月兎因子②
激しい戦いが続いた。
何発目かの踵蹴りが、またも燐の脇腹をかすめた。
ほんの一瞬のズレがなければ、まともに入っていた。
その痛みの中、燐の目はまだ宙を追っている。
(くそっ、あいつ……本当に“速い”だけじゃねぇ)
スピードだけじゃない。
動きに“迷い”がない。無駄がない。
跳び上がる瞬間、回る瞬間、落ちる瞬間――そのすべてに“意図”がある。
(……いや、違う)
(あいつ――跳ねる瞬間が一番、早い)
宙にいるときよりも、地面にいるときの方が読みづらく、
その姿勢からの蹴りが一番危険だった。
(跳びながら、回って、狙って……)
(宙でも動いているが空気を蹴るのにタメがいるみたいだ)
(ってことは……)
燐は奥歯を噛みしめ、再び姿勢を低くした。
「――なら」
「跳んでる時に“迎え撃つ”しかねぇだろうが。」
口元に、わずかに笑みを浮かべた。
剣を握り直す。
宙を舞う凛音の動きに、観客席の誰もが目を奪われていた。
鳴神の声も、一瞬だけ止まる。
だが――
その瞬間、燐の剣が、空を貫いた。
「――今だ!!」
振り上げた剣から、焔が尾を引くように閃光を放ち、
跳躍中の凛音の軌道へと、一直線に突き出される。
「《叛逆閃断・焔尾(はんぎゃくせんだん・えんび)》!!」
重力を無視していた凛音に対し、“地に足の着いた一撃”が叩き込まれた。
ドガァッ!!!
「――ッッ!!」
月光の粒が弾け飛び、凛音の身体が弧を描いて吹き飛ぶ。
観客席がざわめく。
「今の、当てた……!?」
「跳躍中の白兎に、刺した!?」「あのタイミングで!?」
凛音は軽く転がるように着地したが、左腕の袖口が裂け、頬に薄く切り傷と血が走っていた。
「……」
その顔に浮かぶ笑みが――ほんのわずかに崩れる。
「もぉ~……」
ぺろりと舌を出して、肩を軽く回す。
「じゃあ……わたしもちょ~っとだけ、真面目にやるね♡」
足元の月光が一気に凝縮し、跳ねるように跳躍。
その高度はこれまでよりも高く、動きに重さすら感じさせる。
「《月輪舞踏(げつりんぶとう)》ッ!!」
滞空――そして連撃。
月を描くような連続の旋回、鋭く落ちる連続の踵打ち、
そして最後に全体重を乗せたひと蹴りが――
「がっ……!!」
燐の腹部に直撃する。
衝撃と共に、ステージが砕けた。
焔の尾が地を這い、煙と砂塵がフィールドを覆う。
「燐ッ!!」
真白の叫びが、客席で響く。
鳴神も思わず声を張り上げた。
「これが白兎 凛音ッ! 可愛さに隠れた“月兎の真価”ッ!!」
「ただの俊敏じゃない、これはッ!“兎の爪”だァァァ!!」
だが――煙の中で、剣が地を突いていた。
まだ、立っている。
「ハッ……まだだよ、俺は……」
ボロボロの制服。肩口の血。崩れた呼吸。
それでも――燐は、剣を握っている。
「俺は、ここで負けるわけにはいかねぇんだ……」
その瞳に再び、赤い光が灯る。
「――《叛逆・光纏装(こうてんそう)》、起動」
全身を光が包み込んだ。
リビドーが高まり、剣身に雷火のような輝きが灯る。
燐の瞳が、真正面から凛音を捉える。
「……あんたの動きをもう見切った。ここからは本気で倒しに行かせてもらう」
凛音は笑う。
「えへへ♡ いいよ~? もっともっと、わたしを楽しませて?」
凛音が囁いた瞬間、月光が爆ぜた。
白兎の身体を包む光が拡張し、
耳がさらに長く伸び、脚部が筋線維のように強化される。
可愛らしさを残しながらも、**獣の“本質”**がその姿に宿る。
「ふふ……♡ わたしも本気で迎え撃つね?」
その声色に一切の“甘さ”はなかった。
鳴神が実況台を叩く。
「コードシフトォッ!!ついに白兎が《月兎因子》を全力展開したァッ!!」
「跳躍も!爪も!反応速度も!こいつはもう“人間の域”じゃねぇッ!!」
その瞬間、空間が熱を帯びる。
白兎の脚が軌道を描くたび、音速を超えた蹴りが空間を裂いていた。
燐の《光纏装》も、火花を撒きながら対抗する。
焔と月光がぶつかり合い、爆風がフィールドを揺らす。
観客の歓声が、震えた。
「すっげぇ……!」
「完全に互角じゃん!!」「これ、今年の決勝戦クラスだろ……!」
だが――
燐の目に、わずかな影が差す。
(まずい……《光纏装》を使って互角じゃ、これには時間が……)
体内に流れるリビドーが、じりじりと削れていく。
同時に、白兎の動きがさらに洗練されていた。
コードシフト後の彼女は――空中にいる時ですら、隙がない。
(……読めねぇ)
跳び、蹴り、回り、爪先を使った連撃。
全てが“獣の本能”で構成されていた。
焦りの中、燐の思考に、ある名前が浮かぶ。
(……俺は、あの人に勝ちたくて――)
(でも……悠斗さんですら、獅堂に勝てなかった。)
(そんな俺が、今こいつにも……勝てなかったら――)
「……!」
迷った一瞬。
そこに、白兎の回し蹴りがモロに入る。
「ぐッ……あああッ!!」
光の尾を曳いて吹き飛ぶ燐。
観客が息を呑む。
フィールドの端に叩きつけられた燐の顔を、白兎が静かに見下ろした。
目は、笑っていない。
「なんだ……私が本気出した瞬間こんなもんか。」
「君って、案外――強くないんだね。」
「弱いんだ。」
その言葉は、刃だった。
燐の中で、何かが崩れた。
(弱い……)
(俺の努力は……全部、無駄だったのか……?)
剣を支えにしながら、燐は立ち上がれずにいた。
揺らいでいた。
その心の中心が――。
倒れ伏す燐のもとへ、ゆっくりと歩み寄る白兎 凛音。
コードシフトによって長くなった耳が揺れ、彼女の影が伸びる。
「ねぇ……」
「もしかして――」
凛音の瞳が、わずかに細められる。
「わたしを目の前にして、別のやつのこと考えてた?」
「それって……ちょっと、舐めすぎじゃない?」
その言葉は、燐の胸を――えぐった。
(……!)
図星。
悠斗の背中。獅堂の牙。
自分の未来。そればかりが頭を占めていた。
(……違う、違う……!)
でも、白兎の言う通りだった。
目の前の“強敵”を見ていなかった。
「……くっ」
膝をついたまま、燐の《光纏装》の光が、わずかに揺らぎ始めていた。
リビドーの時間制限が、刻一刻と近づいている。
そのとき――
「――燐!!」
観客席から、真白の声が響いた。
「立って! 燐は、強くなるんでしょ!?」
「だったら、ここで終わらないで……!」
続いて、別の声が轟く。
「負けんじゃねぇぇぇッ!!」
柏木が拳を握って叫んでいた。
「悠斗さんの仇取れるのは、お前だけなんだよォォ!!」
さらに、雷堂の爆音のような声がかぶる。
「なぁ燐! 俺と決勝でやるって言っただろうが!!」
声――声――声。
怒号でも、祈りでもない。託された願い。
燐の心の奥で、赤い火が灯る。
(……そうだ)
(今の俺の敵は、獅堂じゃない)
(悠斗さんでもない)
燐は、顔を上げた。
その視線は、白兎 凛音へと、真っ直ぐに向けられる。
「……そうだ」
「今、俺の目の前にいるのは――」
「白兎 凛音先輩だ。」
「ここで勝てなきゃ、意味がない」
「全力で戦わなきゃ、あんたには勝てねぇ!」
その瞬間――
燐の全身から、再びリビドーが爆ぜた。
限界を超えた《光纏装》が再起動する。
焔が逆巻き、光が剣にまとわりつく。
鳴神が叫んだ。
「ま、まだ光ってやがるッ!? こいつ、限界突破してリビドーがッ!!」
白兎の瞳が、少しだけ丸くなる。
「……ふふっ、やっとこっち向いてくれたね♡」
ステージ中央、再び睨み合う二人。
燐の《光纏装》は限界を超えて輝きを増し、
剣には紅蓮の残光――叛逆の火が尾を引く。
凛音は、微笑を消して静かに構える。
コードシフト状態のまま、気配が一変する。
「――決めちゃおっか♡」
月光が彼女の足元を螺旋状に這い上がり、空間が月輪のごとく歪む。
「出力、最大。わたしの――」
「奥義ッ!!」
《月穿連墜(げっせんれんつい)》
空中に跳び上がった凛音は、回転を加えた連続の踵落としを展開。
高空からの8連撃、踏み込みと跳躍を繰り返す“舞”のような攻撃。
地を砕き、空を裂くほどの威力が、燐を狙う――!
だが、燐も動いた。
「――遅ぇよ」
「こっちはもう、心も身体も、全部焔だッ!!」
全身の《光纏装》が一気に輝き、剣を逆手に構え直す。
「叛逆閃断・焔尾――!!」
跳ね上がるように加速し、真っ向から飛び上がる。
一閃――!
月を裂くような回転の斬撃が、
踵を連ねる白兎の連撃に真正面から激突する。
焔と月光が衝突し、爆風が辺りを包む。
「うおおおおおおあああああッ!!」
「ぴょんっと、いっけぇぇえええッ!!」
観客が、言葉を失う。
ステージ中央、巨大な光の柱が立ち昇り、
地面が焦げ、周囲の壁が軋む。
やがて――煙の中に、二つの影。
一人は、両膝をつき、肩で息をしていた。
もう一人は――
剣を突き立て、なお立っていた。
「……ッは……はぁ……」
鳴神が震える声で叫ぶ。
「――勝者ァァァ……!!」
「結城燐ッ!!」
観客が爆発したように沸く。
凛音はふらつきながらも笑った。
「……んふふ……ほんと、楽しかったよ……
私が負けるなんて♡」
その場に、ゆっくりと倒れ込む。
燐は、肩で息をしながら、剣を見つめる。
(……届いた)
(俺の“叛逆”が、今……ようやく、誰かに届いた)
焔の尾は、静かに消えていった。
コードレガリア【Code: Regalia】力を持たない俺が、“心の剣”で世界を斬る @rin_rincan
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