第16話

畑の拡張が進むにつれて、新たな課題が浮上してきた。それは、農具の不足と劣化だ。これまでは簡易加工で作った木製の道具や、ボロボロの古い道具をだましだまし使ってきた。しかし、広くなった畑で効率的に作業するには、もっと丈夫で、使いやすい農具が必要だ。特に、硬い土を耕すための鋤や、収穫用の鎌は消耗が激しかった。


ある日、村を訪れた商人との取引の最中、俺は思い切って尋ねてみた。


「すまないが、君の知っている範囲で、このあたりに腕のいい鍛冶屋はいないか?」


商人は、俺の問いに少し驚いた顔をした。これまで、この村の住民が鍛冶屋に用があることなどなかったのだろう。


「鍛冶屋でございますか……。この村から南へ、馬車で半日ほどの町に、腕は確かだが、少々気難しい老鍛冶がいると聞いておりますが」


俺はすぐにその鍛冶屋に会うことを決めた。多少気難しくても、腕が確かなら問題ない。商人に詳しい道順を聞き、準備を始めた。ミリアや他の娘たちは、俺が村を離れることに不安そうな顔をしていたが、新しい農具の必要性を説明すると、皆、納得してくれた。



翌日、俺は最小限の荷物と、いくつかの貴重なイモヅルの燻製を持って、鍛冶屋がいるという町へと出発した。この世界で一人で村を出るのは初めてのことだ。道中、鑑定スキルで周辺の安全を確認しながら、ひたすら道を歩き続けた。


半日ほど歩き続け、ようやく町の入り口が見えてきた。町は村よりも活気があり、石造りの建物が並んでいた。鍛冶屋の場所を尋ね、目的の場所へと向かう。


鍛冶屋は、町の外れにある、煤けた大きな建物だった。中からは、鉄を打つ音が響いている。扉を開けると、熱気と煙が立ち込め、汗だくの老人が黙々と鉄を叩いていた。その腕は太く、長年の鍛冶仕事で培われたであろう筋肉が隆起している。


「あの、すみません。鍛冶屋さんですか?」


俺が声をかけると、老人は手を止め、ギロリとこちらを睨んだ。その眼光は鋭く、噂通りの気難しさが伺える。


「なんだ、小僧。何の用だ」

「村で農業をしている者です。ぜひ、あなたに農具を作っていただきたくて」


俺がそう言うと、老鍛冶は鼻で笑った。


「こんなひなびた村の農具など、安物しか作れんわ。帰れ帰れ」


やはり一筋縄ではいかない。俺はめげずに続けた。


「どうか、一度これを見てください」


俺は持ってきたイモヅルの燻製を取り出し、老鍛冶の前に置いた。老鍛冶は、その燻製を見ると、怪訝な顔をした。


「これは……見たことのない匂いだな」

「ええ。私たちの村で収穫したものです。これを売って、良い農具を作っていただければ、村の皆の生活がもっと豊かになります」


俺は誠意を込めてそう伝えた。老鍛冶は燻製肉を手に取り、匂いを嗅ぎ、そして一口食べた。すると、その顔に驚きの表情が浮かんだ。


「これは……美味いな。こんな肉は初めてだ」


俺は、すかさず持ってきたいくつかの農具の設計図(簡易加工で頭に浮かんだ理想の農具の形)を広げ、鑑定スキルで説明した。


「私たちは、効率よく作業できる丈夫な鋤と、切れ味の良い鎌が欲しいのです。この図面にあるように、刃先をこう加工すれば、土への食い込みが良くなります。そして、持ち手はこう……」


俺の具体的な説明と、鑑定スキルで得た素材の知識、そして何よりも俺の熱意に、老鍛冶の表情が少しずつ変わっていく。


「ふむ……この設計、素人の考えとは思えんな。それに、この肉の味……。分かった。作ってやろう。ただし、材料費はきっちりもらうぞ」


老鍛冶が、不器用な笑みを浮かべて言った。


俺は安堵のため息を漏らした。商談成立だ。


数日後、俺は老鍛冶が作った新しい農具を持って村へと戻った。それは、これまでのものとは比べ物にならないほど頑丈で、使いやすいものだった。


新しい農具を手にした村の娘たちは、皆、目を輝かせ、すぐに畑へと向かった。その日から、農作業の効率は格段に上がり、土を耕す音も、以前より力強く響くようになった。

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