45.時間遡行~ザケルバードside

『ウォルフ。リビアの魔石とは、この国の王太子と行動わを共にしている、自称聖女と名乗る女が身に着けていた首飾りについた魔石の事であろう。黒魔術師に奪われた、とはどういう意味だ?』


 我が問う。するとウォルフは暫し黙った後、語り始めた。


 顔相が蛇のようになったせいか、ウォルフには表情が一切ない。ただ声だけは苦しげだった。


『本当にすまない。私はここに張っていた結界死ぬ前にルイスの子孫を助けようと、呪いを吸収して黒く染まったタンポポを使った』


 ルイスとはマルトレ国の初代王とされる男であり、ウォルフの実弟。我の異母弟でもある。


『黒タンポポを? 一体どのような目的で使った?』


 黒タンポポは我らがこの地に定住するようになって百年ほどした頃から、少しずつ数を増やすようになった。


 気づけば結界内では黄色いタンポポが姿を消し、春に生えるのは黒タンポポばかりとなっていた。


 結界の外――結界の境界付近でも黒タンポポはぽつぽつと生えているが、今は時期的に生えていない。


 ただしフィリからは、境界付近にある大岩の周辺だけは年中生えていると聞いておった。我はその大岩を目指す途中、この場に足を運んだのだ。


 同胞の亡骸は見当たらない。


 森に火を点けたのだろう。焼け落ちた家屋や木々ばかりだ。


 そしてここへ来る前に見たフィリの故郷は……領主一族が謀反を企て、罰せられたに相応しい末路を辿っておった。


 場所が辺境。それも隣国との間にあった結界が消失したが故に、隣国から狙われる領地となってしまっている。


 当然だ。フィリの一族は代々、辺境を守る要の役割をしておったのだ。謀反という冤罪をかけられ、フィリを除く一族郎党が処刑された以上、軍事力が弱まったとして隣国から狙われても仕方ない。


『それは……』


 我の問いに答えようと口を開いたウォルフ。


 だが不意にその姿が揺らぎ、ウォルフは口を閉ざす。


 そこで我は初めてウォルフの正体に気づく。


『ウォルフ、お前……幻覚魔法で? 本体はどこだ?』


 そう。ウォルフに実態はなかったのだ。


『……今、リビアの魔石に込められていた呪いが消えたようだ。やっとあの黒魔術師の呪縛から解放された。全てを話す暇はない。黒魔術師が私の体に巣くった呪いに干渉し、私を操ろうとした。間一髪で逃げたが、既に呪いで自我を失いかけていた身だ。黒魔術師の干渉で破壊衝動が抑えられなくなった私は、この近くに体を封じた。だが少し前から干渉の力が弱まり、つい今しがた干渉の力が完全に消えた』

『なるほど。ならばウォルフ。今なら破壊衝動をどうにか抑えられるのではないのか? 頼みがある。助けたい人がおるのだ』


 ウォルフの言葉でフィリをあの邸から連れ出し、弱った体を回復させられる可能性を見出す。


 暴走する呪いを獣の身となる事で抑え続けている我だけでは、体の弱ったフィリを守ってやれない。


 それ故、フィリを救いたくとも救えないジレンマを抱えておった。


 だがもしも……もしもウォルフが手伝ってくれるなら……。


『ザケルバード……それはできない』


 だがウォルフは、そんな我の希望を砕く。


『私はこの封印が解ける条件を、自らの生命活動が終了した時と設定した。そうする事で、封印を強固にしてある』

『……そんな……』

『正直、後悔している。私は討伐軍にリビアが殺されるのを傍観するしかなかったのだから』


 続けて話すウォルフの言葉に、口を噤むしかなかった。


『だが……私の最期の力をお前に託す事はできる。あの黒魔術師の呪縛が消えたという事は、あの者の近くで聖女の力が発動した可能性が高い』

『聖女……』


 フィリの顔が浮かぶ。フィリは気づいていないだろうが、フィリは呪いを浄化する力を備えている。


 ただ、その力は極めて弱い。他者に巣くう呪いを浄化するほどの力はない。


 そこまで考えた時、まさかと思う。


『……フィリが危ない』


 不安が口をつく。


 ウォルフが言う黒魔術師とは、あのピンク女だ。


 あのピンク女の干渉、つまりリビアの魔石に宿る呪いを解呪した聖女がいたとすれば、それはフィリの可能性が極めて高い。


 もしそうならピンク女とフィリが出くわしたという事だ。


『ザケルバード。お前の救いたい者が誰かは知らないが、その者のいる所へお前を転移させよう。だから頼む。この世界の為にも、私の最期の力で聖女を守り、導いてくれ』


 言うが早いか、幻影であるウォルフが我に触れた。


『さらばだ、弟よ』


 そんな声を聞き、体に聖騎士としての力が補填される。


 と同時に、五百年も苦楽を共にした兄を失ったのだと自覚した瞬間、景色が変わった。


 フィリと住んでいた邸の中にいて、いつの間にか我の獣化は解けている。


 すぐに我は再び獣化し、フィリの香りを辿って……生きる希望を失った。


『……フィデリカを助けたいか?』


 フィリの亡骸を前に、死を選ぼうとした男――カリエルにそう問いかけた。


 是と答えたカリエルと我の魂。そして我に宿る聖騎士としての力を、フィリの体に突き刺さった短剣に宿る呪いの力にぶつける事で生じる魔力のうねりと奔流。


 我はそれらを使い、我が王家に口伝で伝わっていた時間遡行魔法を発動した。


 魔法が成功しても失敗しても、どちらでも良かった。


 フィリのいない世界で生き続ける事ができなかっただけだ。

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