第2話

 乙姫の案内で、浦島は竜宮城ダンスホールへと移動した。広い板張りの空間に、巨大なガラスが据え付けられており海中が見渡せる。そこで彼はなぜかサイズぴったりのジャージを手渡され、それに着替えた。


「魚群集まれー、5列で並んでー」


 乙姫の合図に従い大量の魚が列をなす。赤、白、青のカラフルな魚たちが


「いったん現状確認ってことで、ダンス見てってよ」


「うむ、了解した」


 次に乙姫が指を弾くと、天井のスピーカーからけたたましい電子音が鳴り響き、魚がヒラヒラとダンスを始める。


 稽古中とは言ったものの、一糸乱れぬ動きはおよそ現実のものと思えない美しさだ。


 やがて曲は終盤へと差し掛かり、金目鯛がヒレを激しく左右に振り乱す。平目の薄い体がなめらかに上下に波打つ。


 食材が自らの食べ応えをアピールしているようにも映るダンスが終了すると、浦島は自然と手を打って賛辞を伝えたくなった。


「たかだか魚と思っていたが、こうして見ると壮観だな。それに踊りも美しい、これ以上何を訓練する必要があるんだ?」


 浦島の問いにピンクジャージの乙姫が答えて


「いや、全然じゃね? 平目の波打ちとかタイミング合ってなかったっしょ」


 浦島には平目の波打ちタイミングがわからぬ。しかし乙姫がわざわざ指摘するということは実際そうなのだろうと浦島は理解した。


「今の俺にはいまいち踊りの勘所がわからん。良ければ簡単に教えてくれないか」


 快諾した乙姫は、浦島に魚パラパラダンスの極意を手取り足取り叩き込む。


 踊るのは魚たちのため特に浦島の体に触れる必要はなかったが、乙姫は浦島の背面からそれはもうベタベタとボディタッチを繰り返した。


 乙姫は浦島を好いていた。海辺で助けられた亀は乙姫が異界に遣わした眷属であり、浦島が助けねば乙姫が直接少年たちを消し炭も残さず成敗するところであった。


 そんな浦島の心に、乙姫は惹かれたのだ。すぐにでも結婚したいというのが偽らざる気持である。しかし乙姫は聡明な女だった、いきなり婚姻を申し込めば浦島が面食らうだろうことは明白だ。


「腕を、こうして、背中を反らせたらいい感じ、こう、ぐーんと」


「こ、こうか……?」


 乙姫は段階を踏むことにした。ダンスの話は口実に過ぎず、実際は浦島の体に触れ、自らを意識させることにこそ目的があった。


「おい、む、胸が……」


 当たっているのではなく、当てている。豊満な乙姫の胸はきりりと引かれる弓の如く反り返っていた。


 しかしこの体勢はいかに身体能力に優れる乙姫と言えど苦しい。目を見開き歯を食いしばった姿はとても浦島には見せられぬものだった。


 さすがに自分でもどうかと思い浦島から離れる。


「ま、今のはストレッチみたいなもんで本番はこれからだから、覚悟してよね」


 乙姫は己の知りうるすべてのダンス知識を浦島へと叩き込んだ。


 

 練習へ熱中する二人。時は矢のように過ぎ去り、夕食を告げる館内チャイムが響く。


「うし、今日はここまでにしよっか。海ももうよく見えんし」


「ああ、とても新鮮な体験だった。明日からもよろしく頼む」


 すました顔を保っているが、浦島は疲労困憊であった。そもそも魚用のダンスを人間がお手本として踊るのはどういう理由があるのか、魚たちにスピーカーの音は伝わっているのか、疑問の尽きない頭の中にパラパラの基本や魚を躍らせる方法をぎゅうぎゅうに詰め込んだ。

 これほど真面目に勉強したのは遠き昔の大学受験以来だと浦島は懐かしむ。浦島は昔、センター試験足切りを恐れる少年であった。


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すりおろした異世界をほんのひとつまみ レモン塩 @lemonsalt417

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