美月が現れた理由
場面はファミレスへと移った。
向かい合う二人の間には、まだ微妙な空気が漂っている。
歩は目線を外しながら、冷たい水を一口飲んだ。
美月は顔を赤らめ、スプーンをいじりながら下を向いている。
「……あ、そういえば自己紹介がまだだったね」
歩が静かに口を開いた。
「俺の名前は……時田歩」
顔を上げた美月が、少しだけ口元を緩めた。
「歩さん……ですね」
「う、うん。あのさ……ほんとに、何度も聞いて悪いんだけど……」
美月が少し顔を上げる。
「ユーチューバーとか、ドッキリとか……そういうのじゃ、ないんだよね?」
その瞬間、美月の眉がぴくりと動いた。
「だからっ! 違うって言ってるじゃないですかっ!」
テーブルに響く声。周りの客が一斉にこちらを見た。
「……あっ、ご、ごめんなさい……!」
顔を真っ赤にして俯く美月。
「いや、ごめん……俺の方こそ。何度も疑うようなこと言って……」
歩は頭を軽く下げ、苦笑いを浮かべた。
「白鳥さんの気持ちを……ちゃんと聞いてあげてなかったよね」
そう言った歩の声には、少しだけ後悔の色がにじんでいた。
美月は小さく首を振り、テーブルのコップを見つめながらぽつりとつぶやいた。
「……私みたいな子が、急にあんなこと言ったら、信じてもらえないのは分かってました。変な子だって思われるのも、ちょっと怖かったです」
「でも……それでも、ちゃんと伝えたかったんです。逃げたくなかったから」
その言葉に、歩の胸が少しだけ締めつけられる。
(なんだよ……こんな真剣な顔してさ。冗談なんかじゃないって、こんなに伝えてくれてんじゃん……)
「……ありがとう。正直、驚いたし……戸惑ったけど。でも、こうして話せて良かったと思ってる」
美月が顔を上げた。少しだけ潤んだ瞳が、歩の目をまっすぐに見つめていた。
「……本当に?」
「うん、本当に。少なくとも、もう“罰ゲーム”なんて疑ってないよ」
「ふふっ……それ、もう3回目ですよ?」
美月がようやく小さく笑った。
その笑顔に、歩も釣られるように頬を緩めた。
店内には静かなBGMが流れ、外の夜景が窓ガラスに映っている。
(なんだろうな……この空気。まだ緊張はしてるけど、さっきよりずっと落ち着いてる)
――そして、歩は少しだけ姿勢を正し、次の言葉を口にした。
「……あ、そうだ。手紙、ちゃんと読んだよ」
「……はい」
「その中に“前から見てた”って書いてあったけど……ごめん。俺、前に会った記憶が全然なくて。店に来てくれてたの?」
美月は、そっとため息をついた。
そして、少しだけ寂しそうに微笑む。
「……やっぱり、覚えてないんですね」
「え?」
歩が不思議そうに首をかしげる。
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