第30話 夏の余韻と新たな空気
美咲との「清算」を終えた悠太の身体は、深い虚脱感と、これまでにない清々しさに包まれていた。12年間、胸の奥底に秘め続けてきた初恋は、確かに終止符を打った。それは、甘く、そして切ない、しかし彼にとって乗り越えるべき、そして美咲なりの優しさに満ちた儀式だった。美咲は悠太の隣に静かに横たわり、深い安堵の息を吐いている。莉子と彩音もまた、それぞれの場所で、微かに残る熱の余韻に浸っていた。夕日が部屋の窓から差し込み、彼らの肌を淡く照らし続けていた。その光は、彼らが経験した密やかな行為の熱を、優しく鎮めていくかのようだった。
数日後。蝉の声はまだ降り注いでいたが、その音色には、どこか夏の終わりを告げるような、微かな寂しさが混じり始めていた。悠太の部屋には、再び4人が集まっていた。いつものように、受験参考書がテーブルに散らばり、使い古されたペンケースが転がっている。しかし、そこには、以前とは明らかに異なる空気が流れていた。あの夏の日以来、彼らの間に言葉にならない変化が生まれたのだ。
悠太は、勉強の合間に、ふと隣に座る莉子に視線を向けた。彼女は、以前と変わらず無邪気な笑顔で参考書を覗き込んでいるが、悠太の視線と絡むと、一瞬だけ頬を染めるようになった。その仕草に、悠太の胸には温かいものが広がる。彼の脳裏には、莉子の柔らかな吐息と、無邪気な好奇心に満ちた瞳、そして「最高の思い出、できたかな?」と問いかけた声が蘇る。あの時、自身の快楽は二の次だったが、彼女の純粋な喜びを感じ取れたことへの達成感が、悠太の心を満たしていた。莉子が時折、彼に視線を送り、その瞳の奥で、あの日の「最高の思い出」が確かに輝いていることを、悠太は感じ取った。
次に、視線を彩音へと移す。彼女は、いつも通り黙々と問題集を解いているが、その表情は以前よりも少しだけ、柔らかくなったように見えた。悠太と視線が合うと、彩音は小さく、しかし確かな笑みを返してくれるようになった。その笑みには、知的な探求心だけでなく、彼との間に刻んだ「繋がり」への、静かな満足感が滲んでいる。あの日の彩音の言葉。「なんの想いでもなくバラバラになるのは嫌だからなあ」。悠太は、彼女を満たすことで、確かに彼らの間に「繋がり」という痕跡を残せたのだと感じる。彩音の指先が、時折、悠太の腕をかすめるような微かな触れ合いがあるたび、あの日の繊細で、しかし情熱的な愛撫の記憶が蘇った。彼は、彩音の知的な好奇心と、心の奥底に秘められた願いに応えられたことを、密かに誇りに思っていた。
そして、美咲。彼女は、以前と同じようにグループの中心にいるが、悠太に対する視線は、もはや「初恋の相手」を見つめるものではなかった。そこには、長年の友人としての深い信頼と、彼が「清算」を成し遂げたことへの、静かな誇りが感じられた。「お借りを清算しな」という彼女の言葉は、悠太を突き放すためではなく、彼が未来へ向かうための、彼女なりの優しさだったのだと、悠太は今、はっきりと理解できた。あの日の美咲の眼差し、彼女が口にした「これで、本当に、終わり」という言葉の響き。そして、彼が自身の快楽を抑え込み、ただ彼女を満たすことに集中した、あの密やかな行為。その全てが、彼の心に、長年の初恋の終焉と、彼女を満たせたことへの達成感を刻みつけていた。
彼らの間に流れる空気は、言葉にしなくとも互いの変化を理解している、複雑で、しかし温かいものだった。それぞれの身体に刻まれた記憶が、彼らの間に、かつてないほどの深いつながりを生み出していた。彼らはもう、単なる幼馴染ではなかった。秘密を共有し、互いを深く満たし合った、特別な絆で結ばれた存在へと変貌していたのだ。
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