聖裝士学園の異端者

綿砂雪

序章

プロローグ 入学式と爆睡魔

「新入生の皆様、エルデカ王国立聖装士学園へのご入学。心よりお祝い申し上げます」


何百人もの生徒が集う大きな講堂の壇上で、白金の長髪の少女は拡声器を使ってそう言った。

今この場で執り行われているのはとある学園の入学式。壇上の少女に限らずこの場にいる少年少女の全員が同じ高級感ある黒のローブを纏っている。


このローブこそ、この学園の生徒の象徴だ。この国にいる若者の多くがこのローブに袖を通すことに憧れるが、実際にこのローブを着れる者はほとんどいない。

それを叶えられるのはこの学園の生徒、すなわち『聖装士』だけである。

つまりこの場にいるのは皆が聖裝士、一人の例外もなく選ばれた才能の持ち主たちなのだ。

そんな新たな聖裝士の卵である彼ら新入生たちは、皆各々の志を抱きながらこの入学式に臨んでいた。


ここから遂に聖装士としての人生が本格的に始まるのだ。より強く、より良き聖装士になるために、彼らは少女の言葉に耳を傾ける───その中で、





「………Zzz」





ここに一人、爆睡をかましている少年がいた。

今が入学式の真っ只中であるにも関わらず、この黒髪の少年は悠々と眠っている。

その表情には未来への希望も希求もあったもんじゃない。ただただ純粋で、そして何よりも強力な睡眠欲だけがそこにはあった。

教師が知ったら雷魔法の一つや二つ飛んできそうな所業だが、この少年が座っているのは講堂の後ろ側かつ真ん中付近。教師は気づかないし、気づいても手出ししにくい場所だった。

ならばもうこの少年は起きないのだろうか。

皆がこの入学式に堂々と臨む中、終始爆睡したまま終えるのか。

そう思われた少年を、なんと起こした者がいた。


「おい起きろアラン!なんで式の最中に寝てるんだ!」


小声で言いながら少年──アラン・アートノルトの肩を叩いたのは、アランの右に座る少年だった。

美しい青髪を持つ少年だ。少年は焦りを露わにしながら居眠り中のアランを叩き続ける。


「……あぁ?」


そうして十回ほど肩を叩いたその時、ようやくアランは目を覚ました。

そして右にいる自身を起こした張本人に、ゆっくりと顔を向ける。


「……リオ?」


「ああそうだ、僕だ。まさか君ともあろう者がこの入学式で寝るとは思わなかったよ……」


呆れながら青髪の少年──リオ・ロゼデウスはそう言った。

この煌びやかな入学式において、まさか寝る者がいるとは思わなかったのだろう。

少なくとも誇り高き聖装士のすることではない。だがアランは堂々と眠ってみせた。

どうやら彼に聖装士としての誇りはないようだ。


「仕方ねぇだろあんな長話を連続で聞いてたら普通眠くなるって。それにこれって新入生のための入学式だろ?メインは一年の新入生。俺たち二年は関係ないだろ」


「だからって寝ていい理由にはならないぞ」


「じゃあなんでお前俺のことは叩き起こすのにアシュリーは寝かせてんだよ」


言いながらアランが指を指したのはリオの隣に座る紫の短髪をした少女だった。

彼女の名はアシュリー・フォンラッド。アシュリーは先ほどまでのアランと同様に、リオの右で爆睡している。


「俺を起こすならアシュリーも起こすのが普通だろ」


自分を起こしてアシュリーを起こさないのはおかしいだろと、そこそこ真っ当な異議を申し立てるアランだが、


「彼女を起こしたところで意味があると思うかい?」


諦め切った表情でリオは言う。


「……まぁ、それもそうか」


割とすんなりとリオの言い分に納得するアラン。

それもそのはず。リオとアシュリー、この二人はアランがこの学園に入学して早いうちから仲良くなった同学年の友達だ。

それ故アランは二人の性格を良く知っている。こうした式典でリオが居眠りしている友人を放置するほど甘くないことも。起こしても起きない、いや起きても入学式が終わるまで意識を飛ばして話をフル無視するであろうアシュリーのことも。

それを知ってなおアシュリーを無駄に起こそうと考えるアランとリオではなかった。


「これで私からの話は以上とさせていただきます。新入生の皆様が良き学園生活を送れることを心より願っています」


気づけば話は終わっていた。壇上の少女は拍手の中、生徒たちに一礼すると顔を上げる。

そして、


「…………」


ほんの一瞬だけ、その視線が誰かに向けられた。

その視線が向かっているのは講堂の奥の方、この生徒が密集している状況では豆粒くらいにしか見えないはずの者に対して向かっていた。

その視線を向けられていた者というのは、


「っ…………」


他でもない、アランだった。

直後にアランの顔がしかめっ面に変わった。アランには少女の視線の意図が読めていたからだ。

あれは間違いなく揶揄からかいの意が込められていた。いや、本人からすれば励ましのつもりだったのかもしれないが、アランからすれば揶揄われているようなものだ。

誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ。そんな思いを込めた鋭い視線をアランは向けるが、届かない。アランが目を細めた瞬間に、少女は生徒たちから顔を逸らし、壇上から降りていった。


「どうしたんだいアラン?そんな不機嫌そうな顔をして」


「いやなに、ちょっとからエールを受け取っただけだ」


「確かに次は君が頑張る番だな。良かったじゃないか、応援してもらえて」


「良くねぇよ。ったく……なんで俺がこんなことを……」


アランが項垂れた瞬間、


「これにて入学式を終了いたします。続いてのプログラム、新入生歓迎試合は三十分後に行われます。生徒の皆様は闘技場へ移動してください」


講堂にそんな声が響いた。

ようやく長い長い入学式が終わった。生徒たちは椅子から立ち上がり、座り続けて凝り固まった腰を解している。


「アシュリー、もう入学式は終わったぞ。そろそろ起きろ」


リオは今の今まで眠り続けてきたアシュリーを起こす。何度か名前を呼びながら肩を叩くと、アシュリーはようやく顔を上げた。


「……ん?もしかして入学式終わった?」


目をこすりながら、アシュリーは言葉を紡ぐ。

彼女の雰囲気はまさしく寝起きの幼児、とてもじゃないがアランたちと同学年とは思えない。


「ああ、終わった。三十分後には歓迎試合だ。僕達も早く闘技場へ……」


言いかけて、リオは背後のアランに目を向けた。


「おいなんだその目は。まさか哀れみのつもりか?」


「いや、可哀想だなぁって……」


「そう思うならお前が代わりに出てくれよ!」


「何を言うんだ。これは君にしか出来ないことだ。僕では到底君の代わりなど務まらない」


「いやいやそんなことないって。お前だって序列七位だろ?なんなら単純な戦闘能力ならお前の方が上まであるし、いけるいける!」


「いいや無理、絶対無理だから。アシュリーもそう思うだろ?」


「まぁ……うん。リオがアランの代役は……ちょっと厳しいと思う」


おぼろげに返事をするアシュリー。彼女もリオと同様にアランに哀れみの目を向けていた。


「なんならお前が代わってくれてもいいんだぞ?」


「無理。そもそもとして、アランの役目はアリシア様直々のお願い。私達には代わりを務める権利はない」


「チッ……」


至極当然の返事にアランは舌打ちをうつ。

だがどれだけ文句を言っても現実は変わらない。アランには与えられた役割があって、その役割からはどうやっても逃げられない。

こんなことなら今日は仮病でも使って休むんだった。そんなことを考えながら、アランは二人と共に席から立ち上がり、


「それじゃあ、僕達も行こうか」


「うん、行こう。アラン頑張ってね、応援してるから」


「はぁ……いいよなぁお前らは気楽で……」


闘技場へとその足を向かわせるのだった。

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