第142話 記憶の蓋が開く時


 シャルロッテさんとディートリンデさん、思ったより気さくで良い人だった。

 序盤の方は高位貴族らしいアハハウフフオホホで、余り親しくない人相手のテンプレート的な会話だった。

 しかしながら、私に社交の技術は皆無。

 頑張ってはみたのだが、お二人の狙いが……まるで読み取れなかった。てんでダメだった。なんにも分からん。私に社交は無理。駄目だこりゃ。

 と、思ったので、遠い目になりつつ会話を続けていたところ「女性同士ですし、なんでも話していただきたいわ」という「あなたが話して」のターンが到来。

 ……チラッ。

 バレないようにシャルロッテさんのお顔、と、胸元を見てから顔ごと下を向き、うん、もういいかなって感じで、正直なことを話した。

 多分だけど、私とシャルロッテさん、胸部パーツが同じくらいっぽいし。条件としてはあんまり違いがなさそう。

「ブラって、ギシギシ鳴りませんか?」

 質問した途端、シャルロッテさんはフリーズ。やらかしたか? そんなの私だけだったのか? ディートリンデさんは完全にポカンとしていた。ややヒェーとなっていたが、ひと呼吸置いてから、シャルロッテさんが手を伸ばして、私の手をガッシと握った。

「そうよね!?」

 そこから怒涛の女子トーク。下着については、シャルロッテさんはギシギシ鳴るけど、ディートリンデさんは思い当たるところがないとのこと。

 私とシャルロッテさんはその話を聞いてお互い「ウッ、やはりそうか……!」という顔になった。

 淑女は少食で細く軽く小さく可憐であるべし。

 細さと小柄さが正義。守ってあげたくなる系の儚げ美少女系が、貴族社会における女性の理想系。

 胸が大きいと男を誘惑してるとかナントカ。割りかし因縁付けられやすいため、そこそこの大きさの女性はある程度潰していたりするものなのだが……私やシャルロッテさんは無理。潰そうと思えば潰せるのだが、それはイコール、平たくすると呼吸が難しいくらいの締め付けとなるし、平さを捨てて苦しくない程度に留めるとシルエットがなんかこう、変な感じになる。率直に言うと、潰した分、その分の体積が上下左右に分散するため、胴体が太って見えるのだ。

 呼吸は苦しいわ体型は見苦しくなるわで良いことはないため、そうなると普通に潰さずブラとかビスチェとかで、堂々と胸張って生きていくしかないんだなコレが。

 まあ、私は背丈がデカい女だし、胸とかよりも黒髪黒目の喪服みたいな服が目立ちまくるため、どう足掻いても悪く言われるし、内容としても「デカ女」とか「魔力無しのカス」がメイン。評価など最初から底辺なのでそこまででもないのだが……シャルロッテさんは、身分が高いし王太子妃に内定してるしで、そこは私よりずっと大変だろう。ひとつでもミスったら、いちいち胸のことに付いて周囲から言われそうだ。胸の大きい女は馬鹿だ的な、謎の言い掛かりもこの世にはあるので。

 怖くて聞いてみたことはないけれど、アルバン、私の胸が可憐じゃなくても、嫌じゃないのだろうか?

 少なくとも話を聞く限り、アレクサンダー殿下はシャルロッテさんに堂々とセクハラかましているので、気にしていないっぽい。なんなら、大きな胸が好きっぽい。

 アルバンは黒髪フェチというコア過ぎる性癖だが、それよりはまだマシとはいえ、胸のサイズに関しても趣味がマイナーとかあったりしないかな? そうであって欲しい。

「ディートリンデさんはどこからも文句の付けようがない可憐なご令嬢でしょう? 私、それが羨ましくって。ディートリンデさんみたいな容姿に生まれたかったわ」

「私もです。ディートリンデさんは伝説にある泉の乙女のようですから」

「理想的な淑女の姿よね。私、気が強い上に、顔立ちも……きつく見えるでしょう? 生意気だって言われることが多いのよね」

「シャルロッテさんは鮮やかな髪でいらっしゃいますから……火属性の方はどうしても、勝ち気に見られてしまいがちですものね」

「それは……シャルロッテさんを悪く言いたい方が、強引に言い掛りを付けているだけだと思います。他に言い掛かりを付けられそうな要素がない程だからではないでしょうか? 赤薔薇姫、と呼ばれているくらいですし」

 アルバンからの受け売り。

 悪口を言っていても、渾名から「姫」を外されないということは、容姿に関しては否定できる要素がほぼないと同義である説。

 結婚直後に言われたが、当時は信じていなかったのだけど、最近の私は日々アルバンに「好きだ綺麗だね愛してる大好きだよ」を浴びせられたことにより、調子に乗って良い気になっているため「私の見た目、自分で思ってるより悪くないのかも!」と柄にもなく浮かれて前向きになっている。

 ので、アルバンがこう言ってたので間違いないですよ、きっと! と主張させて頂く。

「そう、アルバンが……そんなことを言ったのね。ツェツィーリアさんは確かに……私もそうなのかしら?」

「シャルロッテさんがそんなに悩む必要はないです。社交界の赤い薔薇と讃えられる方ですから」

「ツェツィーリアさんはアルバンと本当に仲が良いのね。よかったわ。私たち五人は幼い頃から一緒にいる時間がよくあったし、フリートホーフに行く前のアルバンは酷い状態だったの。見ていられなかったくらい」

「お話だけは伺っております」

 どうも、シャルロッテさんは幼馴染としてアルバンのことを心から心配してくれていたっぽいな。

 控えめで大人しいディートリンデさんも隣で頷いているあたり、本当にボロボロだったのだろう。

 どうでもいいけど、王宮の今日のお菓子……凄い美味いな? なんだコレ。紅茶入りのチョコクッキーの間にホワイトチョコが挟まってると思ったら、そのチョコの中に甘く煮たレモンピール入ってる。ストレートティーによく合うな?

「それは、アルバンから直接?」

「はい。全てではありませんが、折に触れて」

「よかった……心配していたの。その、お金と身分にあかして、ツェツィーリアさんと強引に結婚したと聞いていたから。ツェツィーリアさんがきちんと、アルバンと向き合って、理解してくれる方で本当によかった……」

 既に、シャルロッテさんから公爵令嬢としての仮面が消え去っている。家族や、身内を案じる人、幸せを願う人の態度や表情、それに発言。

 仲良いのかな?

 良いんだろうな。

「うふふ。今だから言えるけれど、私の初恋はアルバンなの」

「えっ!?」

 思わず声を上げてしまったが、私が驚くのと同時に、ディートリンデさんまで驚いている。知らなかったのだろう。これまで誰にも言わなかったのかも知れない。

「昔の話よ。子供の頃のアレクは乱暴で無神経で、これでもかってぐらいヤンチャな男の子だったから、物静かで寡黙なアルバンが素敵に見えたの。大人っぽかったし。アレクが私に魔法で仕留めた鳥をくれたことがあったのだけれど、私、子供だったし、驚いて泣いてしまって……アレクはそんな私を喜ばせようとして、花を摘みに行ったのだけど、気が回らないから、その間、私のことは放置よ! 放置! 信じられる!?」

「そういえば、ございましたね、そんなことも……」

「ディートリンデさんは子供の頃から落ち着いていて、そんな場面でも取り乱したりしなかったですけれど、私はしょっちゅう、アレクと喧嘩して泣いていて。そんな時、鳥の死骸を見えないところに持って行ってくれたり、女官を呼んだりしてくれるのはいっつもアルバンだったのよね」

「それに関しましては……アロイスもアレクサンダー殿下の共犯なので、申し訳ない限りですが、昔から、アルバン卿はずっとそういう役回りでしたわね」

 私の知らない話。

 私がいない時間の話。

 シャルロッテさんは美しい。ルビーのような深い真紅の艶々の髪。勝ち気に見える瞳もキラキラ、宝石みたいだ。肌はミルクみたいに白いし、声も女性らしい。凛としてはいるけれど可愛らしさもあって、身長だって、きっと150センチとかそのくらいだろう。社交に長けていて、王宮で教育を受けて、未来の王太子妃として申し分ないと太鼓判を押されている。

 みそっかすの私では足元にも及ばない。

 こんな方がアルバンを好きだったんだ……。

 私と全然違う。

 シャルロッテ様がアルバンと結婚する未来もあったのかも。

 サーっと血の気が引いてしまった。

「あっ、子供の頃の話よ! ツェツィーリアさん、ごめんなさい! アルバンとは本当に何もないわ! 今は、そう、アレクのことが好きよ。だから安心して頂戴!」

「ぁ、え、そ、そのっ……すみ、すみません……!」

「安心して、ツェツィーリアさん。アルバンは子供の頃から、ずっと一人だけのことが好きよ。それが誰なのか、私たちも知らなかったの。アレクだけは知っていたみたいだけど」

「ぁ、そ、そうなんですね。失礼しました」

 怖かった。相手がシャルロッテさんだと勝てっこないと思って、急激に怖くなってしまった。でも、シャルロッテさんはアレクサンダー殿下がお好きとのことだし、大丈夫そうでよかった!

 けれど、

「だから、それがツェツィーリアさんだって知って……とても納得したの。貴女は昔から勇敢な淑女だったし」

「勇敢……?」

「ええ。その、表向きには“なかったこと”になっているけれど、私たちの世代の令嬢とその親はみんな知っていることですし、隠さずに話します。改めて……ずっと言えなかったことだけれど、ツェツィーリア・グリンマー子爵令嬢、貴女の勇気と誠意に、心から感謝申し上げます。お陰で、私は王太子アレクサンダーの婚約者になれました」

「私からも、お礼を言わせてください。ツェツィーリア・グリンマー子爵令嬢。あなたのお陰で、何人の令嬢の名誉が守られたことか、他の方々に代わってお礼を申し上げます」

 席からわざわざお二人が立ち上がって、深い深い、心からの感謝の言葉とカーテシー。

 公爵令嬢が頭を下げるなど尋常ではないことだし、わざわざ私をグリンマー子爵令嬢と呼んだ?

 な、なんで?

「えっ、ど、どういうことでしょうか……?」

 本気でわからない。

 シャルロッテさんやディートリンデさんのことは、子供の頃から目にしていたが、会話したことはない。一度もない。

 記憶を辿るも、全く思い当たることがない。

 どうしよう。

「いいのよ。この場には誰も居ないから。あの時に各家の協定として、事件は無かったことにすると定められた。誰も貴女にお礼を言ってはいけない。全て忘れて生活をしなくてはならない。でも、その名誉を、なかったことにはできません」

 なんにもわかんないまま話が続いてしまう。

 えーと、どうしよう。思い出さないと。

 なんか重大なことがあったっぽいけど、キレイさっぱり覚えてないってことはこれ多分だけど、私に自我が無かった頃の話だな?

 何をしたんだ昔の私!?

「あの時、あの場には令嬢しか居なかった。安全が確保されていた筈のガーデンパーティーで……私もあの場に居たの。剣を持った男が入ってきて、私も怖くて気絶してしまった。でも、あなたは意識を失わなかった」

「私はその場に居ませんでした。あの時は、休憩のために屋内に入っておりましたので……報せを受けて、すぐにアレクサンダー殿下とアロイス、アルバン卿が向かいました。そこで、ツェツィーリア様が男と対峙している場面に遭遇したと伺っております」

「貴女が意識を保ったままあの場所に居なかったら、あの20分間、あの場に居た貴族令嬢三十四名の名誉が失われることになっていました。もしそうなっていたら……私はアレクサンダーとは婚約破棄になっていたでしょう。実際に医師による診断が行われたところで同じことでした。疑惑は払拭出来ません」

「その点に関しては、参加した令嬢全てに言えることですわ。私も、間接的にですが助けられた一人です。ツェツィーリア様、どうか謝辞をお受け取りになって下さいまし」

 ぐるぐる脳をフル回転。

 どうしようこれ、私が七歳とかの時の話とかだったら終わるぞ?

 と、思っていたのだけど、なんか、死ぬ気で頑張ってたら朧げにだけど、思い出してきた……!

 言葉は覚えてない。映像だけ。断片的でコマ切れだけど。

 緑の芝生。木陰。木漏れ日。ボロ布のような、黄ばんだ服の男。手にナイフ。ボサボサの頭。不精髭で。猫背。倒れてる。色とりどりのドレス、小さい人たち。子供がたくさん倒れている。隙間を縫うようにして男が。白いテーブルクロス。料理。ローストビーフの塊。添えられた紫玉葱。黒いレースの手袋をした小さい手が皿を握っている。私の手。もう一度、司会が変わる。男が誰かの腕を掴んでる。人形。違う。知らない誰かだ。小さな女の子。令嬢。すぐ近くに、肉の塊を切り分けるための、シェフが使うための、細長いナイフが、あってーー。

 あっ。

 思い出した。

「私、あの時、料理を、ローストビーフを切り分けるための、ナイフを、握った……。」

 独り言でしかなかった。

 思い出した。まだ朧げだし、これ以上思い出せる気もしないけれど、確かに、やった。令嬢が沢山居る場所で、私は並んで、肉を貰おうとしていて。でも、切り分けるための使用人か料理人が、腰を抜かして、テーブルの向こうに倒れてしまって、お肉が貰えなかった。振り向いたら男が居て、令嬢たちが気絶して倒れていて、それで、それで、私はーー。

「ツェツィーリア様、まさか、本当に……覚えていらっしゃらないのですか……?」

 ディートリンデさんが気遣うように尋ねた。

 シャルロッテさんが息を呑む。

 あっ、違うんです違うんです。トラウマなせいで記憶を封印したとかではなく、当時私に自我がほぼ無かったせいなんです!

 でもギリギリ思い出せたお陰で大体いつだったのかは絞り込めたぜ……!

 記憶の隅っこに引っ掛かっていて、自我が発生する直前ということはつまり、高確率で私が十歳前後の時と断定して良い筈。

「ごめんなさい。思い出させてしまって」

「いえ、普通は覚えていないなんて思いませんよね」

「ツェツィーリアさんは寛容なのね」

「……。」

 違います自我の発生が遅くて、かつ色々と大雑把で図太いだけです。

「このチョコレートサンドクッキー、とてよ美味しいですね」

「ええ。今、王都で流行っているの。ディートリンデさんの持ち寄りよ」

「そうなのですね」

 ええい、困った時には食い物の話に限るぜ!

 世界で一番平和な話題だ。大体菓子の話さえしときゃ時間が溶けるって、知ってる。カード大会でもそんな感じだった。

 強引な話題の転換にもお二人は怒らず、次々と王都で流行っている美味しい食べ物やそれを売っているお店のことを教えてくれたので、大変有意義な時間だった……。

 結局、お二人の意図は分からなかったけど、案外、これから白銀の妻仲間としてよろしくね、程度のことだったのかも知れない。何にせよ無事に終わって良かった良かった。

 あっ、そうだ、アルバンにも情報共有しようっと。

 甘いもの好きだから、きっと喜んでくれる筈。フリートホーフに帰る前に、幾つかお土産買って行きたいなぁ。


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