第32話 永遠の密約、新しい始まり
悠太の身体は、深い虚脱感と、これまでにない清々しさに包まれていた。12年間、胸の奥底に秘め続けてきた初恋は、確かに終止符を打った。それは、甘く、そして切ない、しかし彼にとって乗り越えるべき、そして美咲なりの優しさに満ちた儀式だった。美咲は悠太の隣に静かに横たわり、深い安堵の息を吐いている。莉子と彩音もまた、それぞれの場所で、微かに残る熱の余韻に浸っていた。夕日が部屋の窓から差し込み、彼らの肌を淡く照らし続けていた。その光は、彼らが経験した密やかな行為の熱を、優しく鎮めていくかのようだった。
数日後。蝉の声はまだ降り注いでいたが、その音色には、どこか夏の終わりを告げるような、微かな寂しさが混じり始めていた。悠太の部屋には、再び4人が集まっていた。いつものように、受験参考書がテーブルに散らばり、使い古されたペンケースが転がっている。しかし、そこには、以前とは明らかに異なる空気が流れていた。あの夏の日以来、彼らの間に言葉にならない変化が生まれたのだ。
悠太は、勉強の合間に、ふと隣に座る莉子に視線を向けた。彼女は、以前と変わらず無邪気な笑顔で参考書を覗き込んでいるが、悠太の視線と絡むと、一瞬だけ頬を染めるようになった。その仕草に、悠太の胸には温かいものが広がる。彼の脳裏には、莉子の柔らかな吐息と、無邪気な好奇心に満ちた瞳、そして「最高の思い出、できたかな?」と問いかけた声が蘇る。あの時、自身の快楽は二の次だったが、彼女の純粋な喜びを感じ取れたことへの達成感が、悠太の心を満たしていた。莉子が時折、彼に視線を送り、その瞳の奥で、あの日の「最高の思い出」が確かに輝いていることを、悠太は感じ取った。
次に、視線を彩音へと移す。彼女は、いつも通り黙々と問題集を解いているが、その表情は以前よりも少しだけ、柔らかくなったように見えた。悠太と視線が合うと、彩音は小さく、しかし確かな笑みを返すようになった。その笑みには、知的な探求心だけでなく、彼との間に刻んだ「繋がり」への、静かな満足感が滲んでいる。あの日の彩音の言葉。「なんの想いでもなくバラバラになるのは嫌だからなあ」。悠太は、彼女を満たすことで、確かに彼らの間に「繋がり」という痕跡を残せたのだと感じる。彩音の指先が、時折、悠太の腕をかすめるような微かな触れ合いがあるたび、あの日の繊細で、しかし情熱的な愛撫の記憶が蘇った。彼は、彩音の知的な好奇心と、心の奥底に秘められた願いに応えられたことを、密かに誇りに思っていた。
そして、美咲。彼女は、以前と同じようにグループの中心にいるが、悠太に対する視線は、もはや「初恋の相手」を見つめるものではなかった。そこには、長年の友人としての深い信頼と、彼が「清算」を成し遂げたことへの、静かな誇りが感じられた。「お借りを清算しな」という彼女の言葉は、悠太を突き放すためではなく、彼が未来へ向かうための、彼女なりの優しさだったのだと、悠太は今、はっきりと理解できた。あの日の美咲の眼差し、彼女が口にした「これで、本当に、終わり」という言葉の響き。そして、彼が自身の快楽を抑え込み、ただ彼女を満たすことに集中した、あの密やかな行為。その全てが、彼の心に、長年の初恋の終焉と、彼女を満たせたことへの達成感を刻みつけていた。
彼らの間に流れる空気は、言葉にしなくとも互いの変化を理解している、複雑で、しかし温かいものだった。それぞれの身体に刻まれた記憶が、彼らの間に、かつてないほどの深いつながりを生み出していた。彼らはもう、単なる幼馴染ではなかった。秘密を共有し、互いを深く満たし合った、特別な絆で結ばれた存在へと変貌していたのだ。
季節はゆっくりと移ろい、夏休みが終わり、二学期が始まった。受験勉強は佳境に入り、四人で集まる時間は、さらに貴重なものになっていった。それぞれの進路は、次第に明確になっていく。悠太は、目標とする大学の合格を目指し、これまで以上に机に向かうようになった。彼の心の中には、美咲への初恋の重みがなくなり、代わりに、未来への漠然とした期待が芽生えていた。それは、あの日、3人の幼馴染と交わした「特別な思い出」がくれた、新しい力だった。彼が彼女たちを満たしたことへの達成感が、彼自身の自己肯定感を高め、成長を後押ししていた。
冬が過ぎ、桜の蕾が膨らみ始める頃、それぞれの合格発表が続いた。美咲は第一志望の難関大学に合格。彩音も、その知的な探求心を活かせる大学へ。莉子は、まだ漠然とではあったが、彼女らしい明るさで進学先を決めた。悠太もまた、努力の甲斐あって、無事に志望校への合格を勝ち取った。
そして、卒業式の日。
体育館での厳粛な式典を終え、校庭に出ると、陽光が降り注ぎ、友人たちの笑顔が眩しかった。悠太たちは、同じクラスの仲間たちと、笑顔で写真を撮り合っていた。卒業証書を手にし、真新しい制服に身を包んだ4人の姿は、どこから見てもごく普通の高校生だった。しかし、彼らだけが知る、あの夏の密室での出来事は、誰にも語られることのない、彼らだけの秘密の記憶として、それぞれの心に深く刻まれている。
美咲は、卒業式の喧騒の中、悠太の隣にそっと寄り添った。その瞳は、晴れやかな空のように澄み切っていた。
「あんた、ちゃんと清算できた?」
美咲の言葉に、悠太は、あの日の熱を帯びた身体の感覚と、美咲の容赦ない、しかし優しい瞳を思い出した。彼は、美咲の目を真っ直ぐに見つめ、力強く頷いた。その返答には、嘘偽りない、彼の本心が込められていた。
「ああ、できたよ。全部、清算できた。美咲が、そうさせてくれた」
美咲は、満足げに微笑んだ。その笑顔は、どこか晴れやかで、新しい未来へと向かう彼女自身の覚悟を示しているかのようだった。莉子が、後ろから悠太の腕に無邪気に抱きつき、彩音は、いつものように控えめに、しかし優しく微笑んでいた。
彼らは、それぞれ別の大学へ進学し、それぞれの新しい生活をスタートさせた。物理的な距離は離れても、あの夏に共有した「初体験」と「清算」は、彼らを結びつける、特別な「蜜約」として残り続けた。それは、単なる性的な経験に留まらない、幼馴染としての絆の終焉と、大人への階段を登る彼らが、互いの存在を深く刻み込んだ証だった。彼らが自分を満たしてくれたことへの感謝と、自分自身が彼女たちを満たせたことへの達成感を胸に抱き、悠太は新たな一歩を踏み出した。
さらに数年の月日が流れた。悠太は大学を卒業し、社会の波へと漕ぎ出していた。新しい仕事、新しい人間関係。東京の雑踏の中で、高校時代の記憶は、時に遠く霞むこともあった。しかし、彼の心の奥底には、あの夏の密室で交わした「誓い」と、3人の幼馴染の温もりが、常に灯火のように輝いていた。
ある日の午後、悠太は仕事の休憩中に、偶然立ち寄ったカフェで、懐かしい声を聞いた気がした。振り返ると、そこには、以前と変わらぬ明るい笑顔を浮かべた莉子と、知的な雰囲気にさらに磨きがかかった彩音が、向かい合って談笑している姿があった。二人は、悠太に気づくと、目を大きく見開いた後、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「悠太!まさかこんなところで会うなんて!」
莉子が、昔と変わらない勢いで悠太の腕に抱きついてきた。その柔らかな感触に、悠太は一瞬、あの夏の日を鮮明に思い出す。
「悠太くん、お久しぶりです。お元気でしたか?」
彩音もまた、控えめながらも確かな喜びを瞳に宿し、悠太を見上げていた。
「ああ、元気だよ。二人も……元気そうでよかった」
悠太は、二人の手を握りしめ、その温かさを感じた。あの日の熱が、今も、彼らの手のひらに残っているかのようだった。彼らが自分を満たしてくれたことへの感謝と、自分自身が彼女たちを満たせたことへの達成感を胸に抱き、悠太は微笑んだ。
莉子は、近況を矢継ぎ早に話し、彩音はそれを穏やかに聞きながら、時折、質問を挟んだ。話の流れで、美咲が海外で仕事を始めていることを知る。皆、それぞれの夢に向かって、力強く歩みを進めているのだ。
彼らは、幼馴染という関係性から、より深く、そして形を変えた絆へと昇華していた。それは、恋愛という形では結ばれなかったかもしれない。しかし、あの夏に刻まれた「初体験」と「清算」は、彼ら4人の心に、永遠に色褪せることのない、特別な「思い出」として輝き続けるだろう。彼らはもう、何かの想いを残してバラバラになることはない。互いの存在は、それぞれの未来へと続く道の、確かな一部となっていたのだ。
悠太は、莉子と彩音の笑顔を見つめながら、改めて確信した。あの夏、彼が自身の快楽を二の次にして、彼女たちを心ゆくまで満たした経験は、彼自身の成長にとって、かけがえのないものだった。それは、単なる性的な行為ではなく、彼らを深く結びつけ、互いを理解し、尊重するための、彼らだけの「永遠の密約」だったのだ。悠太の心には、温かい光が灯っていた。この密約は、彼らがどんな道を歩もうとも、決して色褪せることはないだろう。
僕が選ばなかった、3つの初恋 舞夢宜人 @MyTime1969
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