氷結の世界②
蒼い閃光が土の壁を貫いた。
「くっ……!」
土岐隼人が咄嗟にもう一枚、岩の壁を展開する。だが、結城燐の斬撃はそれすらも両断し、土煙とともに押し込まれた衝撃波が広がった。
「な……っ、俺の《造壁掌》が……!」
燐の動きは、先ほどまでとはまるで別物だった。
《叛逆・光纏装》──粒子のごとく輝く光を右腕に集中させた状態で、その一撃一撃が圧倒的な質量を伴い、壁を容易く砕いていく。
「言っただろ……決着、つけさせてもらうって」
燐の瞳が土岐を真っ直ぐ射抜く。
土岐は歯を食いしばり、両掌を地に叩きつけるように構える。
「《重層障壁・三段》!!」
ズゥンッ、と大地がうねり、分厚い三重の土壁が燐の前に現れる。
一枚目は鋭角な斜面、二枚目は扇状、三枚目は上下可動式の岩盤。
「これで貫けるかよ!!」
「……やってみなきゃ、わかんないだろ!」
燐の脚が地を蹴る。
その瞬間、右腕に集中していた光子がさらに圧縮され、剣の形を歪めながら膨張していく。
「《叛逆の剣(コード・リベリオン)》ッ!」
放たれた光の一閃が、空気を焼き裂くように直進する。
――ドガァン!!
第一の壁が蒸発し、第二の壁はその余波で粉砕。
第三の壁も砕けながら軋む音を上げ、土岐が咄嗟に腕を交差して防御するが――
「ぐ、あぁあっ!!」
その巨体が宙を舞い、数メートル後方へ吹き飛んだ。
地面に背中から叩きつけられた土岐が、呻きながらも体を起こす。
「……やべぇな、こいつ……」
拳を地面について、苦笑する。
「完全に……動きが代わったな、結城燐……」
燐は返事をせず、だがその視線の先には、なお立ち上がる土岐の姿があった。
「まだやるか?」
「……へっ、やめとくさ。気持ちはもう、折れたよ」
土岐は肩をすくめ、敗北を受け入れるように座り込んだ。
その瞬間――氷室の攻撃を防ぎながら真白が駆け寄ってきた。
「燐くん!」
彼女の表情は切実だった。その瞳の奥に、何かを伝えたい想いが溢れていた。
燐はましろに言った
「柏木のところに、行って」
「……え?」
「ここは俺1人で大丈夫。勝ち行こう」
真白は一瞬だけ迷ったが、すぐに頷いた。
「わかった。……任せたよ、燐!」
真白は頷き返し、反転して走り去る。その背を見送りながら、燐は再び前を向いた。
その先にいたのは――氷室紅。
凛と佇むその姿は、戦場の女王のように冷たく、美しかった。
「やはり、戻ってきましたのね」
氷室が言う。
「貴方とは、最初から決着をつけるつもりでしたのよ」
「俺も……そう思ってた」
真白が去り、土岐が倒れた今――
残るは、結城燐と氷室紅。
氷の支配者と、光の反逆者の、一騎打ちが始まろうとしていた。
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瓦礫の散らばる廃ビル跡地。
轟音と共に、拳と拳がまたぶつかり合う。
ゴッ!!
「ッくそ……!」
柏木大牙が後退する。拳が震える。
雷堂虎の電気を帯びた拳の重さは、見た目以上だった。
「どうした、“恩義のために戦う”んじゃなかったのかよ」
雷堂が口角を上げる。腕に電気が走り、静電気の弾ける音が周囲を満たす。
「口だけか? 昔のまんまだな、柏木」
「……黙れよ」
柏木が低く唸る。だが、息が少し乱れている。
(やべぇ……やっぱ身体、鈍ってやがる)
怪我明けの筋肉は鈍っている。反応も少し遅れる。
なのに雷堂は、以前より格段に速く、強くなっていた。
「よくこんなボロボロの状態で出てこれたな。根性だけは認めるぜ」
雷堂がにやけたまま近づいてくる。
「けどな――俺はてめぇみてぇなヤツが一番嫌いなんだよ」
「……は?」
「入学したての頃のお前さ。力に溺れて、周りを見下して、好き勝手暴れてた。教室ぶち壊して、教師に喧嘩売って……何様だよ?」
雷堂の声が、低く鋭くなる。
「そんな“俺TUEEEE”野郎が、今さら“誰かのため”とか言ってんじゃねぇ」
ゴォッ!
雷が走る。拳が風を裂き、柏木に襲いかかる――
「……っるせぇ!!」
柏木も咄嗟に拳を合わせる。
バゴォッ!!
爆ぜた衝撃が瓦礫を弾き飛ばす。
だが、押し負けたのは柏木の方だった。
そのまま地面を滑り、背中から崩れ落ちる。
「チッ……!」
「ダセェな、柏木。らしくもねぇ」
雷堂は距離を詰めながら、淡々と語る。
「でも、変わったのは本当らしいな。前のお前なら、仲間のために拳振るうなんて、まずしなかった」
「…………」
「恩義のために戦う、だっけ?」
雷堂が立ち止まり、見下ろすように言った。
「言ってることはカッコいいがな――お前がそんな台詞吐く日が来るとは思わなかったぜ」
柏木は、荒い息を吐きながら、ゆっくりと起き上がる。
「……悪ぃな。あの頃の俺は、マジでバカだった」
「……認めるのかよ」
「認めるさ。俺は、自分が変わったことに、誇りを持ってる」
握りしめた拳に、かすかに炎が灯る。
「燐が俺を正してくれた。真白が俺を助けてくれた。……だったら、今度は俺が、あいつらを守る番だ」
「フン……随分と“人間”らしくなったな」
雷堂の表情に、皮肉と共に、わずかな興味が混じる。
「じゃあ、その“変わったお前”が、どこまで強くなったか――」
次の瞬間、雷が弾ける。
「この拳で確かめてやるよ!」
「上等だァ!!」
柏木の両拳にも、炎が灯る。
燃え上がる赤と、閃く青白い電気――
再び、二つの拳が激突する!!
――ゴオオッ!!!
互いの能力がぶつかり合う瞬間、電熱の干渉で爆風が巻き起こる。
火花が火炎を引き寄せ、熱と閃光がステージを染める。
科学現象が戦場に現実の脅威として顕れる。
雷堂の電流が柏木の体表に拡散し、筋繊維の動きを乱す。
「電気ってのはな、神経信号を一時的に狂わせるんだよ! ちょっとずつ筋肉の反応を遅らせてやる!」
「だったら……そんな細けぇ小細工ごと、“熱量”で焼き尽くすまでだッ!!」
柏木の拳が、熱を持って赤く光る。
「《熾烈爆炎拳(しれつ・ばくえんけん)》!!」
「《雷撃爆掌(らいげき・ばくしょう)》ッ!!」
火と雷の拳が正面からぶつかる――
轟音!!
二人の体が反動で弾け、再び距離を取る。
煙の中で、両者が肩で息をしていた。
ほぼ互角。だが――やはり雷堂がひとつ余裕な笑みを浮かべる
雷堂が微笑を浮かべた。
「クズが、随分まともになったもんだな」
柏木は、鼻で笑った。
「お前も、悪くねぇヤツだったんだな」
崩れた瓦礫の影で、激しく火花が散った。
「くそっ……やっぱ体が重ぇな……」
柏木は奥歯を噛みしめながら、地面を蹴った。拳を構え、再び雷堂へと突進する。
だが、その拳は寸前でかわされ、返すように雷堂の膝蹴りが腹部にめり込む。
「ぐっ……!」
吹き飛ばされ、後ろの壁に激突する柏木。
雷堂は肩を回しながら、息一つ乱さず近づいてきた。
「怪我明けにしてはよくやってんじゃねぇか。……昔のお前だったら、そもそも立ち上がりもしなかったろ」
「はっ、皮肉かよ……」
壁にもたれたまま、柏木は不敵に笑う。
「皮肉じゃねぇよ。褒めてんだ」
雷堂は一瞬表情を緩めたが、すぐに鋭い目を戻す。
「――でもよ。入学当初の“暴れ馬”が、今じゃ『恩義』とか口にするんだな。お前、誰かに洗脳でもされたのか?」
「違ぇよ」
柏木は拳を握りしめ、再び立ち上がる。
「俺を正したのは、拳じゃねぇ。アイツらの生き様だよ。……燐も、真白も、みんな……本気で誰かを守るために戦ってた。見てて眩しかったぜ」
「ほう」
雷堂は口角を吊り上げる。
「本気で戦ってんのはこっちも同じだがな。ガキの成長話を語ってる暇があんなら――もっと来いよ!」
その瞬間、雷が走った。
「ッ……らぁあっ!!」
柏木の拳と雷堂の拳が再び衝突。空気が爆ぜ、瓦礫が吹き飛ぶ。
だが――
「……ッ、チッ……!」
押し返されたのは柏木だった。怪我の影響が確実に響いている。
「おいおい、もうバテたのか? まさかこれで全力ってんじゃねぇだろうな?」
雷堂の言葉に、柏木が悔しそうに唇を噛んだ――その時。
「大丈夫――間に合いました!」
澄んだ声が風を切るように響く。
土岐のつくった壁を大回りして
駆け寄る真白の姿が、白い光をまとっていた。
「……真白!」
「今、回復をかけます!」
彼女が手を伸ばすと、やわらかな光が柏木の全身を包む。筋肉のこわばりがほどけ、熱を持っていた傷も冷めていく。
「……悪ぃな。足引っ張っちまって」
小さく呟いた柏木に、真白は優しく笑って応える。
「大丈夫、一緒に勝ちましょう」
その瞳には、確かな信頼と覚悟があった。
そして――彼女はこっそり、柏木の耳元にささやいた。
(……今がチャンスです。作戦ととりにやってみましょう)
柏木の目が驚きに見開かれるが、すぐにニヤリと口角を上げる。
「へっ、いいじゃねぇか。お前が言うなら、やってみるさ」
その様子を見て、雷堂はわずかに警戒を強める。
「……何をコソコソしてやがる。さっきまでヘロヘロだった奴が、いきなり余裕かましてんじゃねぇよ」
そこへ、戦場の奥から声が響いた。
「――トキがやられたらしいぞ」
冷静な口調。だが、それは確かに雷堂の耳に届いた。
「なに?」
一瞬だけ、雷堂の眉が動く。
(隙……か?)
柏木が踏み出しかけた瞬間――
「……チッ。そうかよ。ま、あの程度の奴じゃな……想定内だ」
雷堂は動揺を振り払うように息を吐き、手を構える。
「だったらよ。こっちも“さっさと”終わらせる必要があるらしい。構えろ、柏木――本気で行くぜ」
静かに、電撃が弾ける音が戦場に響く。
そして、次の衝突の火蓋が――切って落とされる。
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