開幕、レガリア・オーダー②
ステージはすでに熱気に包まれていた。観客の歓声、光の照明、そして周囲から立ちのぼる張り詰めた空気。
Aブロックの出場者たちは、各自の場所に散らばりながらも互いを探るように視線を交わしている。
その中で、結城燐は一人、静かに呼吸を整えていた。
(……大丈夫。いつもの通りやれば)
だが――その肩に、ひんやりとした声が降りかかる。
「お前が……噂の一年か」
ふと振り向いたその先には、黒い学ランに身を包んだ青年がいた。
長い前髪から覗くのは、どこか陰を孕んだ目。黒く染め上げられたその制服は、他の生徒とは明らかに異質で――それでいて、目を離せない“風格”があった。
「……君は?」
「夜風 伏影(よるかぜ ふみかげ)。三年、そして――」
間を置き、彼はゆっくりとその肩に指を添えるようにして言った。
「“栄光継承世代(グローリー・ヘリテージ)”の一人だ」
その言葉に、燐は思わず息を呑んだ。
(グローリー・ヘリテージ……)
それは、学園の歴史に名を刻む才能たち。
昨年の優勝者・藤宮るる、生徒会長・九条理央、四天王・獅堂獅音――
いずれもがこの世代に名を連ねている。
(そんな人が……目の前に)
夜風は、燐の反応を面白そうに見つめながら、言葉を続けた。
「この大会は、我々三年生、正確には“栄光継承世代”が飾る最後の大舞台だ。
……華となる祭りなんだよ。君みたいな、勘違いしたヒヨッコが来るところじゃない」
そして、口角をわずかに吊り上げた。
「君みたいな、“弱者”がな」
その一言で、燐の中に何かが弾けた。
「……弱者、ですか」
燐は夜風の視線を真正面から受け止めた。
「……確かに、僕はまだ力に目覚めたばかりで、経験もない。ただの一年かもしれません。
でも――僕は、弱くないです」
ぎゅっと拳を握りしめる。
「ここに、“勝ちに”来ましたから」
その一言には、確かな意志があった。
空気が、ほんの少し震える。
夜風は目を細めると、肩をすくめ、小さく笑った。
「……なるほど。雑魚ではない、か。
なら――せいぜい、あがいてみろ。楽しみにしてるよ、“一年”」
そのまま夜風は、黒い影を引きながらステージの反対側へと歩いていった。
燐はその背を見送りながら、胸の奥に宿る炎を再確認する。
(絶対に……負けない)
レガリア・オーダー、予選Aブロック――
静かに、開戦の時が迫っていた。
-----
――静寂を裂くように、巨大モニターに映るカウントダウンが始まった。
「3――」
(来る……!)
「2――」
周囲の参加者たちが、一斉に臨戦態勢を取る。
「1――」
足元に走る風。肌を撫でる電気。地面が微かに震えていた。
「スタートッッ!!」
実況席から響いた鳴神雄吾の絶叫とともに、ステージが炸裂する――!
ズドォン!!
地響きとともに、あらゆる方角でコードが解き放たれた。
炎柱、雷光、風刃、氷結、鉄槌――
ありとあらゆる能力が、スタートと同時にぶつかり合い、会場はまさに“異能の嵐”と化す!
「き、きましたぁあッ! これが――レガリア・オーダー予選だぁあッ!!」
鳴神の声が会場のスピーカーを通じて響き渡る。
「参加者は64名! そのすべてが敵! そして味方になりうる混沌の戦場ッ!!」
空を駆ける者、地を穿つ者、影に溶ける者――
混乱の中でも、明らかに異彩を放つ数名の姿があった。
その中に――結城燐もいた。
「《光剣・双式》!」
両手に瞬時に出現する光の剣。
その光はまばゆく、空間のざわめきすら切り裂く。
「そこっ!!」
燐の斬撃が、奇襲を仕掛けてきた参加者の心を割るように貫いた。
一閃――即撃破。
「一名、リタイア! 3ポイント獲得!!」
鳴神雄吾の熱量を帯びた実況が響き、燐の名前と共に得点が上がる。頭上のホログラムパネルに「RIN|3pt」の表示が浮かび上がり、観客席からはどよめきが起きた。
(よし……まずは1人)
拳を握る燐。しかし、その余韻に浸る間もなく、数名の視線が彼に集中する。
「1年生が得点……?」
「なら、潰してポイントにするまでだろ」
「倒しやすい奴から狙う、それがこのルールの鉄則だ」
バトルロイヤルの宿命。実力も階級も関係ない。今このステージにいる誰もが“狩るか、狩られるか”の覚悟で動いていた。
一気に殺到する視線――その中の1人、2年生の男子が前に出る。
「へぇ、あんたが噂の燐か。目覚めたばっかのルーキーって聞いたぜ。試させてもらうよ」
コード名:《鉄混操作(メタル・ブレンド)》
彼の手元にあった金属を地面に落としそこから金属質の塊が湧き出し、瞬く間に鋭利な槍となって形作られる。それはまるで生き物のようにしなり、燐へと襲いかかる。
「くっ……!」
燐は光剣を片手に、滑るように後退。だが、敵の武器はただの金属ではない。鉄とコンクリートを練り合わせたかのような重みと柔軟性を持ち、動きを追うように軌道を変える。
「ただの速さじゃ、振り切れないか……!」
燐は冷静に判断し、光剣を両手に再展開。敵の槍を受け止め、片方で弾き、間合いを詰める。
「――だったら!」
光剣を振り抜く。敵が盾代わりに金属壁を出現させるが、燐の剣はそれを真正面からぶち抜いた。
叛逆の
「なにっ……!?」
崩れた防壁の向こう、間髪入れずに迫った光剣の一閃が、2年生の肩をかすめる。よろめいた相手に、燐は迷いなく背後に回り込む。
「一瞬でも止まったら――」
背後から叩き込まれた一撃。
「――命取りだよ!!」
敵はそのまま地に沈み、戦闘不能の判定が下された。
《バァァァン!!》
「リタイア! 燐、6ポイント到達!!」
鳴神雄吾のテンションは最高潮だった。
「これは面白くなってきましたァァァ! 1年生、燐! まさかの2連続撃破!! この勢い、止められるかァ!?」
(……まだだ、油断したら、やられる)
燐の額には汗がにじむ。だがその目は、さらに深く、鋭く――狩る側の光を宿し始めていた。
---
戦場の騒音が、少しずつ落ち着きを見せ始めていた。
崩れたステージ。砕けた足場。散らばる無数のコードの余韻――
今、戦場に残っているのは初期の三分の二。生存者は40人を切った。
その中に、燐の姿がある。
「……っ、はあ……」
3戦目、光剣の突きが炸裂し、敵がフィールドの外へと落下した。頭上のスコアに、9ptの数字が輝く。
「一名リタイアァ! またもややりましたァ! 燐、9ポイント到達! 現在トップ圏!!」
鳴神雄吾の実況が、観客の歓声とともに響く。
(あと1人倒せば安全圏……。でも――)
と、風が吹いた。
それは自然の風ではない。
鋭く、狙いすましたような風。砕けたステージの破片を巻き上げながら、燐の頬をかすめる。
「っ!」
燐が振り返ると、そこには見知った顔があった。
「君は……!」
「やぁ、君もこのブロックだったんだね」
ふわりとした笑顔。だがその視線の奥には、冷ややかな色が宿っていた。
風間 漣(かざま れん)
1年生。同学年の、しかし雰囲気の全く違う存在。
《風纏(ふうてん)》――風を操るコードの使い手。
「おっとぉー!!」
実況がテンションを上げる。
「これは見逃せませんよォ!? なんとこのAブロックで唯一生き残っている1年生同士が、ここで激突ーッ!」
「ねぇ、燐くん」
風間の口調が変わる。
「この大会って、なんだかんだで“話題性”が大事だと思わない?」
「え……?」
「だってそうでしょ? 目立たないと勝っても意味ないし、目立つには“ドラマ”が必要なんだよ。だからさ――」
風間が指を鳴らした。
風が巻き起こる。
「主役は1人でいいと思わない? 君、ちょっと邪魔なんだよね」
「っ……!」
次の瞬間、風間の背後から、風が爆ぜた。
ステージの破片を伴った突風が燐を襲う。木っ端微塵に砕かれた床材が、刃のように舞い散る。
「くっ――!」
燐は光剣を展開し、身を守る。風圧でよろけながらも、ステップで距離を取る。
「まさか……ここでお前とやるとは……!」
「驚いた? でもね、僕こう見えて勝つことには貪欲なんだよ?」
風間は笑う。それはお調子者の笑みではない。
本気でこの戦いを“遊び”として楽しんでいる者の笑みだった。
「風に乗って、すぐそこまで行くから――トップってやつにね」
「……上等だよ」
燐が低く呟いた。
「こっちだって、ここで止まるわけにはいかないんだ!」
風と光、空気を裂くようにぶつかり合う。
1年生同士の、意地と信念をかけた戦いが、幕を開けた――!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます