観測ログ15:静かなる剣、唸る拳

――未踏破エリアの、その先へ。


ダンジョン再挑戦から半日。ヴォイドたちは七階層の未踏破領域――発見された“深層”への入り口へと到着していた。


「……もう七階か。今のとこ、敵影すら見てねぇけど」


ライガが腰に手を当て、周囲を見渡す。気配も魔素の濃度も、驚くほどに静まり返っている。


「索敵がてら、片っ端から影討ちしてただけだよ」


カイルが苦笑いを浮かべる。


「……え?」


ミアが目を丸くする。


「索敵だけするのは、二流のすることさ。パーティの危険は前もって排除して、初めて一流の斥候ってね」


カイルは胸を張るように指を立てた。


「俺たちがいれば、戦闘の必要すらないってわけさ。だから気張らなくても――」


「……お客さんになったつもりでいなよ」


その言葉に、“静かなる剣”のもう一人――グラディオは無言のまま頷き、ただ奥の闇を見つめていた。


「……誰かに見られている気がするわ」


突然、エリシアが低く呟く。


「私もビンビン感じてるわ♡」


その後ろで、ミニーが猫(見た目は完全に虎だが)のように身をすくめる。


「俺(私)も、やってやるぞ(わ)!♪」


ミアとライガも武器を構える。


ヴォイドは息を整える。


「……観測(み)られてるんじゃない。――俺が、観測(み)てやるんだ!」


ダンジョンの空気がわずかに“ゆらぐ”。


未踏破エリアに足を踏み入れたその瞬間、世界が切り替わった。




◆◆◆




そこからの《静かなる剣》は、まさに圧倒的だった。


ストーンゴーレムの拳が唸りを上げながら通路を塞ぐ中、カイルはすでに姿を消していた。


「遅いよ…」


ひときわ高い岩の上、ゴーレムの背後に突如として現れたカイルの影から、黒い刃が滑るように走った。


一閃。


刃は魔石の継ぎ目を正確に突き、重い身体がぐらつく。その隙を逃さず、再び影に潜り、異なる角度から斬撃を加える。


「かわいい後輩が見てるんでね⭐︎」


数手のうちに、巨体は崩れ落ち、粉々になった。


「あれが《影狼》…

私たちが苦戦したゴーレムを、あんな小さなナイフで…」


カイルが肩をすくめた時、次の敵が現れる。


二体のゴーレムが立ちはだかる。


ミニーは腰に手を当てて、くすりと笑った。


「あなた達、かわいくないから手加減しないわよ♡」


「どっせいっ♡!」


大地ごとめり込むような一撃。ゴーレムの胸元が砕け、内部の魔石が露出。そこに二撃目が叩き込まれると、爆発音と共に粉々に飛散した。


「ふふん♡ 終わりっ」


その軽い口調に反して、周囲の誰もが言葉を失っていた。


「団体さんの到着だよ〜」


音もなく影から現れたカイルが言う。


「あら、じゃあ次は私の番ね」


大量のゴーレムたちの前に、エリシアが一歩進み出た。


「大丈夫か? ゴーレムに魔術は効かないんじゃないのか?」


ライガが心配そうに言う。


「あら、優しいのね……なら、精霊に頼るしかないわね」


彼女がそっと瞼を閉じ、指先を空に伸ばす。


空気が震える。


まるで誰かに語りかけるような、優しく、それでいて毅然とした言葉が紡がれた。


「風にして無形なる者たちよ、

囁きと共に舞い降りて、我が願いに応えなさい。

理を縫い、命を貫く刃となれ。

――穿て、《風精穿槍陣》!」


次の瞬間、エリシアの足元に緑と青の光が渦を巻く。


無数の小さな光が、彼女の周囲に集まり、羽ばたく。


それは風の精霊――たちだった。


その言葉とともに、無数の風槍が大気から形成され、一直線にゴーレムたちへと放たれた。


風圧でゴーレムの装甲が軋む。


「貫け」


エリシアが指を振り下ろすと、最後の一槍が中央の魔核を貫き、ゴーレムは轟音とともに崩れ落ちた。


静寂。


誰もが言葉を失う中、エリシアは涼しい顔で振り返った。


「魔術が効かない? だからどうしたってのよ」


そして、ヴォイドにだけ小声でささやく。


「精霊術は、“自然”と対話して現象を引き出すもの……

引き出された現象は“物理”。

あなたの“魔法”にも、少し似てるのかもしれないわね?」


意味深な微笑みを残し、彼女は踵を返す。


狭い通路を進む中で遭遇した三体のゴーレム。


他の者を手で制し、一歩前に出たのは、《剣静》グラディオだった。


無言で腰から剣を抜く。ヴォイドたちがかつて苦戦した敵に対し、彼は一切の躊躇なく突っ込んだ。


一撃。重く鋭い剣が正面のゴーレムを裂く。


二撃。足元を崩し、そのまま切り上げ、右側のゴーレムはその活動を止める。


そして三撃目。跳躍して叩きつけた斬撃が、最後の一体の頭部を真っ二つに裂いた。


静寂が戻る。


「………。」


目で追うことも叶わぬ静かだが力強いまさしく《剣静》に、誰もが息を呑んだ。


「自己紹介はこのくらいでいいかな?

ご覧の通り、馬鹿正直に襲ってくるゴーレム程度なら、俺たちにとっちゃ散歩してるのと変わらねぇ」


「次はお前らで一体やってみろ」


はぐれたのか、そうなるように追い込まれたのか。ちょうどよく一体だけ現れたゴーレムを前に、カイルが挑発する。


「やってやろうじゃねえか!」

「ミア、牽制しながら回り込め!」

「ヴォイド、あとは任せた!」


ライガが正面から突っ込む。

ヴォイドは素早く呪文を唱える。


「重力軽減、重力倍加!」


グンッ!


空気が圧縮されるような重圧。三人のギアが一気に上がり、加速する。


対してゴーレムは、その巨体が重力に耐えきれず、膝をつき、動きが鈍くなっていった。


「こっちだよーっ!」


ミアが素早く飛び回り、ゴーレムの視線を引きつける。

軽やかな一撃が、隙を突いて装甲の合わせ目を正確に叩く。


「そこだっ!」


ライガの大剣が関節部を狙い、ゴーレムの片腕を叩き落とす。


「逃がさねぇ――!」


ヴォイドの落星棍が閃き、ゴーレムの装甲を破壊し、魔核を露わにさせる。

その魔核をライガの一閃が貫いた。


ガシャァン!


魔核に届いた一撃で、ゴーレムは動きを止め、崩れ落ちる。


「よっしゃ! 前より戦えてるぜ!」


「三人で倒したよ! この前よりずっと連携できてた♪」


「ふぅ……なんとかなったな」


「へぇー、本当にDランクかよ。なかなかやるじゃん⭐︎」


「……悪くはない。あとは場数だな……」


グラディオが、初めて言葉を発した瞬間だった。


ライガが感激して涙ぐみ、ミニーが微笑んだ。


「ふふ、三人ともかっこよかったわ。惚れちゃいそう♡」


ヴォイドは照れながらも視線をそらす。


「……あれ、魔法よね?」


横からエリシアが静かに囁く。


「さっきの、あなたのアレ。あれは、魔術ではなく、魔法に近いわ。この世の理に触れていた」


「魔法? 魔術とはちがうのか?――」


「知らずに使ってるのね? ふふ……オムツが取れたら教えてあげる」


何とも意味深な笑みを浮かべ、彼女は背を向けた。




◆◆◆




十二階の比較的安全そうな広間で、ヴォイドたちは野営の準備を始めていた。


結界の魔道具を設置し、ペアを組んで交代で見張りを行うことになる。


最初の見張りは、ミアとエリシアの女性ペアだった。


「女同士って、安心できるわよね」


「ええ……でも、気は抜かないで」


淡々としたやり取りの中にも、わずかな信頼が芽生え始めていた。


次のペアはヴォイドとカイル。


「夜這いってのもアリだよね?」


「やめとけ。殺されるぞ」


ヴォイドが即答すると、カイルは苦笑した。


その後のペアはライガとグラディオ。


無口なグラディオに対し、ライガは緊張しっぱなしだったが、それでも真面目に見張りをこなした。


最後に、ミニーは1人で男女なので、単独で見張りにつくことになった。




◆◆◆




夜中――


月明かりが薄く差し込む中、寝ぼけたエリシアが、ふらふらとヴォイドの寝袋に潜り込んでくる。


その柔らかな体温と、ほんのり香る花のような髪の匂いに、ヴォイドは眠れぬまま朝を迎えることとなった。


朝、気づいたエリシアは、顔を真っ赤にして慌てて飛び出す。


「こ、これは精霊の……イタズラよっ!」


そう言って、足早に立ち去った。




◆◆◆





十四階に差し掛かった頃、異様な気配とともに、それは現れた。


――“アイアンゴーレム”。


全身が鋼鉄で構成された、まるで重戦車のような巨体。


「ちっとやばそうだな、こいつは」


ライガが眉をひそめる。


“静かなる剣”の面々は、すぐさま連携行動に移った。


「俺は影から後ろに回るからグラディオは正面!」


「……!」


「じゃあ、私はこっちからやるわ」


静かなる剣の面々が素早く持ち場を定める中、ミニーが一歩前に出る。


彼女?の巨大な拳に光が灯る。


「――《心掴・愛煌救姫!》」


その声とともに振るわれた拳が、轟音とともにアイアンゴーレムを粉砕した。


まさかの一撃。


「……もう、あいつ一人でよくね?」


思わず漏れたヴォイドの一言に、ミアとライガも同意するようにうなずいた。


だが、三人もまた別の個体と交戦中だった。


さすがにアイアンゴーレムは格が違う。ヴォイドが反応しきれず、一撃をもらって壁に叩きつけられる。


「ヴォイドちゃんに何してくれてんじゃいゴルァァァッ!!」


ミニーが怒号とともに突進し、アイアンゴーレムを再び一撃で粉砕。そのままヴォイドに駆け寄り、回復魔術をかける。


「ぐっ……!」


背中に背負っていた木箱が衝撃を吸収していたため致命傷には至らなかったが、木箱は割れ、中の空洞が露わになる。


「あ……」


「バレちった?」


ミアが気まずそうに首をかしげた。


「……ブラックホール。収納スキルだ」


観念したように、ヴォイドが説明する。


「まあ、冒険者に秘密はつきものだ。だが、ランクが上がるまでは黙っておけよ」


カイルが軽く笑いながら肩をすくめる。


「俺も似たようなもんさ。ふだんは影の中に荷物を預けてる」


「これもあとでじっくり聞かせてもらうからね」


エリシアが意味ありげに微笑む。


「私のはこれ♡ アイテムバックってやつよ♡」


ミニーは腰につけたハート型のウェストポーチを指さして胸を張った。




◆◆◆




そして――


十五階層に足を踏み入れた瞬間、一同は思わず息を呑んだ。


そこは、まるで古代神殿のような、荘厳で巨大な石造りの空間だった。


崩れた柱、壁に刻まれた古代文字、中央には光を反射する巨大な水晶状の構造体が鎮座している。


「……ここが、最深部か?」


ライガが低くつぶやいた、その瞬間――


「気をつけろ。何か、いるぞ!」


カイルの声が、妙に冴え冴えと響いた。


――次回、未踏破の核心へ。

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