第15話 限界と安息

夜明け前の静寂が続く中、剣人は深い眠りからゆっくりと意識を取り戻した。体は重く、全身に残る疲労が、昨夜の激しい情熱の余韻を物語っていた。しかし、それは決して不快なものではなく、まるでサッカーの試合で全力を出し切った後のような、心地よい倦怠感に満ちている。彼の腕の中には、詩織がすっぽりと収まっていた。柔らかなCカップの胸が彼の胸にぴったりと押し付けられ、肌が吸い付くように密着している。彼女の長い黒髪が腕に絡みつき、甘い香りを放っていた。鼻腔をくすぐる詩織の匂い、そして肌から伝わる温かさが、彼の心を深く満たす。これほどまでに他者の存在を全身で感じたことは、かつてなかった。


心は深い達成感と、詩織との揺るぎない一体感で満たされている。彼女が求めた「絆の証」を、自分は確かに刻むことができた。その確信が、剣人の胸に温かい喜びを広げた。

しかし、その喜びの中にも、微かな、しかし確かな寂しさが忍び寄っていた。窓の外の空は、深い紺色から、僅かに赤みを帯びた灰色へと変化し始めていた。夜が明けるということは、この特別な時間が終わるということ。そして、明日は卒業式。その後に訪れる、詩織との物理的な距離。彼の脳裏には、東京の新しい大学生活と、詩織との別れが鮮明に浮かび上がる。勝利の後の静けさが、かえって次に控える困難な試練(遠距離と別れ)を意識させるように、彼の心に重くのしかかる。


剣人は無意識に、詩織を抱きしめる腕の力を強めた。彼女の存在を、今、この瞬間、最大限に感じていたい。柔らかな肌の感触、温もり、鼓動。その全てが、この漠然とした寂しさを埋める唯一の存在だった。詩織の髪に顔を埋め、彼の匂いを深く吸い込む。このまま時間が止まってしまえばいいのに、と本気で願った。ベッドシーツは乱れ、二人の熱気がまだ残る。シーツのわずかな擦れる音と、互いの穏やかな呼吸だけが、部屋の静寂に溶け込んでいた。


詩織もまた、剣人の逞しい腕の中で、ゆっくりと意識を取り戻しつつあった。全身は重く、深く、肉体的な疲労が極限に達していることを示している。だが、その疲労は、これまで経験したことのないほどの深い充足感と、彼との「絆」を刻めたという確信に満ちた、心地よい倦怠感だった。彼の逞しい腕に抱かれ、自分のCカップの胸が彼の胸に押し付けられている感触が、心地よい温もりをくれる。


彼女の心は、彼との一夜によって、完全に満たされていた。文学部で自作小説を書き、登場人物の感情を深く掘り下げてきた彼女自身が、今、最も深く、最も生々しい「愛の物語」を体験したのだという実感があった。彼と何度も高め合い、注ぎ合った時間。それが、離れる二人の間に、何があっても揺るがない、確かな「絆の証」を刻んでくれたと信じていた。


剣人の腕の中で意識を取り戻した詩織の意識が、自身の生理周期に向けられた。

卒業式前夜。剣人に「安全日だから大丈夫」と告げた、あの時の言葉が脳裏をよぎる。そして、冷静に計算し直すと、昨夜はまさしく排卵期、つまり最も妊娠しやすい「危険日」であったことを、はっきりと、確信に近い認識を持った。


この「成功の可能性」に対する、密かな安堵と、同時に剣人を欺いたことへの微かな罪悪感が入り混じる。しかし、その罪悪感よりも、彼との間に「確たる絆の証」を望んだ自身の強い意思と、それが予期せぬ形で「現実となる可能性」への、ある種の運命的な覚悟が優った。「もし、そうなったとしても、これもまた、私たち二人の、本当の絆の形なのかもしれない」と、文学少女らしい哲学的な思考で、その可能性を受け入れようとする。詩織は、この内面の葛藤を、剣人には一切悟られないように、表面上は平静を装った。彼の逞しい体温と、その腕の中での安らぎが、彼女の決意を一層固める。


詩織は、剣人の胸に顔を埋めたまま、深く息を吸い込んだ。彼の、汗と男らしい匂いが混じり合った香りが、彼女の心を満たす。その時、剣人の大きな手が、彼女の長く艶やかな黒髪をそっと梳き、頭を優しく胸元へと引き寄せた。彼の鼓動が、自分の耳元に直接響いてくる。トクン、トクン、と規則的に打つ彼の心臓の音が、まるで子守唄のように聞こえた。


彼女は、彼の逞しい胸に指先を這わせた。彼の肌の感触、その匂い、そして彼の鼓動が、彼女の寂しさを少しずつ埋めていくようだった。シーツの上で、互いの指先が自然と絡み合う。言葉なく、しかし深い愛情と安らぎを交換する。眠りの中にいるようで、しかし互いの存在を確かに感じている。それは、意識と無意識の狭間に漂う、至福の時間だった。


この触れ合いの中で、互いの身体が再び反応し始める。疲労したはずの身体の奥底から、微かな熱が湧き上がり、彼らを再び快感へと誘う。剣人の男性器が、詩織の温もりを感じて、ゆっくりと、しかし確実に、硬度を増していく。詩織の身体もまた、彼の変化に応えるように、潤いを帯び始める。言葉なく、彼らは再び相手を求めていた。


幾度となく高め合い、注ぎ合い、注ぎ切った。

夜の闇は、いつの間にか微かに白み始めていた。部屋の空気は、二人の汗と、甘い愛の残り香で満たされている。ベッドシーツは乱れ、絡み合ったままの二人の体が、月明かりと、かすかに差し込む朝の光に包まれる。


剣人は、肉体的な疲労の極致の中で、深い満足感と達成感に満たされていた。詩織を完全に満たし、彼女が望む「絆の証」を刻めたという確信が、彼を深い安らぎへと誘う。彼の腕の中にいる詩織の体温が、じんわりと彼の中に染み渡っていく。この温もりが、今、何よりも確かなものだった。


詩織もまた、肉体的な疲労は極限に達していたものの、心は深い充足感に包まれていた。彼との行為の繰り返しが、彼女の計画(妊娠)の可能性をさらに高めたことを、確信に近い感覚で捉えている。文学少女の彼女にとって、この夜の出来事は、自身の「物語」の中で最も重要な転換点となった。彼は知らない。だが、これが二人の未来に、確かな形をもたらすのだと信じていた。彼女の心臓の奥底では、もう一つの、秘めたる希望が、静かに鼓動を打っていた。


深い眠りが、抗いがたいほどに二人を包み込む。互いを強く抱き合ったまま、彼らは静かに呼吸を整える。疲労と安らぎの中で、二人の意識は緩やかに遠のいていく。月明かりと朝の光が混じり合う中、二人はただ、互いの温もりだけを頼りに、深い眠りへと落ちていった。部屋の静寂の中に、二人の安らかな寝息だけが響いている。

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