最強の称号を持つ者②



爆ぜる熱気が観客席まで届く。

《烈破炎砕(れっぱえんさい)|フレイム・バースト・クラッシュ》

柏木 大牙の全力が、炸裂する。


拳が空間を割り、地響きのような重低音が会場を揺らす。

炎の波が放射状に駆け抜け、ステージの床を焦がし、辺り一面が灼熱のドームと化す。


「な、なんだこの熱はぁぁあっ!!」


雄吾の声が裏返る。

会場は騒然、ざわめきの奔流が巻き起こる。


「か、柏木選手! 1年生の彼が、このステージを焼き尽くすような――広範囲型の超爆発拳をぶっ放しましたぁぁぁっ!!」


実況席に立ち上がる者まで現れる始末。


「ま、まさかこれは……もしかすると、もしかするのかぁあああ!? 獅堂を――止められるのか!?」


ステージ上、柏木は拳を突き出したまま立ち尽くしていた。

蒸気と火花に包まれ、彼の瞳には確かな執念が宿っている。


「はぁっ……はぁっ……これが、俺の……全力だ……!」


その炎の渦の中心、誰もが獅堂の姿を見失っていた。

だが――


「……見事な一撃だ。」


低く、しかし会場全体に響くような威圧的な声。

その熱の中から、堂々と現れたその姿に――誰もが息を呑んだ。


「けどな……まだ、届いてない。」


――獅堂 獅音。


炎の壁を抜け、無傷でそこに立っていた。

金の髪が風に揺れ、黒の戦闘服が熱をものともせず揺らめく。


「その気迫に、敬意を表しよう。」


獅堂はゆっくりと拳を掲げる。

その瞬間――空気が変わった。


眩い金色の光が、彼の背に紋章のように浮かび上がる。


覇獅王印レガリオン・クレスト


それはまさに“王”の証。

観客が息を呑む。実況が言葉を失う。


「な、なにを……今、あれは……!」


「き、金色……!? なんて...神々しいんだ……」


黄金のオーラが獅堂の身体を包み、風を巻き起こす。

拳に纏うのは、神々しき威圧と崇高な輝き。


「この拳は――神の力を受け継ぐ者の証明だ」


柏木が目を見開く。


「《烈破炎砕》で終わらなかった……!? まだだ、まだ負けるわけには――!」


炎と光の拳がぶつかり合う。

その瞬間、空間が軋み、ステージそのものが砕け散った。


――まさに、激突。


そして。


轟音と爆風が消えたその先。


吹き上がった土煙の向こう、観客全員が息を呑んだまま、目を凝らしていた。


音が、消えた。


舞い上がる熱の残滓。その中心に――


「……ッ」


立っていたのは、獅堂 獅音だった。


彼は拳を静かに下ろす。

金のオーラが揺れながら霧散し、まるで役目を終えた神の加護が天へ帰るように、消えていった。


その足元には――


「す……すみませんッ、ゆ……悠斗さん……」


倒れ伏す、柏木 大牙の姿。

顔を地に打ちつけたまま、気を失っていた。


その身体は満身創痍だった。

皮膚には焦げ目。拳には血が滲み、呼吸もかすかに震えるだけだった。


観客からは、しばし沈黙。

それを破ったのは、実況・鳴神 雄吾の叫びだった。


「し、試合終了――ッ!!!」


「決着だぁぁぁあああああああああああッ!!」


歓声が爆発した。


「立っていたのは……獅堂ッ!!! Dブロックの1位通過は、獅堂 獅音だぁぁッ!!!」


その名がコールされた瞬間、会場全体がどよめきの渦に包まれた。


「やはり……あの男は別格だ……」

「新星、柏木の新技すら通じなかった……!」

「今年の“王”は決まったようなものだ……!」


栄光継承世代(グローリー・ヘリテージ)の頂点に立つ者、

――覇獅王レガリオン・クレストの継承者。


その姿は、まさに伝説の再来であった。


**


ステージの片隅で、医療班が急いで柏木を担架に運ぶ。


それを静かに見送った獅堂が、独り言のように呟いた。


「悪くなかった……炎の拳。」


彼の瞳は、どこか遠くを見ていた。


この戦いは、まだ序章に過ぎない。

嵐のような予選が、幕を閉じた。


------


それは、確かな成長と、未来への誓いを刻んだ男の顔だった。


観客席の一角。

A~Dブロックの予選が終わり、大きな歓声と熱気が渦巻くなか、燐は静かにモニターを見つめていた。


「……強すぎる」


画面には、獅堂が柏木の猛攻を圧倒した一撃が、何度もスロー再生されていた。


あの爆炎すら、獅堂の拳はたやすく押し返した。


「まるで……あれが“神の力”ってことか……」


自分の剣で、あれに太刀打ちできるのか?

燐の中に、初めて“本当の意味での不安”が芽生えていた。


——どう戦えばいい?

頭の中で何度もシミュレーションしてみる。だが、浮かぶイメージの中でも、獅堂の姿は圧倒的な存在感で立ちはだかり、すべての策を打ち砕いていく。


(……勝てる気が、しない)


そんな時だった。


「燐くん!」


後ろから聞き慣れた声がした。

振り向けば、そこには真白、藤宮、そして生徒会長・九条の姿。


「やっと見つけた~。ちゃんと休んでる?」

藤宮がタオルを投げてよこす。


「……ありがとう。でも……もし獅堂と当たった時に、どう戦えばいいのか、正直分からなくて」


燐の言葉に、真白は微笑みながら隣に腰を下ろした。


「燐くんなら大丈夫。あなたはこれまで何度も、答えを見つけてきたでしょう?」


その言葉に、燐の胸に灯るものがあった。


ふと気になって尋ねる。


「藤宮さん達は出場しないの? 生徒会なのに」


すると、答えたのは九条だった。


「今年は、少し不穏だからな。大会の運営と……警備側に回っている」


「不穏……?」


九条は短く頷いた。


「正体不明のコード保持者が、複数校に潜伏しているという情報があってね。今大会、何かが起きる可能性がある」


重く張り詰めた空気が一瞬流れる。


「でも……その分、私たち生徒会が絶対に守るから。燐くんは、自分の戦いに集中してね」


藤宮が柔らかく微笑む。その声が、燐の不安を静かに包んでいった。


「私もそのお手伝い!だから燐は頑張ってねぇ」


(俺は……)


もう一度、自分の拳を見つめる。


(この力で、どこまで届くんだろう)


悩みの中に、少しずつ輪郭を帯びてくる“答え”があった。


その時だった。


——「時は近い」


静寂の中、どこからともなく響く“声”。


——「世界の秩序が、変わろうとしている」


まるで脳内に直接届くような、男とも女ともつかない低く響く声。


——「真の力に、目覚める時だ……燐」


「……っ!」


燐は息を呑んで顔を上げた。しかし、周囲は変わらず。真白たちも何も気づいていない様子だった。


(……まただ)


以前にも一度だけ聞こえた、あの“謎の声”。


聞き間違いとは思えない。けれど、その正体も意味も、まるで分からない。


「どうかした?」

真白が心配そうに覗き込んでくる。


「……いや、なんでもないよ」


微笑んでみせたが、胸の奥に走ったざわめきは簡単には収まらなかった。


(あの声……一体、誰なんだ? 俺に、何を……)


気づかぬうちに、燐の中で“何か”が動き始めていた。

それは、己の奥底に眠る“力”への呼びかけか。それとも、別の何かか——。


-----


薄く煙った治療室。静まり返った空間の中、柏木の瞼がゆっくりと開いた。


「……チッ、負けたか」


天井を睨みつけるように見つめ、呟く柏木の声には、痛みと――悔しさだけではない、どこか清々しさが混じっていた。


診療室には静寂が戻っていた。


ベッドに横たわる柏木 大牙は、天井を見つめながら拳を握っていた。

痛む身体よりも、心の奥でくすぶる悔しさが強く燃えていた。


ドアが静かに開く音。


「よぉ、元気そうじゃねぇか。」


ふいに聞こえたその声に、柏木は驚いたように振り返った。


「悠斗さん……!」


そこには、どこか気恥ずかしそうに立つ久世 悠斗の姿があった。


「お見舞い、っすか……?」


「まぁな。」


悠斗は手にしていたリンゴジュースのパックを柏木に投げ渡す。


「お前は馬鹿だな。……獅堂を避けてりゃ、予選突破はいけたろ。」


その言葉に、柏木は少しだけ目を伏せた。


「おれ……」


言いかけて、言葉に詰まる。だが悠斗は、ふっと笑った。


「ばーか、分かってるよ。」


柏木の目が見開かれる。


「……俺のためだろ?」


「え……」


「お前は、獅堂がどれだけヤバい相手かを知ってて、あえてぶつかった。少しでも情報引き出そうとしたんだよな?」


悠斗は、壁に寄りかかりながら言葉を続ける。


「俺はな、獅堂が1位になると読んで、わざと4位を狙った。決勝トーナメントで、あいつと当たりやすくなるようにな。」


柏木の中で、全てが繋がった。


(やっぱり……悠斗さんは、全部見えてたんだ)


柏木は思い出す。1年前、悠斗が1年生だった時。


入学当時彼が挑んだのは、当時2年生の獅堂 獅音——そして、完敗だったという話を。


その借りを返すため、悠斗はずっと準備していたのだ。


「……ありがとうな。」


ぼそりと、照れくさそうに柏木が呟いた。


「悠斗さん......俺ぇ~。」


悠斗はそっぽを向いたまま、だがわずかに口角を上げる。


「でもまぁ……あの爆炎の拳、なかなか見応えあったぜ。」


「ええ……まじですか!それ、褒めてます?」


「どーだろな。」


ふたりの間に流れるのは、静かで、確かな信頼だった。


そして悠斗は、診療室の扉に手をかけながら、こう言った。


「次は……俺が勝つ。」


柏木は、笑みを浮かべて力強く頷いた。


「その時は、俺も負けねぇっすよ。」


熱き闘志が、またひとつ繋がっていく——。

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