伽藍洞の騎士
これは私の記憶ではないようだった。
夢を見ているというよりは、夢を見させられている、という風情だった。たった独りの映画館で映画を見ているような感覚。それは色
場面は目まぐるしく切り替わっていく。暗転から暗転を渡り歩き、私の脳に直接焼き付けているような気さえした。
「ねえ、何故わたくしは生まれてきたの」
鈴を転がしたような美しい声が聞こえてくる。
「私は慰めの言葉を持ちませぬ。剣だけを愚直に振るってきたものですから」
返答をするのは、声変わりしたての青年の声だった。
「ここは下手でも慰めるべきだと思うのだけど」
「本来、生まれてくることに意味などありません。少なくとも私はそう考えている。これは姫様を指している言葉ではなく、私も含めたすべての生物に対するもの。生まれてきた意味などは、結局のところ、歩んできた人生で決まりますから、その答えは死に際にしか得られないものなのです」
「わたくしは、そういった返答を求めているわけではありません」
「そうでしょうね」
「分かっているなら、言い直す機会をあげるわ」
「いえ、必要ありません」
「ふうん」
「これが私の性分ですから」
映像では、この銀髪の少女と生真面目な騎士の少年がよく映っている。二人の顔は判然としなかった。ただ軽快な会話だけが続いている。二人は互いに信を置き、思い合っていることが直ぐに分かった。
「誰も居ないような、静かな場所に行きたいわ」
「それもいいかもしれません」
「問答無用で連れて行ってくれるのが、甲斐性というものではないかしら」
「私が姫様の恋人ならそうしたかもしれません。ただ、私は貴方の騎士ですから。主の行く先に粛々と従うのみ」
「つまらない男ね」
「堅物ですから」
「もし逃げ出したくなったら、わたくしを守ってね」
「ええ、この命に代えても」
銀髪の少女を取り巻いている環境は複雑な様相を呈していた。何もかもが荒い映像の中では判然としないのだ。
銀髪の少女が義母に殴られている。真っ赤に腫らした頬のまま夕食に赴くと、それを氷のように冷たい眼で実父が見ていた。彼女らはやんごとなき存在だった。実父は王冠を頂き、義母は豪奢なドレスに身を包んだ。
屋敷のすべてのものが煌びやかなのに、銀髪の少女だけは異様にみすぼらしく、明らかな冷遇を感じさせた。唯一傍に侍っている青年の騎士だけが味方のようだった。日に日に摩耗していく精神が垣間見えた。
銀髪の少女が冷遇されている理由は分からなかった。くじけそうになる心と、何らかの義務感の間で揺れ動いているようだ。
やはり気になったのは、銀髪の少女の胸もとにある王冠を模した鍵の存在だった。私は何となくそれを理解していた。
この銀髪の少女こそが、私の見た骸の生きた姿であることを。
断片的な映像群が薄れていくのを、私はぼんやりと見つめている。それらが最後の一滴となるのを見届けると、不意に視界が真っ白に染まった。
そこは扉の向こうの世界だ。縦も横もなく、天井や床もなく、境界線というものが一切存在しない世界。その中でひとつの光明というには些か禍々しくあるものの、唯一犯されていない色が存在していた。
或いはそれは私にも言えることだ。
視界の先には真っ黒な板金鎧が仁王立ちしている。また血のように黒々とした大剣を地面に突き刺し、柄の先に両手を添えている。顔は兜に覆われ、その目元の隙間には混沌が渦巻いていた。
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