第5話

俺たちの・・・結婚・・・?



どういうことなんだ?



キョトンとする表情に信じられない言葉が飛び込んできた。


「どうしたんだ?ミカ?不思議そうな顔して。

頭でも強く打ったのか?」


ミカ・・・?


ミカとは誰なんだ?



「おいおいミカ!しっかりしてくれよ!

俺ら式のことで喧嘩して、お前数日家に帰って来ない

と思ったら、病院に運ばれたって・・・」



ミカ・・・自分はミカというのか?



ここが病院だと認識した日と同じ感覚が襲った。



しかし今度のそれは恐怖という意識を掻い潜り

鮮明に「彼女」を覚醒させた。



式の事で喧嘩になり、家を飛び出した彼女は

自分を包んでくれる「彼女」の元へと向かった。


「シンイチ」さんには決して口外することの出来ない秘密。


元から男勝りの性格だったためシンイチと衝突を

繰り返し、疲れていたミカ。

数年前から「彼ら」は同じ性的指向者の集う掲示板で知り合った。

月に一度、そんな境遇の人々が「オフ会」というものを

開催し、カップルを成立させてはお互いの欲求を貪っていた。


魔がさしたと言うよりも、好奇心のほうが強かった。


「じゃぁあなたがシンイチさんになってみればいいじゃない」


柔かく、同性からしてみても艶やかな声で彼女は言った。


そんな二人が出会い、ほんの好奇心から

その一線を越えるまでの時間など無いに等しかった。


そこで誰にも言えるはずのない密会を繰り返しては

正気を保っている自分がいる。


そう信じて疑わなかった。


しかし新居となるマンションで今後の話を二人でしている時、

「女なんだから、もっとしおらしい衣装の方が いいんじゃないのか?

そういえばお前の選ぶ家具もどこか男っぽいというか

無機質過ぎやしないか?男の一人暮らしみたいな部屋だぜ?」



「女なんだから・・・」


その一言が彼女の中の「女」を弾き飛ばしてしまった。

夫となるシンイチに対する罪悪感、これから内なる「己」

を隠していかなければならないという重圧が彼女の元へ向かわせた。



果たして彼女はいつも通り彼女を包んでくれた。


「あなたを幸せに出来るのはわたししかいないんだから・・・」


数日の間、すべてを放棄して二人で過ごした。



でもやっぱり「シンイチ」にはなりきれなかった。

自分が「男である」という錯覚は一時的な逃避でしかなかった。

神様がもしいるのならば、今世においてどれだけの絶望を味わえば

自分は赦されるのだろうか?


そして「彼女」にはどう説明したら良いのだろうか?


今更・・・


ミカは彼女がシャワーを浴びている間に

置手紙を残すことにした。


きっと分かってくれるに違いない。。。



残してきた手紙が本当に正しいのかどうか分からぬまま

彼女は部屋を後にした。

自分のとったすべての行動への罪悪感に襲われながら

地に着かない足で家路に向かった。

どこからかこみ上げる涙が視界を邪魔をする。


そのぼんやりとした視界をヘッドライトの光が襲う。


あ・・・光って・・・痛いんだ・・・


そう思った瞬間、光が全てを真っ白にした。






「いやあああああああああ!」




心、いや魂から湧き上がる叫び声が病院内に響く。

紛れもない女性の声であり、己の咆哮だった。

恐怖は時として強烈な吐き気を纏って襲ってくる。


「おい!ミカ!大丈夫か!!!」


ナースコールを押すシンイチ。



ほどなく看護師がやってきた。


「どうしました?」


「あ、いえ彼女が急に叫び出したもので・・・」


嗚咽の止まらないミカにナースの腕が伸びる。


その小脇には花束が抱えられていた。


「あ、これ病室の前に立て掛けられていたんですよ・・・

とても綺麗な紫色のチューリップですよ~

お手紙もついてるみたい」


シンイチがその手紙を受け取り読んでいる。


「変だな・・・シンイチさんへとしか書いてない。

何で俺なんだ?」



とだけ書いてある。


不思議そうに手紙を見つめるシンイチをよそに

ミカはまだこれからの「悪夢」に絶望していた。




そう・・・紫色のチューリップ。

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St@lk 犬田一 @daken32

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