僕が選ばなかった、3つの初恋
舞夢宜人
第1話 夏の始まり、密室の誓い
じりじりと焼けるような蝉の声が、八月の午後の静寂を切り裂いていた。悠太の自室に備え付けられた旧式の扇風機が、微温い空気を不規則にかき混ぜる。エアコンのないこの部屋は、毎年夏になると、彼ら四人にとっての小さな試練の場と化した。それでも、小学校に上がる前から、まるで当たり前のようにここで時間を共にしてきた。もう12年になる。幼馴染の三人――美咲、莉子、彩音。そして、彼、悠太。
散らばった参考書と、使い古された文房具の山。机に向かう美咲の背中は、いつも通りぴんとしていた。その隣で、莉子が退屈そうにシャーペンを回し、彩音は分厚い参考書に顔を埋めている。高校三年生。受験。この夏が終われば、彼らはそれぞれの道を歩むことになる。大学は、きっとバラバラだ。そう思うと、悠太の胸には、言いようのない寂しさがこみ上げた。
「……この4人で、何か思い出を作りたかったなあ」
誰に聞かせるでもなく、悠太は独り言のように呟いた。その声は、空気を震わせる蝉の鳴き声にかき消されそうになるほど、弱々しかった。美咲が、参考書から顔を上げ、こちらを向いた。その瞳は、いつものように涼やかで、悠太の内心を見透かすかのようだった。
「お金もないし、受験勉強で時間もないよ、悠太」
美咲の声は、どこか諦めを含んだ響きがあった。悠太は、彼女の言葉の裏に、これまで彼が抱き続けてきた12年間の初恋が、もう終わりを告げていることを漠然と予感した。彼女は、きっと分かっているのだ。自分の気持ちも、この関係性が未来に進むことはないということも。そして、美咲は、からかうように言葉を継いだ。
「でも、高校最後の夏がハーレムでよかったじゃん」
美咲のその言葉に、悠太の胸に複雑な感情が渦巻いた。ハーレム。確かに、周囲の友人から見れば、男子一人に女子三人という構成は、羨望の的かもしれない。しかし、悠太にとっては、それは叶わない想いと、永遠に踏み越えられない友情の境界線を示すものだった。
その時、沈黙を破ったのは、意外にも莉子だった。いつも通りの無邪気な笑顔のまま、彼女は悠太の目を真っ直ぐに見つめた。
「ねぇ、悠太。思い出作りに、私の処女をもらってくれない? もちろん避妊はしてもらうけれどね」
莉子の言葉は、あまりにも唐突で、そしてあまりにも直接的だった。悠太の心臓が、ドクリと大きく脈打つ。室内の空気が、一瞬にして凍り付いたような錯覚に陥る。莉子の無邪気な瞳の奥に、悠太への特別な想いと、どこか決意のようなものが滲んでいるように見えた。悠太の脳裏を、戸惑い、驚き、そして決して触れてはならないはずの抗えない欲望が駆け巡る。しかし、それと同時に、この状況で自分に何が求められているのか、と瞬時に思案する自分がいた。
美咲が、その張り詰めた空気を破るように、静かに口を開いた。
「それも、いいかもね」
彼女の声は、普段と変わらないように聞こえるが、その瞳の奥には、何かを決意したような、あるいは全てを受け入れたような、複雑な光が宿っていた。美咲の言葉は、この非現実的な状況に、確かな重みを加えた。
そして、普段は物静かな彩音が、普段の知的な印象とは裏腹に、どこか達観したように言葉を続けた。
「12年も一緒にいて、この4人でやってないことなんて、セックスぐらいだものね」
彩音の言葉は、冷静でありながらも、幼馴染という枠に収まりきらない、彼らだけの特別な関係性を痛烈に示唆していた。その言葉の重みに、悠太は息を呑む。彩音はさらに、その言葉に続くかのように、諦めにも似た、しかし切実な想いを口にした。
「……このままなんの想いでもなく、バラバラになるのも嫌だからなあ」
彼女の言葉には、この特別な幼馴染の関係が、ただの過去になってしまうことへの深い寂しさと、最後の夏に、決して色褪せることのない、決定的な痕跡を残したいという願いが込められていた。彼女たちの求めるものが、単なる快楽ではなく、深い「繋がり」や「清算」であることを、悠太は理解し始めた。彼は、自分の快楽は二の次で、彼女たちを満足させることが、この状況で自分が果たすべき役割だと、強く心に刻んだ。
三者三様の言葉が重なり合った後、美咲は悠太の目を真っ直ぐに見つめ、その瞳に静かな覚悟と、かすかな優しさを宿して、小さく、しかしはっきりと告げた。
「悠太、がんばれ! ここで12年間分、お借りを清算しな」
その言葉は、悠太の心臓を直接掴むような衝撃だった。それは、彼の長年の秘めたる想いを、彼女がすべて知っていたことの証明であり、同時に、その想いに区切りをつけ、前へ進むことを促す、美咲なりの餞(はなむけ)だった。自分の快楽を後回しにし、彼女たちを最高の快感へと導くことが、悠太の唯一の使命となった。
3人の言葉が重なり合った瞬間、悠太の部屋は、これまでの「幼馴染が集まる勉強部屋」から、彼らがそれぞれの未来へと向かう前に、最も深く、そして最も親密な「思い出」を刻むための、特別な「密室」へと変貌する。部屋の温度が数度上がったような錯覚、張り詰めた沈黙の中に、それぞれの心臓の鼓動が、まるで部屋中に響き渡るかのように感じられた。
悠太がその場で立ち尽くす中、美咲はふわりと立ち上がると、悠太の隣を通り過ぎ、ベッドへと向かった。彼女は、ベッドの枕元の、いつもの定位置に、そっと三つの箱を置いた。それらはどれも手のひらに収まるほどの大きさで、規則正しく並べられた姿は、これから始まる何かの儀式を予感させる。悠太の視線が、美咲の指先が箱に触れるたびに、吸い寄せられるようにその動きを追った。
次の瞬間、美咲は唐突に悠太の背中に回り込み、そのまま腕の中に抱え込むようにして、彼を軽々とベッドへと放り投げた。悠太は短く呻き声を上げ、衝撃で一瞬息が詰まる。柔らかいマットレスが体を包み込み、そのまま体勢を立て直す間もなく、美咲の視線が、上から彼を射抜いた。彼女の表情は、どこか挑発的で、しかし揺るぎない決意に満ちていた。
「いてえなあ」
悠太は、ベッドに沈んだ体を起こそうとしながら、美咲を睨んだ。その声には、身体的な痛みと、この状況への戸惑い、そして不満が混じっていた。
美咲は、そんな悠太の視線を受け止めると、にやりと口の端を上げた。
「結局、あんたが12年もかけても、私ら3人から恋人を選ばなかったからこうなっているんでしょうが」
その言葉は、悠太の胸に深く突き刺さった。美咲の瞳は、彼の奥底に隠された弱さを見透かしているかのようだった。その瞬間、悠太は反論の言葉を見つけられず、ただ唇を噛み締めるしかなかった。美咲の言葉は、あまりにも的を射ていたからだ。莉子は困ったように眉を下げ、彩音は静かにそのやり取りを見守っていた。部屋に再び、重い沈黙が落ちる。しかし、それはもはや、ただの静寂ではなかった。これから始まる「思い出作り」への、確かな序章だった。悠太は、自分の身体が「道具」となることを受け入れ、彼女たちを「最高の快感」へと導くことに意識を集中していた。
美咲は、悠太の返事を待つこともなく、迷いなく動き出した。彼女は悠太のベッドサイドに膝をつくと、悠太のTシャツの裾を躊躇なく掴み、一気に引き剥がすように脱がせた。次に、彼のズボンとボクサーパンツにも手をかけ、荒々しく、しかし淀みない動作で下へと下ろしていく。悠太は抗う間もなく、慣れた手つきに身を任せるしかなかった。ひんやりとした空気が、露わになった肌を撫でる。
「美咲……っ!」
悠太の羞恥と困惑が混じった声が漏れたが、美咲は構わず、彼の身体を上から下まで、品定めするように見つめた。その視線は、彼がこれまで知っていた幼馴染のそれとは、全く異なっていた。
美咲の視線が、悠太の股間に向けられる。彼女は躊躇なく片手を伸ばし、悠太の陰茎を、まるでそこに存在を確かめるかのように、軽く指で挟み込んだ。その指先が、微かな熱を帯びた皮膚の上を、ゆっくりと、しかし確実に上下する。悠太の身体が、抗いがたい刺激に、びくりと震えた。
「ふうん……じゃあ、まず一つ目ね」
美咲はそう言うと、ベッドの枕元に置かれた三つの箱のうち、一番手前の箱に手を伸ばした。彼女が取り出したのは、薄い銀色のパッケージだった。美咲はそれを慣れた手つきで破ると、中から現れた透明なゴムの薄膜を、悠太の陰茎の先端に、丁寧に、しかし淀みなく広げていった。まるで、機械的な作業のように。その行為は、甘美であると同時に、どこか事務的で、悠太は自分の身体が、これから始まる「思い出作り」のための「道具」として扱われているような、奇妙な感覚に襲われた。美咲の指先が、最後にコンドームの根本をしっかりと抑える。その感触が、悠太の意識を現実へと引き戻した。
これから、本当に始まるのだ。
美咲は、コンドームを装着し終えた悠太を見下ろすと、満足げに小さく頷いた。彼女の唇の端には、薄い笑みが浮かんでいた。
「じゃあ、服を脱がせるところからね」
彼女の声は、まるでこれから始まるゲームのルールを告げるかのように、静かで、しかし有無を言わせぬ響きを持っていた。悠太の心臓が、ドクリと大きく脈打つ。それは、恐怖とも違う、得体の知れない興奮だった。彼の視線が、美咲の後ろに立つ莉子と彩音へと向けられる。二人もまた、先ほどまでの会話とは打って変わって、真剣な眼差しで悠太を見つめ返していた。莉子の頬は微かに紅潮し、彩音は眼鏡の奥の瞳を、揺れる炎のように輝かせている。
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