15話「國木田の提案」

 月曜の朝ってやつは、どうしてこうも敵意に満ちてるんだろう。


 そんなことを思いながら、咲真は机に突っ伏していた。教室の窓から射す朝の光がやけにまぶしくて、この場にいるだけでHPが削られていく感覚がする。


 気力ゲージは、すでに赤。


 それは、後ろの席に座るあいつも同じだったらしい。


「なぁ八神?月曜ってなんで存在してんのかな」


「いきなりなんだよ」


「月曜日を迎えたら最後、今日を含めて5日も学校に来なくちゃいけなくなるなんぞ。憂鬱だろ?」


「まぁ、そうだな」


 柳田の声は、いつもよりワントーン低くて、そのだるさ加減が憂鬱な朝の、少しばかりの癒やしになっていた。


 咲真は目を閉じたまま、賛同するように頷く。

 

 柳田は続けて言う。


「日曜日の夜からもう嫌な気持ちだよな」


 柳田が深いため息をつきながらこぼす。 


 その言葉に、咲真は「わかる」と即答しかけて――ふと、昨日のことを思い出した。


 ――七瀬と一緒に作った夕食。


 湯気の立つ味噌汁。炒めた野菜の香り。炊きたてのご飯。


 テーブルに並んで座った、あの静かな夜。


 そして、帰り際にふいっと笑って見せた、彼女の「今日のお米、柔らかくてはちょうどよかったです」と言う言葉。


 ……思い返すだけで、ほんの少しだけ胸の奥があたたかくなる。


 「……まぁ、昨日は悪くなかったけどな」


 ぽつりと呟いた声は、自分でも意識しないほど小さかった。


 柳田は「ん? なんか言ったか?」と首を傾げたが、咲真は適当にごまかして視線を逸らす。


(……別に、わざわざ柳田に言うことじゃないしな)


 心の中でそう付け加えて、再び机に頬を預ける。


 だるさは相変わらず全開だけど、ほんの少しだけ、心の底に引っかかっていたものが和らいだ気がした。


 ――けれど、そんな静かな空気を破るように、柳田がふいに声を上げた。


「……ん? ちょっと待て、あれ……」


「んだよ、声デカいって……」


 顔だけ起こしてそっちを見ると、柳田は教室の窓際に立って、下を見下ろしている。


「おい咲真、来てみろって」


 めんどくささと眠気をこらえて、重い腰を上げる。柳田の隣に立ち、窓の外――中庭に視線を向けた。


 朝の日差しが差し込む、校舎と校舎の間。

 その芝生のうえに、二人の人影があった。


 片方は、すぐにわかった。


 薄黄蘗色のロングヘアーは、今日も丁寧に巻かれていて、光を受けてふわふわと柔らかく揺れている。


 静かに立っているだけなのに、不思議と周囲の空気ごと凪いで見えるその姿は、七瀬眞白で間違いなかった。


 そして、もう一人。


 すらりとした高身長に、モデルじみた整った顔立ち。


 制服の着こなしは標準的なのに、妙に“様”になっていて、立っているだけで絵になるような存在感がある。


 髪はやわらかく整えられたブラウン寄りの黒。


 いつも笑みをたたえたその表情には、自然と人を安心させる雰囲気が宿っていた。


 ――國木田涼真くにきだりょうま


 誰もが認める、学校一の“爽やか系イケメン”。


 運動神経は抜群で、体育祭ではリレーのアンカーも務めたし、バスケやサッカーでも主力ポジションを任されるほど。


 それでいて、テストの成績も優秀。学年1位の七瀬眞白に続く常に2位の実力者。


 要するに、“できる男”だ。


 しかも凄いことに、社交性まで高い。


 男子にも女子にも気さくに接し、クラス内外の人気者。誰とでも自然に話せて、空気も読めるタイプ。


 いわゆる、“好青年”の完成形。


 敵を作らない笑顔と、ほどよい距離感の会話術で、教師からの評価も高い。


「……あれ、國木田じゃん。七瀬さんと話してるの……」


 窓際に立っていた柳田が、小さくつぶやく。


 その声には、驚きというより、どこかじんわりとした“視線を奪われる感じ”がにじんでいた。


「……なんか、すげぇ様になるな。あの並び」


 すらりとした長身の男子と、ふわふわと揺れるロングヘアの女子。


 立って話してるだけなのに、まるで雑誌の1ページを切り取ったような光景だった。


「イケメンと美女ってだけで、絵になるもんなんだな……いやマジで。なんの話してんだろうな」


 柳田は腕を組みながら、まるで観察するように中庭のふたりを見下ろしている。


「……気になるなぁ、なんか。八神もそう思わないか?」


「………」


 咲真は、横でその言葉を黙って聞いていた。


 視線の先――國木田涼真と、七瀬眞白。


 笑っているわけでも、ふざけているわけでもない。ただ落ち着いた雰囲気で言葉を交わしているだけなのに。


 どうしてか、その光景が、心のどこかにひっかかった。




⭐︎


 咲真は、いつも通りゆるゆると下駄箱の前に腰を落とし、ローファーのかかとを踏みつけたまま、なんとなくぼんやりと足を入れていた。


 放課後の昇降口は、生徒たちの喧騒と靴音でざわざわと騒がしい。


 その中で、不意に咲真の横にすっと立つ影があった。


「はじめましてだよね、八神くん。僕は國木田涼真。少し話をしたいんだけど、いいかな?」


 聞き慣れない声に顔を上げると、そこにいたのは、モデルみたいな顔立ちの男子――國木田だった。


 爽やかな笑顔と、柔らかい物腰。


 けれどその目だけは、どこかまっすぐで、冗談じゃない空気をまとっていた。


 「……俺に?」


 少しだけ驚いて問い返すと、國木田は微笑んだまま頷いた。


「うん、君に。ちょっとだけでいいから、立ち話に付き合ってくれないか?」


「……まあ、いいけど」


 ローファーを履き終え、ゆっくりと立ち上がりながら、咲真は胸の内で小さく息をついた。


 ――今日は、喫茶店の手伝いがなくて助かった。

 もし入ってたら、「用があるんで」で断ってただろうしな。

 

 まぁ、佐々木さんからは帰りに少し寄ってとは言われているが、わざわざ断る理由にしたいとは思わない。


 そんなことをぼんやり考えつつ、國木田の隣に立つ。


 彼は、人気の少ない柱の影にもたれかかりながら、相変わらず柔らかな口調で言った。


「……明日の放課後、僕と遊んでくれない?」


「……國木田と?」


 思わず聞き返すと、國木田は口元に笑みを浮かべたまま、少しだけ首を傾けた。


「うん。正確には――僕と君と、柳田くん。藤宮さんと天音さん。そして七瀬さんの六人で遊べたらなって思ってる」


「……六人?」


 いきなり出てきた複数の名前に、思考が一瞬止まった。


 國木田、柳田、藤宮、天音、七瀬、そして咲真の――六人。


 聞き覚えのある名前ばかりだ。けれどその中で、自分の居場所だけがやけに浮いて見えた。


 柳田はわかる。放課後にくだらない話で盛り上がる、いわば“いつものメンツ”だ。クラスだけではなく、学年全体でも知られているほどのお調子ものだ。


 でも、それ以外の四人――國木田、藤宮、天音、七瀬。学校の中でも目立つ顔ぶれで、咲真とは普段まったく接点のない連中だった。


 胸の奥に、じんわりとした違和感が生まれる。


 まるで、きれいに組まれたパズルの最後のピースに、自分だけが無理やり押し込まれたような感覚だった。


「……そのメンバーで、なんで俺が入ってるんだ?」


 言葉が自然と口をついて出た。


 別に卑屈になってるわけじゃない。けど――あの四人の顔ぶれに、自分が並ぶ理由がどうにも見えなかった。


 國木田は、少しだけ視線を逸らしてから、軽く息をついた。


「うん、そこ気になるよね。ちゃんと説明するよ」


 軽く深呼吸を挟むと、意を決したように、それでいて落ち着いた声で話し出す。


「単刀直入に言うね。――僕、藤宮さんのことが気になってるんだ」


 ……なるほどな。


「で、藤宮さんと仲がいいのが、七瀬さんと天音さんなんだ。特に七瀬さんとは、中学の頃からの友だちらしいんだよね」


「へえ……」


 確かに、同じ空間にいるのを何度か見かけたことがある。無口なタイプ同士、奇妙に居心地のよさそうな空気を作っていた。


「……それで、僕は天音さんにこっそり相談したんだ。どうしたら自然に藤宮さんと話せるかって」


「ほう」


 納得したような咲真の反応に、國木田は言葉を続けた。


「そしたらさ、あの子、即答だったよ。『女子3人、男子3人で遊ぶとかなら自然なんじゃない?もちろん私も協力するよー』って。“ちょっとしたイベント感があれば、雛も構えずに来るかも”って。今日、七瀬さんにも許可はもらったし」


「なるほど……」


 確かに、二人きりとかじゃなく“周りに人がいる”状況の方が、ハードルは低いかもしれない。しかも、仲が良い他の女子メンバー2人が参加しているとなると尚更だ。


 で、今日の朝、七瀬と話をしていたってことか。こそこそせずに堂々と話をしていたのは、もし藤宮が見た時に誤解を与えないため。


「あとね、天音さんがもう一つ言ってたんだけど、『男子の中にも一人くらい、空気作るの上手いやついたほうがいいよ』って。で、“柳田に声かけとけば間違い無いって。あいつそういうの上手いから”ってさ」


「まあ、あいつは盛り上げ担当だしな……」


「そうらしいね」


 國木田は少し肩をすくめた。


「でもね、そこで問題が起きたんだ」


「……問題?」


「うん。柳田くんに声をかけたら、こう返ってきた。『八神が行くなら、行ってやってもいい』って」


「……なるほどな」


「だから、八神くんが必要なんだよ。君が来てくれれば、柳田くんも来る。そうしたら計画通りの人数を揃えることとができる。そうすれば……」


「……このイベントが開催できるようになり、藤宮と話すチャンスができる、ってわけか」


「うん。ちょっと遠回りだけど、今の僕にはそれが一番自然なアプローチなんだ」


 國木田の声に、ふざけた調子はなかった。


 その真っ直ぐな目を見て、咲真はふっと息を吐く。


「……分かった。協力しよう」


 そう言ってから、少しだけ間を置いて問いかけた。


「でも一つ聞きたいんだが、最初から六人じゃなくて……二人で遊ぶとか、考えなかったのか?」


 國木田は、少しだけ目を見開き、それから小さく笑った。


「うん、それは僕にとってはハードルが高いんだ。正直言うとさ……女の子とこんな感じで遊ぶの、初めてなんだよね」


 (……意外だな)


 國木田涼真といえば、学校一のイケメンで、モテ男の極みみたいな男だ。女の子と二人で出かけたことがないなんて、想像もしてなかった。


「有難いことに、アプローチされることは多いんだ。でも……僕、自分で決めてたんだよね。本当に気になる子とだけしか遊んだりしないって」


 そう言って、彼は少しだけ肩をすくめた。


「……でも今回は、その“ちゃんと好きかもしれない”って気持ちを自覚しちゃったから。結果的に、君たち四人に協力を仰ぐことになっちゃったわけだけど」


「なるほどな」


 照れたように笑いながら、それでもどこか覚悟のにじんだ声だった。


 まっすぐな好意と、そのために動ける行動力。


 ――なるほど、“國木田涼真”がイケメンと呼ばれる理由が、少しだけわかった気がした。


 そして、今朝、心に引っかかったことが、少しずつ解けていくような感じもした。




♦︎♢


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