四月 新たな日常、ふたりの距離

春の風が、街を優しく撫でるように吹き抜けていた。


白鳥美月は、志望していた経済学部に無事入学し、晴れて大学生活をスタートさせていた。

将来、歩の店で知識面から支えられるように──その想いを胸に、講義にも真剣に取り組んでいる。


「そっか、今日はマーケティングの講義だったんだ?」


「うん。歩さんのお店でも使えそうな話、いくつかメモしたんだ。後で見せてあげる」


「ありがとな、美月」


「えへへっ」


少しだけ恥ずかしそうに笑う彼女は、以前よりもさらにしっかりして見えた。


大学では新しい友達もでき、学食で他愛のないお喋りをしたり、時にはサークルの体験にも顔を出したりと、充実したキャンパスライフを送っている。


一方の歩はというと──


自身のカフェを一人で切り盛りする日々。

店の雰囲気やコーヒーの味がじわじわと口コミで広まり、最近では「イケメン店長がいるカフェ」としても密かに話題になっていた。


「わぁ〜、店長さん、今日も素敵ですねぇ♡」


「この前のラテアート、写真に撮ってインスタに上げたらめっちゃバズりました〜!」


「彼女とか、いらっしゃるんですかぁ?」


そんな女性客たちの声を、ある日、美月は店の奥からこっそり聞いていた。


──そして次の瞬間。


「……歩さん!」


「え、あ、美月? 今日来るって言ってたっけ?」


「言ってませんけど。来ちゃダメでした?」


「いや、全然そんなことないけど……」


美月は歩の横に立ち、じぃっと彼の顔を見つめた。


「さっき、あの人……“彼女いるんですか?”って聞いてましたよね?」


「え? ああ、うん、まぁ……」


「なんで“いる”って言わなかったんですか?」


「いや、だって……仕事中だったし、いちいちプライベートの話を……」


「……ふーん」


ふいに、美月はむすっとした顔で頬をふくらませる。


「……なんかムカつく」


「えっ、なんで!?」


「だって……他の人にちやほやされてるの、面白くないもん。……私、素直に妬いてるから」


ぽつりと呟くその言葉に、歩は驚きつつも、思わず頬を緩めた。


「そっか……なんか、ごめんな。でも……」


彼は微笑みながら、彼女の頭をぽんと優しく撫でた。


「俺の“彼女”は、美月だから」


「……っ!」


顔を真っ赤に染めて、うつむく美月。


「な、なんか……そう言われると照れる……」


「はは、ごめんごめん。でも、ありがとう。妬いてくれるの、ちょっと嬉しい」


「う、うるさい……もうっ」


顔を隠すように手で扇ぎながらも、美月の口元には自然と笑みが浮かんでいた。


そんな微笑ましいやり取りを、今日もカフェの隅でこっそり見ていた常連客が、くすっと笑ってつぶやいた。


「まったく、甘すぎてコーヒーが苦く感じるわね」


──春は、まだ始まったばかり。

二人の恋も、これからどんどん深まっていく。



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突然現れた美少女に告白された えいじ @EIJI121828

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