観測ログ41:日常と異常(者)
正式に「魔の領域調査」の依頼が下りた。
クラン《双律の剣》として、初めて受ける本格的な依頼だ。
クランハウスは朝から落ち着きがなかった。
「これと、これと……あと予備は三つ……!」
後方支援担当のキャシーが、机いっぱいに物資を広げて確認している。
その動きはやたらと素早いが、視線は時々、部屋の隅へと飛ぶ。
「……ひっ」
猫の姿をしたシュレイと目が合ったらしい。
シュレイは何もしていない。ただ丸くなって尻尾を揺らしているだけだ。
「だ、大丈夫……猫さんは、敵じゃない……たぶん……」
そう呟きながらも、キャシーは一歩ずつ後ずさっていた。
ネズミの獣人にとって、猫は理屈以前の問題らしい。
一方その頃。
「うおおお! やっと大きな依頼だな!腕がなるぜ!」
ライガが叫びながら、大剣を振り上げた。
ゴウン、と空気を割る音が室内に響く。
「ライガ!! 家の中で剣を振り回すなって何度言えば分かるの!!」
即座にエリシアの怒号が飛ぶ。
「いや、待ちきれなくて、つい身体が――」
「ついじゃない! 床と壁と天井と家具を見なさい!!」
ライガはしょんぼりと剣を下ろした。
床板には、うっすらと新しい傷が増えている。
「うーん……どうしよっかなぁ……」
今度はミアだ。
荷物袋を前に、菓子の包みをいくつも並べて腕を組んでいる。
「クッキーは定番だけど、毎日は飽きるから……ケーキは潰れちゃうから1つにして…バナナはおやつじゃないし……」
「バナナはおやつだろ」
ライガが思わず突っ込むと、ミアはむっとした顔で助けをもとめるようにエリシアを見た。
「バナナはおやつよ!エリシア、どうしよう?」
「……どうせヴォイドの収納に入れるんだし両方持って行けばいいんじゃない?」
エリシアも呆れ気味だ
「そっか♪なら、これも持って行こっと♫」
ヴォイドは、そのやり取りを横目に見ながら、黙々と荷物を確認していた。
表向きの役割は、収納スキル持ちの荷物持ち。
武器、食料、薬品、予備装備。
一つずつ確認し、収納していく。
「ヴォイド、これもお願い」
エリシアが差し出してきたのは、
きちんと整理された自分の荷物一式だった。
「了解」
収納。問題なし。
「ミニーとクラリスは?」
「教会で手続きしてから来るって」
エリシアが答える。
「だから現地集合ね」
なるほど。
あの二人なら何が起きても大丈夫だろう。
なによりいない方が平和でいい。
「……やはり、私も行きます」
唐突に、セリオンが口を開いた。
その目は、真っ直ぐ――いや、異様なほど真っ直ぐに、ヴォイドだけを見ている。
「魔の領域ですよ?」
「魔素密度が不安定で、既存理論が通用しない領域」
「そして――」
一歩、踏み出す。
「師匠が、そこに行く」
「ちょっと待て」
思わず声が出た。
「師匠の未知の魔術、魔素の揺らぎ、
“観測すると結果が変わる”あの現象……」
異様なほど息が荒い。
「記録越しじゃ駄目なんです」
「横で、同時に、同じ瞬間を共にしないと意味がない!」
「……学校は?」
エリシアが低い声で聞いた。
「辞めます」
即答だった。
「講義? 研究費? 教授職?」
「そんなもの全部どうでもいい!」
両手を広げ、恍惚とした表情で叫ぶ。
「師匠が未知を更新する瞬間を、
離れた場所で待っていれるほど
私は“凡百の魔術師”じゃないんです!」
沈黙。
次の瞬間。
「――この魔術バカ!!」
エリシアの拳が、容赦なくセリオンの頭に落ちた。
セリオンは頭を抱えてしゃがみ込む。
「……だって……生の確定不能現象なんて……」
「黙りなさい!!」
びしっと指を突きつけられる。
「今回は不参加!」
「これ以上言ったら、本気でこのクランから追い出すわよ!」
「……っ、了解です……」
セリオンは涙目で頷いた。
その視線は最後まで、ヴォイドから離れなかった。
「……シュレイは?どうする?」
そう聞いた瞬間、机の上から小さなあくびが聞こえた。
「にゃあ」
気が向いたら現れるだろう。
いつも通りだ。
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