学園の暗殺者
ルイシュウ
第1話 王女と護衛
「これより、ウォルバフ高等学院の入学式を執り行う。」
ここは15〜18歳の貴族や大商人の子のみが集まる由緒正しき学校だ。周りを見ても優秀そうなボンボンばかりで辟易する。正直、自分だけ場違いのような気もするが仕方がない。これが仕事だ。
壇上に上がり、新入生代表の挨拶を行う一際目立つ華やかな生徒。彼女の名前はアイリーン・ベルナルド。国王、チャールズ・ベルナルドの娘、すなわち王女だ。今回の仕事は、3年間この学校でお姫様を護衛することだ。
遡ること1ヶ月前
「おい、お前に仕事じゃ。」
今話しかけてきた白髪のジジイ、こいつは表では王宮の執事をしているが、ネイザン国の諜報機関のトップ、通称白鳥。捨てられた俺の親代わりであり、上司でもある。
「どんな仕事だ?ここ最近の依頼、ヴィンセント邸への潜入、半魔の暗殺、ジルク帝国の外交官の護衛とかいうきつい仕事三連続だったんだ。待遇悪いならやらねーぞ。」
どの仕事も死にかけた。二度としたくない依頼ランキング上位確定。次は高級レストランの調査(食事含む)とかしたい。
「楽な依頼だけ回してくれー」
ジジイが台所の方へと向かう。良い依頼だけ持ってきてくれるのか。
(優しいとこあるじゃねえか)
「……!?」
ナイフが飛んできた。咄嗟に避けるが読んでいた魔導書に突き刺さる。
「このジジイ……。この魔導書高かったんだぞ!」
「ふん、生意気な口聞くお前が悪いんじゃ。上司命令だからつべこべ言わずにやれ!」
なんてジジイだ……と思いながらも今回の依頼内容を読む。
「年齢13歳〜18歳のA級諜報員を王女アイリーン・ベルナルドの護衛に当てよ。 期間:3年 優先度:A 報酬:3000G 国王ネイザン・ベルナルド」
依頼書には王家のサインがあった。
「今回の仕事、国王直々のものだ。断れないし、年齢的にお前しか無理じゃ。」
「はあ、受けるしかないか」
(報酬も良いしな)
「ちなみにだが、報酬は5割諜報機関に行く。」
「はあ?またかよ!?」
「お前の教育にいくら使ったと思うんじゃ!しっかり働いて返済せい」
「嘘だろ」
そうして俺は大学のある王都へと向かった。
入学式も無事終わり、生徒たちは学級ごとに教室へ向かう。1学年3クラスに分かれており、王女様は第一クラスだ。俺もジジイの計らいで同じクラスになった。
いつのまにかクラスではもうすでにグループができていた。貴族グループ、商人グループ、軍人グループと、親の職業や身分によって決まっていそうだ。残念ながら諜報機関グループがない。
当然と言えば当然だが、諜報機関の存在は公にはできないため、自分は下級貴族の三男坊ということになっている。自然に行けば貴族グループだが、そこに入っていって自分のボロが出ても仕方ないためぼっちになる。戦略的撤退だ。
王女様はどうやら貴族グループで人気者になっているようだ。まあ、入試一位で、史上最年少でのA級魔法使い、しかも王家の次女とか、人気になるのも当然の流れだ。
「アイリーンさん、新入生代表っていうことは入試で一位だったってことー!?国中から優秀な人たちが集まっているのに……!すごすぎ!」
「いえいえ、新入生代表が入試一位とは限りませんよ。私なんてまだまだです」
「魔法使いの上位3%ととも言われるA級に史上最年少の14歳でなるなんて、天才が人の10倍努力しても難しいでしょうに……」
「たまたま、皆さんより魔力が多かっただけです。運が良かったんですよ」
「うへえ、謙遜すらお淑やかだあ」
おそらくあの女は上級貴族ハリー家、ダンク家、メディチ家の娘たちだ。危険人物というほどでもない。気をつける必要はないだろう。
というか、正直護衛が必要には見えない。A級魔法使いとか、俺が霞んで見える。
「俺なんてまだC級だぞ……」
そう呟きながら、先日の顔合わせを思い出す。
「いや、護衛必要かもな……」
1週間前
今日は王女様との顔合わせだという。可憐な才女だというが、実物はどんなものだろう。
屈強な強面の兵士が部屋の前でどっしり構えている。怖いなあと思いながら扉をノックする。
「失礼致します」
「どうぞ」
部屋には使用人が2人と、その奥に王女はいた。目が奪われるほど鮮やかな金髪の髪、見るものを惹きつける碧い目、整った顔立ち、まさに想像通りの人物だった。なんだか完璧すぎて息が詰まる。
「3年間、護衛をさせていただきます。私のことはエレン・シュミットでシュミットとお呼びください。」
自己紹介の後何秒か場が静まる。
(あれ、なんか失言でもしたかな?)
「ええ、分かりました。連絡事項を続けてください」
使用人その一が代わりに答えた。
(なるほど、俺みたいな下賎のものとは会話する気はないと。まあ、いいけどね)
「では、安全のためにもこれを携帯していただきたいのですが……」
俺はそう言って手に収まる程度の大きさの物を取り出した。
「これはなんですか?」
使用人その一が受け取りながら質問する。
「付いている紐を引っ張ると音が鳴って防犯になります。ただ……」
「へえ……」
説明を言い終わる前に使用人はすでに紐を引っ張っていた。
文字に表せないほどけたたましい音が屋敷中に鳴り響く。木の枝に止まっていた小鳥はいつの間にか逃げ、人がやってくるたびにエサをねだって水面に顔を出していた魚たちはまるっきり見えなくなった。
そして、王女様が倒れていた。
「王女様!大丈夫ですか!」
使用人が急いで音を消して王女の元へと駆け寄る。
「やばい……!」
まさか王女様が倒れるとは思っていなかった。この装置の音、魔物にしかほとんど効果がないはずだが、大きな音で驚いたのかもしれない。A級魔法使いのくせに箱入り娘すぎるだろ。自分も駆け寄り、治癒魔法を使う。なんとか目を覚ました。良かったあ……。
その後、依頼が無くなるどころか、牢にぶち込まれそうになったのは言うまでもない。
ただ、王女様の寛大なお言葉により、何とか反省文だけで済んだ。それは良かったが、早くも借りを作ってしまった。返せそうにない。
いつのまにか最初の授業は終わり、終業時刻となった。
そんな時、王女様に声をかけられた。
「この後、第三講義室に来てください。少ししたら行きます」
おそらく護衛の俺にしか聞かせられないことだろう。どんな面倒ごとなのやら。
「分かりました」
そう返事して教室へと向かう。ちらりと王女の顔を見ると不安げに顔を俯かせていた。
第三講義室は今日の授業で使った教室だ。授業は魔法の理論的解釈を行うという内容だったはずだ。教員の教本が置かれている。明日も使うためだろう。教本なんて盗むものはいないだろうし、もし盗もうとしても結界が張られていて無理だ。だからこんなに無防備に置ける。
( まあ俺なら結界を解ける自信はあるが……)
「ギイイ……」
扉が開かれ、王女のアイリーンがやってきた。
「用件をお聞かせ願えますか?」
アイリーンは教室の外を確認しながら口を開いた。
「__学生証がないんです」
……学生証。食堂での食事、寮の鍵、授業の出欠確認など、このカードの魔法陣として刻まれた情報がもつ役割は多岐にわたる。だが、無くしても学校側から3日程度で発行してもらえるだろう。無くしただけなら良いが、盗られたとなると別だ。この学校に潜む悪意は排除しなくてはならない。とりあえず王女様に質問をして情報を引き出す。
「いつから見当たらないのですか?」
「ここでの授業の出席の時はあったんですが、次の授業の際には無くなっていました」
「授業と授業の間、教室以外の場所で過ごしていましたか」
「授業が行われる教室以外の場所には行っていません」
ということは無くした、或いは盗られた可能性がある場所はここ、廊下、次の授業の教室の3択だ。無くしたという可能性を排除した場合、その時王女様の近くにいて、盗ることができたのは3人だ。上級貴族ハリー家の長女、ハリー・ミルネシア、ダンク家の次女、ダンク・ジョゼリーヌ、メディチ家のカレン・メディチ。
正直誰が犯人か見当もつかない。メリットも無いだろうし。動機はなんだ?情報?カードに書かれた情報なんて名前、年齢、学籍番号などの一般に知られているようなことくらいしかない。じゃあ嫌がらせ?いや、王家の人間にそんなことする馬鹿はいないだろう。もしバレたらどうなることか分からない。何より学生証をとってもそこまで不便にならない。カードそのものに用があるのだろうか?いや、少し魔力が含まれているただの板だ。誰も欲しいとは思わない。……もしかしたら、腹の空かせた魔物なんかは食べたいと思うかもしれないが。生憎、この学校のある中心部には魔物はほとんどいない。学校にもやってこないだろう。無くしたと考えるのが妥当かもしれない。才色兼備で優秀な王女様がなくすことなんて無さそうだが、案外抜けているのかもしれないな。まさか皇女が故意に無くしたわけでもあるまいし……。
その瞬間、ある閃きが脳内を駆け巡る。
(いや、まさかそんなわけが……)
「__無くしただけかもしれませんね。誰かが遺失物として届けているかもしれません。とりあえず待ってみましょう」
「……わかりました」
まだ不安に顔を曇らせているが、とりあえずのところは寮に帰らせる。俺には王女様に気づかれないよう確かめなければいけないことがある。
急いで王女と顔合わせをした、王女邸に向かう。
到着し、王女と親しかった年配の筆頭使用人に話しかける。
「あら、急いでなんでしょう。……また王女様を倒れさせたんですか?」
この前の恨みがまだありそうだ。早く名誉挽回したいが、今はそれどころではない。慎重に言葉を選びながら、尋ねた。
「王女様はなぜ魔力が多いんだ?」
皺が目立ってきた彼女の顔に汗が流れたのを俺は見逃さなかった。
王女は……半魔の可能性が高い。
学園の暗殺者 ルイシュウ @rightsideback
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