観測ログ38:本音と建前

「今日はグラディオが別の仕事で不在だから、一旦解散して、夕方にミニーの慰労会も兼ねて集合しましょ。
 その頃にはカイルも戻ってくると思うわ」

 エリシアの一言で、一同はとりあえずの解散となった。


「そういやカイル、昨夜から戻ってきてないな。何か別の依頼か?」


「んー、たぶんどっかで飲み歩いて、そのまま娼館に泊まったんでしょ」


「……なるほど、いつものやつか」


「そういうこと」


「で、セリオン。お前はこれから?」


「私は王都の魔術学院に顔を出す。研究室を放っておくわけにはいかんからな」


「へえ、知り合いでもいるのか?」


「知り合いも何も、自分の研究室がある」


「お前……魔術バカのくせに意外とちゃんとしてんだな」


「バカは余分だ。そうだ! せっかくだし、師匠にも講義を──!」


「やめろ。だから“師匠”はやめろって言ってんだろ。講義もパスだ。俺は目立たずひっそり生きたいの」


 ヴォイドの拒絶に、セリオンは肩を落として渋々と魔術学校へ向かっていった。


「じゃあ私は一度、教会に戻るわ。また夕方に来る」

 ミニーが腰に手を当てて言うと、


「ミニーお姉様、私もご一緒します!」

 クラリスも元気に続き、二人で連れ立って教会へと出かけていった。


「ライガは?」


「せっかくの休みだしな。買い出しついでに、街で食べ歩きでもしてくるわ」


「じゃあ私もショッピングしよーっと♪ この前、すっごく綺麗な魔石を売ってるお店見つけたの!」

 ミアは嬉しそうにくるくる回りながら、どこかへ駆けて行った。


「……あいつら、全員いつも通りだな」


「というわけで、留守番は私たちとキャシーだけね」


「ま、静かなのはありがたいかもな」


「ふふっ。お留守番、仲良くしましょうね?」



◆ ◆ ◆



 しばらくすると、屋敷の奥からふわりと揺れる二本の尻尾が現れた。淡い光を纏う、美しく整った猫の姿。
 

ヴォイドにとってはもう見慣れた存在だ。猫の姿をした、彼女――シュレイ。


「おはよう、シュレイ」


 ヴォイドが声をかけると、シュレイは周囲に誰もいないことを確認し、ひと息ついてから少女の姿へと変わる。小柄な体に魔女のようなローブ、艶やかな黒髪のツインテールにとんがり帽子。クランハウスでその姿を見せるのは、やや珍しい。


「ふぅ……面倒なやつがいないうちが、落ち着くのう」


「面倒なやつって……クラリスのことか?」


「そうじゃ。あの教会に見つかると、何かと面倒なんじゃよ」


「異端者扱いされるのか?」


「正式には異端者ではないんじゃが……」

 

そのあたりの説明を、エリシアが引き取った。


「ヴォイド、この世界の宗教についてはどのくらい知ってる?」


「いや、まったく」


「でしょうね。じゃあ、少しだけ教えておくわね」


 エリシアが言うには、この国で最も大きな宗教勢力は“ミニーたち”も所属している《創聖教会》。


 唯一神として“創造主”を信仰する、いわゆる正統派の宗教組織だ。


「で、シュレイは《観察者》と呼ばれる魔女。教会の立場からすると、その存在を認めるわけにはいかない。――存在してはいけない存在、ってとこかしら」


「……なるほど」


「もちろん、ミニーたち上層部の一部はシュレイの存在を把握してるわ。でも敵対しているわけでもないし、無理に排除することもない。でも、あの子――クラリスが知ったらどう出るかは分からない」


「ふむ……」


「だから、今みたいに“猫の姿”でいる方が無難ってこと。そもそも人前に出てくるのもおかしいのよ。」


「そういうことじゃ。そもそも、あいつは《創造主》ではなくてただの《創造者》神なんて柄じゃないやつなんじゃ。」


「知り合いなのか?」


「そりゃあ知ってるわな。ワシは《観察者》なんじゃから。」

「何よりただ観てるだけなんてつまらんじゃろ?ヴォイドは観ていて面白いからのう」

 

そう言いながら、シュレイはヴォイドをちらりと見て、口元を楽しげに緩める。


「それはどうも……」

 ヴォイドは肩をすくめた。


「で、セリオンはどうなんだ? “弟子”とか言ってるけど」


「あやつか……むかし、少し教えてやったことがあるだけじゃ」


「それだけで“師匠”呼ばわりか」


「あのまま放っておいたら、魔王にでもなってしまいそうだったからのう。ワシとエリシアで、ちと矯正してやった」


「……魔王って。あいつ何考えてんだよ。あんまり深く教えない方がいいかな?」


「逆よ」
 エリシアがさらりと答える。


「ある程度“正しく”教えないと、あの子のタイプは自己流で暴走する。魔術の才能が高すぎるのも考えものよ。導いてあげないと」


「めんどくせえなあ……」

 ヴォイドが頭をかくと、エリシアが小さく笑った。


「でも、魔術界ではそれなりに顔が利くわよ? あなたみたいに“表に出たくない”人間にとっては、都合のいい隠れ蓑にもなると思うけど?」



「……なるほど。確かに、うまく使えば便利そうだな」


「そういうこと。せいぜい、うまく利用させてもらえばいいのよ」


 シュレイがふふ、と小さく笑い、ローブの袖を揺らしてヴォイドの傍らに腰を下ろした。クランハウスには、しばしの静けさが流れていた。



◆ ◆ ◆



 夕方になり、クランハウスにひとり、またひとりと仲間たちが戻ってくる。


 最初に帰ってきたのはライガだった。両腕に巨大な肉の塊を抱え、頬には満足げな笑みが浮かんでいる。


「おーい、肉買ってきたぞ! でっかいのが安くてさ!」


「相変わらず肉ばっかりね……」


 エリシアが呆れたように言うが、ライガは気にした様子もない。


 そのすぐ後にミアが戻ってきた。手に持った大きな袋からは、ふわりと甘く香ばしい匂いが漂ってくる。


「ライガ、見て見て! このお店、めちゃくちゃ可愛いスイーツ売ってたの!」


「甘いもんばっかり食ってると太って動けなくなるぞ?」


「いいもーん!意地悪言うライガにはあげないから♪」


 ふたりとも嬉しそうにキッチンに向かっていく。


 続いて戻ってきたのはカイルだった。髪は乱れ、顔色は悪く、強めの香水の匂いをプンプンさせている。


「……うぇ、まだちょっと頭いてぇな……」


「くっさ! なにこのにおい!」


 ミアが即座に顔をしかめ、ライガとキャシーも露骨に鼻を押さえる。


「おい、カイル。風呂入ってこい。お前のにおいで肉の匂いが台無しだ」


「ちっ……わーったよ」


 カイルは頭を押さえながら、ふらふらと風呂場へと消えていった。


 次に現れたのは、いつものように険しい顔をしたグラディオだった。周囲には目もくれず、まっすぐに自室へと入っていく。


「今日は難しい顔してるわね……」


「わかるのか?毎日同じだと思うけど?」

 

エリシアの呟きに、ヴォイドがツッコミを入れる


 そして最後にやってきたのは、セリオンだった。


「ただいま戻りました! このセリオン、今日も有意義な研究が──」


「帰ってこなくていいって言ったでしょ。ここ、あなたの家じゃないのよ。むしろ今すぐ出ていきなさい」


 エリシアが冷たく言い放つが、セリオンはニコニコと笑顔を崩さない。


「さあ、姉上はほっといて師匠!私の歓迎会をはじめましょう!」


「……はあ」


 エリシアとヴォイドは同時に深くため息をつく


 そんな彼女の隣で、クラリスとミニーがどこからか大量の酒瓶を持ち帰ってきた。ふたりとも妙に楽しげだ。


「ねえ、これ本当に飲んで大丈夫なのか? 聖職者がそんなに堂々と……」


 ヴォイドが遠慮がちに尋ねると、ミニーはニッコリと笑って言った。


「大丈夫よ、これは《祝福された葡萄酒》だから。多少濃いけど、問題なし」


「絶対ウソだろ、それ」


「神は私達に日々の糧を恵んで下さいます。葡萄酒とて例外ではありません。感謝していただきましょう……」


 クラリスが慣れた様子都合のいい事を口にするとミニーはヴォイドの肩をポンと叩いた。


「そういうこと。細かいことは抜きにして、さ、宴の準備を始めましょ♡」

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