討伐任務:コディアック緋熊ダンジョン

 村外れにあるダンジョンに、「コディアック緋熊」という新種の赤いクマ型魔獣が潜んでいるらしい。倒せば、珍しい素材やアイテムをドロップするとか。


 ウワサを聞きつけ、「我こそは」と名乗りをあげた冒険者十数名がダンジョンへ挑んだ。クマのダンジョンなだけあって、クマの石像や飾りがいたるところに配置されていた。


「気をつけろ。いつコディアック緋熊が出てきてもおかしくないぞ」


 リーダーの剣士は剣を構え、周囲を警戒する。それを見て、冒険者の一人が鼻で笑う。


「ただのクマなんだ、そこまで警戒しなくたっていいじゃないか。この対クマ用唐辛子スプレーさえあれば、瞬殺できるぜ」


 最奥まであと少しの地点で、妙な生き物とエンカウントした。赤いクマのお面をつけた、全身赤タイツの年齢性別不詳の人間(?)だ。しゃがんで、地面を見つめている。


「アリ見つめてるの楽しいなあ」


 どうやら、地面を這うアリを観察しているらしい。冒険者一行に気づくと、「やぁ」と気さくに挨拶した。


「君達もコディアック緋熊に挑むのかい?」


「なんだお前は? 魔物か?」


「そんなところかな。私は緋色ひいろ刹那せつな。このダンジョンの番人をしている。

 悪いことは言わない……命が惜しければ今すぐ撤退しろ! あいつは化け物だ!」


「そんなことは分かりきっている。装備もアイテムも一番良いのを揃えた。全滅しても、外で聖職者ヒーラーがスタンバッている。何も問題はない」


「そうだそうだ!」


「有り金とアイテムだけ置いて、とっとと失せな!」


「なんだよ、つれないな。わざわざ、忠告してやったのに」


 緋色刹那は肩をすくめた。


「それなら、私は遠くで見物させてもらうよ。がんばえー」


 ひらり、とクマの石像の上へ逃れる。


 直後、ダンジョンの奥から赤い巨体がのっしのっしと現れた。真っ赤な毛に覆われた、クマ型の魔獣……コディアック緋熊だ。


 コディアック緋熊は冒険者達を見下ろすと、何かの液体で赤く染まった爪をぎらつかせた。


「ボッフゥ? ボフボフゥ(訳:おや、新しいお客さんかい? あいにくだが天国は満席だ。一人残らず、地獄へ落ちな)」


「そ……総員、戦闘準備!」


 慌てて、リーダーが号令をかける。メンバーの態勢が整う前に、コディアック緋熊の爪撃を食らった。


「ボフフボッフフゥー!(訳:†血染ブラッディーめの鍵爪ベアクロー†!)」


「ギャァァァーーー!!!」


「こいつ、厨二病だー!」


「共感性羞恥でメンタルが削られるー!」


 数人の冒険者が吹っ飛ぶ。

 続けて、パンチ。ジャンプからの、ボディプレス。もうやめて! 冒険者のライフはゼロよ!


 そしてトドメとばかりに、大きく口を開いた。


「ヒィッ!」


 食われると思い、恐怖で動けなくなる冒険者。しかしクマは動かない。


「?」


「なんだ、動かなくなったぞ?」


「電池切れか?」


 ざわつく冒険者達。そんな中、魔獣に詳しい賢者が異変に気づいた。


「違う! ビームを放つ気だ!」


「えぇ?!」


「クマなのに?!」


「新種だからな! ビームくらい撃つだろ!」


 賢者は正しかった。クマの口の中に赤い光が集まっている。冒険者らの目には、絶望の色に映った。


「これでも食らえ!」


 冒険者の一人が、クマ避けの唐辛子パウダーを瓶ごと投げつける。


 見事、コディアック緋熊の口の中へスポッと入ったが、コディアック緋熊はすかさずポテチを口へ流し込み、美味そうにバリバリ噛み砕いた。辛さで弱るどころか、口の中に集まっているエネルギーがさらに輝きを増した。


「ボッフゥ↑(訳:辛いの大好きー!)」


「む、無傷だとぅ?!」


 緋色刹那が「そういえば」と手を打つ。


「伝えるのを忘れていたけど、コディアック緋熊は辛いものが大好物なんだ。夏は韓国冷麺にキムチとキムチの素をしこたまかけて食べるよ」


「そういうことは、先に言えよ!」


 唐辛子パウダーによって、エネルギー充填が加速する。もはや目を開けてらんないほど、周囲は赤く染まっていた。


 光の量が頂点に達した瞬間、は放たれた。


「ボフボフボッフゥー!(訳:コディアックってなんなんだよ砲ー!)」


「うわー! 本当に口からビーム出したー!」


「総員、緊急防御態勢! 死ぬなよ……みんな!」


「リーダー、それ死亡フラグ!」


 コディアック緋熊の口から赤いビームが放たれ、周囲を一掃する。


 盾やバリアで防御する者、物陰に身を隠す者、それぞれ最善の防御策を実行したものの、ほとんどの者がダンジョンの外へ吹っ飛ばされた。


「ボフー。ボフボフっと(訳:ボフー。今日もよく働いた☆ 帰って、ゲームの続きやろっと)」


「待て」


 ダンジョンの最奥へ帰ろうとしたコディアック緋熊を、声が呼び止める。


 振り返ると、リーダーがただ一人生き残っていた。地面に剣を突き立て、ドーム型のバリアで自らを包み込むように守っている。


 彼がいるのは最もビームによるダメージが強い場所であり、他の仲間はズタボロになって木に引っかかっていた。


「ボフ? ボフッテル! ナンデ?!(訳:あれ? 生きてる! 何で?!)」


 コディアック緋熊はオロオロする。緋色刹那は「ほお」と興味をそそられた様子で、身を乗り出した。


「お前、ただの剣士ではないな?」


 剣士は額に汗をにじませつつ、不敵に笑った。


「そうだ。俺は……ヴァンガード族の魔導剣士だ!」


「ヴァンガード族だと?!」


「ヴァンゾク?!(訳:そんなまさか?!)」


 突き立てた剣先から光が伸び、地面にネコの形の魔法陣が描かれる。


「降臨せよ! 三色のトリコロールキャッツ!」


 魔法陣が光り輝き、超巨大なネコが出現する。その大きさはコディアック緋熊とは桁違いで、ダンジョンの天井をいとも簡単に破壊した。


「ボヒィィィッ、ボフれる!(訳:ひいいいいっ、食われる!)」


「ちょっ?! またかよー!」


 コディアック緋熊が、緋色刹那が、相次いでネコに捕まり、もしゃもしゃと喰われる。


 ついでにダンジョンの上でゴロンゴロンし、ダンジョンを完全に破壊すると、「役目は果たした」と言わんばかりに、消えた。リーダーは召喚と同時に、ダンジョンの外へ逃げたので無事だった。


「お前ら、無事かー?」


「なんとかー」


 ダンジョンの外へ吹っ飛ばされた仲間のもとへ駆け寄る。幸い、外で待機していた聖職者ヒーラーがすぐに治療を開始していた。


「それよりアイテムと素材は?」


「あっ」


 仲間から視線が集まる。リーダーは申し訳なさそうに頬をかいた。


「すまん。俺の召喚獣が、コディアック緋熊ごと食っちまった」


 その後、ダンジョン跡地に何か残っていないか、手分けして探した。めぼしいアイテムはなく、集まったのはあちこちに散らばっていたコディアック緋熊の赤い毛だけだった。


 ところが、その毛は「珍しい毛質だ」と街で高く売れた。「プラマイゼロだな」と冒険者らは失笑し、それぞれの帰途についた。



〈お終い〉

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討伐任務:コディアック緋熊ダンジョン 緋色 刹那 @kodiacbear

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