観測ログ26:前夜

装備が出来た。


 つまり──王都へ向かう準備が、すべて整ったということだ。


 王都までは、馬車でも二週間ほどかかるらしい。

 道中で装備を慣らしながら行くには、十分すぎるくらいだ。


 荷物はすでに、三人分まとめてブラックホールに入れてある。

 装備さえ整えば、いつでも出発できるようにしてあった。

 ライガとミアなどは、受け取ったその足で出発しそうな勢いだった。


 だが実際にはそうもいかない。

 この村から王都行きの馬車は、十日に一度しか出ていないのだ。

 だから今日は、まず装備の受け取りだけを済ませることにした。




◆ ◆ ◆




「すごくバッチリ! 見た目よりずっと軽いし、影への出入りもスムーズだよ♪」


 ミアは受け取ったばかりの忍び装束に身を包み、嬉しそうに双剣を振るっている。


 スタイル変更を決めてからの彼女は本気だった。

 訓練場でダリオや他の冒険者たちを相手に、毎日汗を流していたのだ。

 そして──それは今日、しっかりと形になった。


 うさ耳のくのいちの誕生だ!


「こいつはいい! 何も着てねぇみたいに動きやすいのに、バッチリ硬そうだ。これならミニーの一撃も耐えられそうだぜ!」


 ライガが笑う。

 その言葉に、俺は即座に首を横に振った。


「粉々になるから、試すのはやめた方がいいよ……」


 俺自身も、鏡の前で装備のチェックをしていた。

 漆黒のフード付き外套──夜空を連想させる、深い色合いに散らばる光の粒。

 ……最高に厨二心をくすぐってくるじゃないか。


 思わず、J○J○立ちを決める。


「よし、早速“静寂の森”で試してみようぜ!」


「まずはギルドで初披露だな!」


 装備に浮かれた俺たちは、さっそく街へと繰り出した。

 ギルドの受付には、いつものラナがいた。


「どう? 似合ってる?」


「あら、いいじゃない。もう、駆け出しには見えないわね」


 照れながら笑う彼女の背後から、ダリオも顔を出した。


「こいつは見違えたな。一丁前に見えるじゃねぇか」


 二人とも嬉しそうにしてくれていたが、その瞳の奥には、少しだけ寂しさがあった。

 俺たちが装備を整えたということは、すなわち──別れが近いということ。


 そして、かつての自分たちと重ねているのだろうか。

 その懐かしそうな表情が、少しだけ胸に刺さった。


 出発の前の日まで軽めの依頼をいくつかこなし、装備の調整も終わった。

 そして、いよいよ明日は出発の日。




◆ ◆ ◆




 宿へ戻り、荷物の最終確認をしていたとき──ふと、ブラックホールのリストに見慣れない文字列があった。


「……なんだ、これ?」


《**の#&》


 文字化けしたような記号の羅列。

 試しに取り出してみると、それは……あの黒い球体だった。


「そういえば、あのとき何か光ってたな……」


 掌に乗せてじっと見つめる。

 球体の中、点のような光が渦を巻き始めている。まるで──


「……銀河、みたいだな」


 疑問を抱きつつも、とりあえず球はしまっておいた。


 思えばこの世界に来て、色々な事があった。

 この宿でブラックホールを初めて使い、宿のベッドまで飲み込んでしまったっけ……。


 ベッドに腰掛け、窓際の指定席で眠るシュレイに話しかける。


「シュレイ。お前とも明日でお別れかな。……お前も一緒に来るか?」


「にゃー」


「……そうか、じゃあ一緒に行こうな」


 ふわりと夜風が吹き抜ける。

 空を見上げれば、そこには満点の星。


 こうして、この村での最後の夜は──静かに、穏やかに過ぎていった。

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