれるのも怖い……」


 め、面倒くさい女だな……。


「匂わせの方はどうなんだ?」


「全然ダメです……。あのときとった写真を見せて文芸部に入ったって言ったら『バスケ部も楽しいぞ!』だって……」


「何というか阿賀野って小学生メンタルじゃないか?」


「うん。そういうところはちょっとある」


 ちょっとどころじゃねえだろ。ゴジラぐらいはあるぞ。


「でも、本当はいいやつなんだよ? 優しいところだってあるし……。そう、それは入学式のことです……」


 あ。なんか突然始まった。


「私は咲奈と一緒に入学式に行こうって待ち合わせしてたんだけど、待ち合わせ場所で他の学校の男子たちに絡まれてさ。やめて~って思ってたところを助けてくれたのが、伊織なんだよ!」


「へえ」


「反応それだけ? もっと盛り上がらない?」


「あんまり意外性がないっすね」


 これと言って突飛な話でもなく、驚くこともない。


「逆におふたりのなりそめってそれだけ? それだけで付き合ってるの?」


「う、うん。それからいろいろとあったけど、基本的にはそれだけ」


 阿賀野からの明白な好意というものをあまり感じない。あいつの今までの行動を見てると、助けたぐらいは誰にでも息をするようにやりそうである。


「おかしいかな? 私と伊織の関係っておかしいかな?」


「分からん」


 けど、俺も惚れたとか恋をしたとかがないので何とも言えない。


「それにさ、それにさ! 出会いは平凡でもそれから積み上げてきたもので結ばれることだってあるし!」


 羽黒さんのその発言は俺に言っているというよりも、自分に言い聞かせている感じであった。


「あ。そうそう。今日も愚痴を聞いてもらったので、お礼をするね」


 そう言って羽黒さんが取り出したのは──。


「じゃーん。肉巻きおにぎりだよ!」


 小ぶりながらきつね色にこんがり焼けた肉にしっかり巻かれたおにぎりであった。今日は別に作ったのかラップに巻かれている。


「それもお母さんが作ってくれたの?」


「失礼な! 自分で作ったよ!」


「へええ」


 一応料理できるんだな、羽黒さん。


「感想聞かせてね。美味しかったら伊織に作ってこようと思うから」


「俺は毒見役かよ」


 しかしながら、いつもの菓子パンだけの食事が随分と豪華になった。これは素直にありがたい限りである。


「じゃあ、古鷹に用事があるからそろそろ失礼するよ」


「放課後に文芸部で会おうね~」


 俺は羽黒さんとそうやって別れると古鷹に連絡する。


『用事終わった。そっちは何か用事?』


 と打つとすぐに返信が。


『中庭で待ってるぜ』


 ふむ? 結局、用事は何なんだ????


 俺はそれが分からぬまま羽黒さんの肉巻きおにぎりを抱えて中庭へ。


「おーい。こっち、こっち!」


 中庭にて古鷹はすぐに見つかった。こっちに向けて手を振っているのを見つけ、俺はそちらに進む。


「よう。どした?」


 中庭はここでお昼を食べようという生徒が多く、にぎわっている。


「お昼、もう食べたかい、しののめっち?」


「まだ。これを食う予定だ」


 俺はそう言って買っていたあんパンと羽黒さんに貰った肉巻きおにぎりを見せる。


「おにぎり……? どうしたの、それ?」


「飢えに苦しむ子供を救いたいという奇特な人から貰った」


「偉人の話っぽくしてごまかすなし!」


 一応羽黒さんが弁当の一部をくれるのは俺のたんぱく質不足を心配してが理由だから、嘘はついてない!


「じゃあ、これはいらないかな……」


 そう言って古鷹が見せるのは……おにぎりである。こっちは海苔巻きの、やはりラップに包まれたおにぎりである。


「え? くれるの?」


「ほしい?」


「ほしいです!」


 うひょー! 今日の昼めしは豪華だぜ! 何を隠そう高校生があんぱんひとつで腹いっぱいになるわけもなく、俺はいつも空腹だったのだ!


「へへへっ。じゃあ、どうぞ」


「ありがと、古鷹」


 俺はおにぎりを受け取ると早速ラップを開いて食べ始めた。


「中身は昆布か。渋いチョイスだな……」


「美味しくなかった?」


「そんなことない。美味いよ」


 俺はあっという間におにぎりを平らげ、羽黒さんが作ってくれた肉巻きおにぎりにも口を付けた。


「ねえ、しののめっち。どっちが美味しい?」


 俺がメイド・バイ・羽黒さんの小さな肉巻きおにぎりを一口、二口で食べ終えると古鷹がそんなことを聞いてくる。


 ここでおにぎりを分けてもらいながら、どっちも美味しかったというほど俺は空気が読めないわけではない。


「古鷹の方が美味かったぞ」


 実際、俺は昆布好きだからな。


「お世辞でも嬉しいぜ」


 古鷹は猫のようにびょーんと伸びながらそう言っていた。


「眠そうだけどどした?」


「なんでもないよ~」


 にししっと笑う古鷹。


「ねえ、しののめっち。これからも何か作ってきてあげようか? そ、その、最近お弁当作るのに嵌っててさ。けど、ひとりで食べるには量が多いから」


「いいの? マジで? 人件費と材料代払えとか言わない?」


「言わない」


「それじゃ素直にお願いする。そっちが飽きるまででいいから」


「了解。じゃあ、放課後まだ文芸部で会おう!」


 古鷹とはそこで別れた。


 しかし、女子の間ではおにぎり作りがブームなのだろうか……?


……………………

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