第6話 夕影町
「存在しない者を作り出す?」
アキラは黒崎を見据えた。
「はい。私の家系に代々伝わる、特殊な能力です。記憶から人格を抽出し、実体化させる。ユウキは、夕影町で死んだ子供たちの集合意識から作り出した、私の『作品』です」
ユウキは無表情のまま、黒崎の横に立っている。昨夜までの、悲しげな少年の面影はない。
「なぜ山崎さんと田中さんを殺した」
氷室が鋭く問いただした。
「彼らは真実に近づきすぎた。夕影町の記憶は、永遠に封印されるべきものです」
「五十年前の過ちを、まだ隠し続けるつもりですか」
「過ち?」
黒崎の目が細められた。
「あれは必要な犠牲でした。記憶改竄技術の確立は、人類の進歩に不可欠だった」
「三万人の命を犠牲にして?」
「その犠牲のおかげで、今の平和な社会がある。記憶を管理することで、戦争も、憎しみも、悲しみも制御できる」
黒崎は一歩前に出た。
「そして、私の父も、その計画の立案者の一人でした」
アキラは息を呑んだ。黒崎の動機が見えてきた。
「父の名誉を守るため……」
「そうです。父は英雄です。人類の未来のために、困難な決断をした」
黒崎は手を上げた。ユウキが動き出す。
「さあ、あなたたちの記憶も、書き換えさせてもらいましょう」
その瞬間、別の声が響いた。
「それはできないわ」
部屋の奥から、レイナが現れた。
いや、レイナではない。もっと幼い、十二歳の少女の姿。結城玲奈、その人だった。
「玲奈……」
アキラは駆け寄ろうとしたが、玲奈は手で制した。
「アキラ、ごめんなさい。私、本当のことを言えなかった」
玲奈の姿が揺らぎ、二十代のレイナの姿と重なる。
「私は、五十年間、この図書館の記憶の中を彷徨っていた。誰かに思い出してもらうのを、ずっと待っていた」
黒崎の顔が歪んだ。
「なぜ、お前がここに」
「私を閉じ込めていた記憶の檻は、もう壊れたわ。アキラが、私を思い出してくれたから」
玲奈は、夕影町の本を手に取った。
「この本には、すべてが記録されている。実験のこと、住民たちの最期のこと、そして——」
ページをめくる。
「生き残った私たちのことも」
私たち? アキラは困惑した。生存者は玲奈一人ではなかったのか。
「驚いた?」
玲奈は悲しげに微笑んだ。
「私以外にも、数人の子供たちが生き残った。でも、みんな実験の後遺症で、普通の生活は送れなかった。記憶と現実の区別がつかなくなったり、他人の記憶に入り込んでしまったり」
そして、アキラを見つめた。
「あなたのお祖母さん、藤原千代さんも、その一人よ」
アキラは衝撃を受けた。祖母が、夕影町の生存者だったなんて。
「だから、あなたは私を忘れなかった。血筋が、記憶改竄への耐性を持っているから」
黒崎が叫んだ。
「ユウキ! 彼らを止めろ!」
ユウキが攻撃態勢に入る。しかし、玲奈が本を開いた瞬間、部屋の空気が変わった。
本から、光が溢れ出した。
その光の中に、無数の人影が見えた。夕影町の住民たち。男性、女性、老人、子供。三万人の記憶が、一斉に解放された。
「これが、夕影町の真実」
玲奈の声が響く。
記憶が、映像となって空間に投影された。平和な街の日常。笑顔で暮らす人々。そして、ある日突然訪れた異変。
空が歪み、人々の記憶が強制的に書き換えられていく。自分が誰かわからなくなり、パニックに陥る住民たち。子供たちの泣き叫ぶ声。
そして、最後に映し出されたのは、実験を指揮する科学者たちの姿だった。
その中に、若き日の黒崎の父がいた。
「実験は成功だ」
冷酷な声が響く。
「多少の犠牲は想定内。データは十分に取れた」
黒崎は膝をついた。父の本当の姿を、初めて見たのだろう。
「嘘だ……父は、人々のために……」
「これが真実よ」
玲奈は静かに言った。
「でも、憎しみからは何も生まれない。私は、ただ真実を伝えたかっただけ」
ユウキの姿が変化し始めた。操り人形のような無表情が消え、元の悲しげな少年の顔に戻っていく。
「僕たちを、忘れないで」
ユウキの姿が、薄れていった。
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