地獄邂逅レーゾンデートル アルバム てのひらの窓
音夢音夢
Episode1 その血は遠く、その日は未だ
「てってれー! 血液型相性占い〜!」
「それまだ懲りてなかったんだ……」
「俺の浮き輪より軽いメンタルを見損なってもらっちゃ困るよきょうちー」
人さし指を軽く振る
閻魔庁での一日の仕事が終わった後の自由時間、閻魔大王代理の
「その、血液型相性占いというのはなんなのですか?」
「簡単に言うと、血液型と誕生日を合わせて、この人とこの人はどれくらいの相性かなー? って調べるの。希少な血液型は載ってないこともあるけど、言祝型も空蝉型も調べたらちゃーんとあったし、見てみよーよ」
言祝型は戦と夾竹桃、空蝉型は叡俊の血液型だ。
叡俊はさっそく分厚い本を開く。
「戦ちゃん、誕生日はいつ?」
「二月十六日です」
「おっけーおっけー、俺が六月五日だからー、二月生まれの言祝型はっと……お、相性80%だって! 見てこのページ!」
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家族愛 5
敬愛 5
その他 25
と、数値が並んだ下に、大きな見やすいフォントの『トータル相性 80%』が存在を主張している。
「敬愛5はちょっと物申したいけど、まあまあいいんじゃない? 嬉しいよ俺。もっと敬意持ってほしいけど。もっと尊敬してほしいけどね。俺のほうが年上で人生経験も豊富で身長も高いんだけど」
「ショックなんだね、敬愛5が」
「そこ、黙りなさい」
ぼそっと呟いた夾竹桃に、叡俊が本に視線を落としたまま人差し指をビッと突きつけた。
「司命様のどのあたりが尊敬できるのか、これからの職務のなかで時間をかけて見つけていきます」
「ねえそれもう今の段階で俺の尊敬要素ゼロって言ってるよね? てか
フォローしたつもりだった戦の言葉は、叡俊に届かなかったらしい。
「『穏やかで誠実、少し鈍いのがたまにキズですが、その言動がかえって周囲をなごませている癒しキャラな六月生まれの空蝉型さん』……ふっ」
本を読み上げていた夾竹桃が、無表情のまま吐息を震わせた。
「え、きょうちー今鼻で笑った?」
「笑ってない。……『と、誰にでも優しく大人っぽい魅力のある、頼れるみんなのアイドル的存在な二月生まれの言祝型さんは、普段はあまり関わりがありませんが、実は波長が合うのかも。お互いと一緒にいるとなんとなく落ち着くみたいです。沈黙も心地いい、穏やかな関係が築けそう』……無理だね、叡俊が沈黙とか。ほっとくとずっと喋ってるもんね」
「きょうちーが話さないからでしょ! あれだよ、俺式典のときとかはわりとちゃんと黙るじゃん!?」
「この間今上が話してる時、ずっと小声で話しかけてきてたよね。今日の夜ご飯何食べたい? とか、あそこに変な雲あるねとか、挙句の果てには看板と立て札どっち派? とか」
「だってつまんないじゃん! 偉い人の話って長くてつまんないんだよ!」
「私は今上の話好きだけど」
「えっ」
固まる叡俊。その隙に、「それ、ちょっと見せてくれないかな」と傍観していた
「どうぞ」
「ありがとう。……『話してみると、意外と共通の趣味があるかもしれません』」
低く心地よく響く声の火亜が読み上げると、朗読劇のように思えてくる。
戦が顎に指を添えて考え込んだ。
「共通の趣味……趣味というより日課であれば、私は普段、八大地獄を巡りながら修行していますが」
「それは地獄の誰とも共通しないと思います」
ツッコミ担当がフリーズしているため、夾竹桃が冷静に役目を奪い取った。
「それに叡俊の趣味といえば、女の子のナンパとか、カラオケで食べるだけ食べて歌わずさっさと帰るとか、ろくなことありませんよ」
「ナンパしてる戦は……ちょっといやだなぁ」
火亜が苦笑したのにつられて、想像した夾竹桃も頷く。
「私もそう思います。戦様には純粋で無垢なままでいてほしいです。……カラオケも想像つきませんね」
視線を投げかけられた戦はしばらく考え込んでから、あ、と小さく呟いた。
「空桶でしたら、一度中に入って、三途の川を流れたことがありますよ。……あ、いえ、桶じゃなくて樽だったかもしれません」
「戦、何してるの?」
火亜の目が据わった。戦はきょとんと首を傾げる。
「ですから、桶……樽の中を空にして、そこに入って、三途の川を」
「それも修行? いくらなんでも危険すぎないかな」
「いえ、修行が一段落したので、休憩がてらの川下りです。ただ、やはりいつもの訓練に時間を使ったほうが有意義だと思いましたので、一度しかやっていませんが」
「……そうか」
二人が話している横で、復活した叡俊がちょいちょいと夾竹桃の袖を引いた。
「きょうちーちょっと、一つ言いたいんだけどさ、ナンパとかしたことないよ俺」
「え、すれ違った可愛い女の子に声かけたり」
「挨拶! ただの挨拶だよ!」
「『あれ、髪型変えた? 似合うね』とか、『今日も可愛いね』が? ……あと、女官がいっぱいいる仕事場によく行ってるし」
「ちょっとお話してるだけだよ」
「たまに女の子とトラブってる」
「いやぁ〜、俺女の子はみんな尊重されるべき大事な存在だと思ってるんだけど、それがちょっとこう、認識の違いというか、向こうに勘違いされちゃうんだよねぇ」
「大袈裟に態度に出すからじゃないの?」
「全然大袈裟じゃないよ」
叡俊はそう言いながら大袈裟に手を広げ、肩をすくめてみせた。雰囲気の軽さのせいか、大仰な仕草が妙に似合う。
表情は変わらないもののなんとなくしらけた夾竹桃の眼差しをさらりと受け流して、叡俊はやれやれと言いたげに笑みを浮かべる。
「だってさ〜、女の子って可愛くない? そこに存在してるだけで、わーこの子偉いな〜って褒めてあげたくなるじゃん」
「意味不明すぎる……」
見ていた火亜と戦は、夾竹桃の視線が白を通り越して無彩になったような気がした。
火亜が本を閉じて、二人の会話に口を挟む。
「女性に皆それぞれ長所と魅力があるのは僕も認めるけれど、それを見境なく褒めて言い寄るのは口説いていると思われかねないんじゃないかい? 特に叡俊は態度が軽いから余計に」
「ん〜、軽いのかなー。思ったことそのまま言ってるだけなんだけどなー。でも俺こう見えて、本命にはちゃんと一途なんだよ?」
「見えない」
「見えません」
「見えないな」
「ひどい!」
叡俊は崩れ落ちて蹲った。夾竹桃が袂から細い小枝を取り出して、丸まった叡俊の背中をつんつんとつつく。
「え……司禄様、それどこで拾ってきたんですか?」
「この間閻魔王宮を散歩してて見つけました。こういうときのために常備しているんです」
こういうときとは、と戦は思ったが、それ以上は踏み込まなかった。
火亜が軽く腕を組んで叡俊を見下ろす。
「というか君、本命いるのかい?」
「え、いやいませんけど、いつかできたらちゃんとその子だけを大事にするよっていう。それに候補はいるよ、きょうちーとか」
「きっ……」
「気持ち悪いとか言わないでよ傷つく!」
両腕で自分の体を抱きしめ、すっと後ろに引いて塵を見るような目で叡俊を見る夾竹桃に、叡俊が傷つく。
「何も言ってないけど」
「嘘だ! 絶対言おうとした!」
「してない。気持ち悪いじゃなくて、気色悪いなと思って」
叡俊は両手両足を地について絶望する。
戦が挙手した。
「司命様、候補ということは他にもいらっしゃるのですか?」
「ん? あーいるいる、いっぱいいる」
叡俊はひょいっと顔を上げると、漢服を手で払いながら立ち上がって指折り数えた。
「えっとねー、厨房の
「あ、ミカちゃんは私も知ってる。ノリいいし、話してて楽しいよね。その子にしなよ叡俊。ほら私なんて骨と皮だけで食べても美味しくないよ、不味いと思うよ。ね、ほら、せっかく付き合うなら優しくて明るい子がいいでしょ」
「肉食獣に狙われた草食動物みたいな厄介払いの仕方やめて!?」
知り合いの名前が出て食いつく夾竹桃に、叡俊が半泣きになる。
「……確かに、相性は悪いみたいだね。この本を信じるなら」
いつの間にか、火亜がさっきとは違うページを開いていた。叡俊と夾竹桃で相性診断をしていたらしい。
火亜が開いたページをくるりと三人の方に向け、三人はじっとそれを覗き込む。
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その他 89
トータル相性 24%
何があった、その他。
全員がそう思うなか、叡俊は結果を見て悲鳴をあげる。
「えー! やだよきょうちー! 俺と一緒にハリケーンしようよぉぉ!!」
「ハネムーンな?」
すがりついてくる叡俊の腕をぺいっとはたき落とす夾竹桃。
「本命に一途というわりに恋愛が1なら、夾竹桃は本命じゃない……叡俊が振られるってことかな」
「司録様が司命様に対して5も友愛を持っていたなんて、意外ですね。−200ほどかと」
顔を寄せ合って本を覗き込み、分析する火亜と戦。
叡俊が再び崩れ落ちる。
「みんなそうやって俺をいじめるんだ! わかってるけどさあ、知ってるけどさあ、他人から言われるとほんとダメージ入っちゃうからやめてよおぉぉ!」
「0じゃないならよかったじゃん」
「そういうことじゃない……」
「じゃあ、戦と夾竹桃も見てみようか。戦、自分で調べる?」
「あ……はい、ありがとうございます。ええっと……司禄様、お誕生日は」
「八月九日です」
「八月の言祝型と、二月の言祝型……あ」
「ん?」
「え」
「……」
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家族愛 10
敬愛 30
その他 10
トータル相性 120%
「……だって、戦様」
「らしいですね、司禄様」
互いに無表情で顔を見合わせる二人。どちらも感情を出していないものの、花が咲いているような、ほんのりとやわらかい空気が流れる。
「……友達になります?」
「え、いいのですか?」
夾竹桃が小さく首を傾けて戦の顔を覗き込むと、戦はわずかに目を丸くした。
「可愛い……うっ、でも悔しいっ……!」
心臓を抑えて、本日三回目、その場に蹲る叡俊。
火亜はやわらかな眼差しで、純粋な空気の二人を見守る。
「では……よ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
ぺこりと頭を下げ合う戦と夾竹桃。叡俊はばんばんと勢いよく床を叩く。火亜は優しく瞳を細めて微笑んでいる。
夾竹桃がぱっと顔を上げて切り出した。
「じゃあ戦様、今度ちょっとデート行きます? ちょうど私、この間いい感じのお店を見つけて。友達とショッピングとか、一回やってみたくて……」
「えっ……い、いいのですか? 私、えっと、私もそういうのは未経験で……でも、一緒に行ってみたい、です」
「ず! る! い! きょうちー俺とデート行こうよおおおお! なんで⁉」
「叡俊、二人が仲良くなるきっかけなんだから、邪魔しない」
夾竹桃に絡もうとして、火亜に首根っこを掴まれ引き離される叡俊。
「てかきょうちーその言い方、友達とショッピングやったことないみたいな……っ! 俺と何回も行ってるじゃん! 髪飾り買ってあげたじゃん!」
「叡俊は友達じゃないでしょ」
首元を捕まえている火亜の手から逃れ、叡俊の崩れ落ち、四回目。
「叡俊、君はもう十分夾竹桃と仲がいいだろう? 今回くらいは我慢してもいいんじゃないか?」
仲良くないです、と片手をぶんぶん振っている夾竹桃は、とりあえず視界から外す火亜。叡俊はうらめしそうに火亜を見上げる。
「そういう大王様はなんか余裕ですけど、悔しくないんですか?」
「悔しいも何も、僕は戦の行動を縛ってしまっているわけだから、少しでも交友関係が広がるのはいいことだと思うよ。それに、そもそも比較対象がないから」
「そういえば、閻魔様は血液型がわからないって言ってましたね」
戦と話を弾ませていた夾竹桃が振り向いた。
「じゃあ、相性0%かもしれないし、私と同じ120%かもしれないってことですね」
「まあね」
眉を下げて微笑む火亜に、「血液型を調べる予定はないのですか?」と戦が聞く。
「ないよ。それより大事な仕事が、今は山ほどあるから」
深い海のように穏やかで、果てしなくあたたかくて、静かな声だ。
それを聞いた戦は少しだけ俯き、それから顔を上げた。
「では……せめて、誕生日のほうを、教えていただけませんか?」
「誕生日?」
火亜が目を丸くし、叡俊も呆気にとられた顔をする。夾竹桃だけは、相変わらず眉一つ動かない。
まっすぐ火亜を見据えたものの恥ずかしくなってきた戦は、少しだけ目線を下に泳がせる。
「あの、迷惑でなければ、もし許していただけるのであれば……火亜様が生まれてくれた日は、えっと、お祝いしたいなと、思うので」
火亜の、闇のように深い瞳が、光を宿して揺らいだ。闇よりもずっと美しい黒になって、目を合わせない戦をその視界に映して、息が止まる。
ほんの微かに俯いた戦も、驚いて戦を見ていた叡俊と夾竹桃も、火亜の表情に気づかなかった。
「……そうか」
ぽつりと零れた声に、三人は火亜のほうを向く。火亜はいつも戦に向けるように、優しい微笑みをしていた。
「十二月、十六日だ」
「十二月、十六日……」
大切そうにその響きを転がして、戦はふっと火亜を見つめた。
「あの、それは、私がお祝いしてもいいということでしょうか?」
「ああ、いいよ。――ありがとう」
かみしめるように、だきしめるように、さけぶように、ささやくように。
今まで聞いたなかで一番たくさんの
だってそれは、いつもと変わらない。
いつもと変わらずに、その言葉に、命に、感謝をして。
いつも以上に、伝えたいことを伝えて。
十六年分の言祝を。
「でもそれより、戦の誕生日が先だね。二月十六日……もうそろそろか。憶えておくよ」
「えっ……ですが、主君が一護衛の誕生日に」
「いいんだ。僕が感謝したいから感謝するだけ、祝いたいから祝うだけだよ。勝手にさせてくれ」
「……では。よろしくお願いします」
戦は丁寧に頭を下げて、火亜は笑った。
「閻魔様と戦の誕生日、私もお祝いします」
「え、あ……ああ、じゃ俺も!」
夾竹桃と叡俊が名乗りを上げ、戦は目を丸くして、火亜は楽しそうに笑う。
いつか、君に伝える、その日を待って。
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