【シェンとハンサ】

「ふふ、私もデートしたくなっちゃった。」



騙しが成功し、にこにこ顔のシルビア。

デートがしたくなり、想い人であるシャスタに会いたくなった。


だが、彼は今ここには居ない。

シヴァに呼ばれ、自宅の方に行っている。



「師範、この技の型なんですが……」



「あ、うん。ごめんね、ちょっと待ってくれる?」



今は隊員達の指導中。

だが会いたい衝動を抑えられず、せめて声だけでもとコムリンクのスイッチを押した。



〔はい、〕



「あ、シャスタ?ごめんね、声が聞きたくなって」



〔すみません!今それどころじゃなくて!あの、後でこちらから連絡します!〕



「え?あ、シャスタ?」



既に交信は途絶えていた。

その慌て振りに首を傾げるシルビア。


シヴァが問題でも起こしたのだろうか……。



「あ、ごめんね。えーと、どの型?」



じーっと待っていた隊員に気づき、気になりながらも指導に戻る。


しばらく指導を続けていると、シェンがひょっこり顔を出した。

その表情はとてつもなく暗かった。



「シェンさん?どうかしたの?」



首を傾げて尋ねるシルビア。

何があったのか、シェンは無言のまま辛そうにしている。



「シルビア……」



ようやく重い口を開いたシェンだったが、シルビアはその言葉に耳を疑った。



「え……?今……何て……?」



「ですから……ハンサが危篤で……。最期にシルビアに会いたいと……」



ハンサが危篤?

まさかそんな。


あれ?もしかしてエイプリルフールの……?


あり得ない。

いくらエイプリルフールでも、危篤などとそんな嘘をつくはずがない。


しかもそう言っているのはシェンなのだ。

創造神であるシェンがそんな嘘をつくはずがない。


だとしたらハンサは本当に危篤で──



「す、すぐ行くわ!シェンさん、早く案内して!」



頷いたシェンがシルビアの手を取り、天界へと移動した。



「ハンサはあそこに……。あの部屋に居ますから、会ってやって下さい……。」



頷き、その部屋へと向かう。

向かいながら、ハンサとの出会いを思い返していた。



子犬の姿で現れたハンサ。

彼を通してシャスタと出会い、天涯孤独の身から救われた。


ハンサが居なければ、今のこの幸せは無く──感謝してもしきれない。


そのハンサの命が尽きようとしている。

この扉の向こうで、自分を待っている。


零れる涙を拭い、笑顔で見送らなければと、笑顔を作って扉を開けた。



〈あれ?シルビア?何でここに?〉



〈キャーッ、女神シルビアよ!嘘みたい!〉



〈うわっ、俺、初めて見た!〉



そんな声を聞きながら、部屋の中の光景に唖然とした。


ずらりと並ぶ神獣達。

列をなす彼らの先頭にはハンサが居る。



〈みんな!お喋りは後だよ!はい、君はこのペアの担当ね。〉



〈えー、また同性のペア?〉



〈文句は神様に言ってよね。はい、次!〉



何やら任務を振り分けているハンサ。

テキパキと、神獣達に指示を出していた。



〈女神シルビア、お会いできて光景です。〉



任務を請け負った神獣達が、シルビアに挨拶をして部屋から出て行く。


唖然としたまま、生返事を返しながら、彼女の視線はハンサを捉えたまま……。


すべての神獣が出て行き、ハンサだけが残ったところでハッとした。



「何これ!どういう事!?」



〈何って、神様のミスの尻拭い?〉



きょとんとして答えるハンサ。



「じゃなくて!ハンサが危篤だからってシェンさんが!」



〈え?僕が危篤?一体何の話?〉



首を傾げるハンサを見て、訳が分からないと叫ぶシルビア。

そんな彼女の耳に、クスクスと笑う声が聞こえて来た。



「シェンさん!?一体どういう事!?」



笑っているシェンに、掴みかかる勢いで詰め寄るシルビア。

その反応に大満足そうなシェンが口を開く。



「エイプリルフール!」



その台詞に目を見開いた。

あまりの衝撃に、ふるふると震えている。



「あれ?もしかして知りませんでした?今日が4月1日だって事……。」



その反応に首を傾げるシェン。

アメリカにもエイプリルフールの慣わしがあるのにと、不思議そうな顔をしていた。



「な……何がエイプリルフールよ……。」



「え?あれ?アメリカにも有りますよね、エイプリルフール……。」



あまりの反応に、頬を掻いて苦笑する。



「あるわよ!あるけど!この嘘はあり得ない!危篤だとかそんな嘘、あり得ないでしょ!?」



「え、どうして怒るんです?エイプリルフールなんですから、笑ってお終いでしょう?」



「ついて良い嘘と悪い嘘があるでしょ!?創造神なのにそんな事も分からない訳!?」



それでもきょとん顔のシェンを見て、呆れてため息をつくシルビア。



〈シルビア?エイプリルフールは何でもありなんだよ?もしかしてアメリカは違うの?〉



見かねたハンサにそう言われ、違うと答えながらもため息が出た。



「神の世界ってほんと非常識よね。あり得なさ過ぎだわ。」



「え、これ、インドでは普通なんですが……。」



慣わしに従ってついた嘘なのにと、シェンが戸惑っていた。



「何それ。インドってそんな嘘も許される訳?」



「まあ、そうですね。どんな嘘でも許されるのがエイプリルフールですから。」



アメリカでは考えられない嘘。

それが平然と行われるインド。


天界に劣らず、インドも不思議な国だと改めて思うシルビア。



「はぁ、疲れた……。ハンサが元気ならもう良いわ。帰る……。」



げんなりしながら下界へと降りる。

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