動画は呪いの元

縁章次郎

動画は呪いの元

「これ……」

 パソコンを弄っていた青年は、おすすめで現れた動画に思わず手を止めた。

 毎回思うけれど、おすすめに話した事はあるが調べた事はないジャンルが出てくる事があるのだけれど、どう言うシステムで出てくるのだろうか、と青年は首を傾げる。マイクあるいはカメラが拾っているのだろうか。だとしたら、日常生活が困るのだけれど、とも思う。

「『田神たのかみ様の呪いを受けてしまいました』ね」

 画面には三十代後半か四十代ほどの見た目の女性が座ってこちらを向いている動画のサムネ。タイトルには、『田神様の呪いを受けてしまいました』の文字。ご丁寧に、サムネにも白抜きの黒縁で同様の文字が書かれている。

 サムネ全体は白黒で、ざらざらとしたエフェクトまで掛かっていた。投稿日は一日前。

 普段の青年であればけして覗かない動画だったけれど、女性が近所の人間によく似ていたのと、何よりも『田神様』の文字でまんまと釣られて開いてしまう。

 

 最初は真っ暗な場面、そうして白抜きの文字が出る。タイトルだ。サムネで使っていた文字と同じ形のフォントが浮かび、消えていく。音楽、というか効果音は、映写機のフィルム音だった。よく動画に使われているフリーの音源だ。

 ゆっくりと黒い画面から移り変わり、フィードインしてきたのはサムネの女性だ。正座して、少し離れた場所でカメラの中央に写っている。画角の感じで言えば、ドキュメンタリーの画角だろうか。少し遠いけれど、ドキュメンタリーでインタビューを受ける人の画角に似ていた。

 女性は、軽く両手を前へと上げて、広げる。講習に熱が入った教師のような動きは、けれど何の講習も受けていない身からすれば、変な格好だ。これから演技をします、と言うような変な熱の入り方を感じる。

 女性はあからさまに暗い顔をした。眉を顰めて、目線を下げて、そうして口を重苦しく引き結ぶ。その表情からは、やはり演技がかったものを感じて、青年は胡乱げに向けた。碌でもなさそうだと言うのを既にひしひしと感じている。

 あからさまな沈痛な面持ちの女性の姿が数秒続いて、ついには目を開き、女性の目がカメラを見た。そうして口を開く。


『田神様の呪いを受けてしまいました』

 滑舌はそれほど良いわけではなくて、声も棒読み気味だ。一度動画を止めて、女性の他の投稿を覗いてみれば、ガーデニングの動画が二本とネズミ講らしき動画が三本、そうして稼げる副業の文字が入った動画が三本上がっている。最初から分かってはいたが、タチの良い分類ではなさそうだ。

 また戻って、再び動画を再生した。

『私は、田神様の封印を行った家の末裔です』

 再生してすぐ、青年は思わず動画を止めてしまった。女性の言葉に変な羞恥心を感じて、首の後ろを掻く。見ていられない、それが率直な感想だった。

 閉じてしまおうか。早くも後悔が押し寄せてくるが、中途半端に見たこともあって、先が気になる気持ちもある。結末がどうなるか、きっとどうしようもなくくだらないとは分かっている。分かっているのだけれど、見なかったら見なかったですっきりしないような気がして、青年は再生ボタンを押した。



 まず私の家についてお伝えします。私の家は代々、田神様と言う田んぼの神様を封印してきました。だから私もとても霊感が強いのです。私はよく金縛りに合うのですが、あれはご先祖様が私に危険を知らせてくれているのです。皆さんの危険も教えてくれます。ご近所の奥さんもそれで私が助けたことがあります。癌だったんです。私が言ったら病院に行かれて、とても感謝されました。


 私は天涯孤独の身です。父や母を幼い時に亡くし、生き別れた兄弟も、私が受けた呪いによって失いました。今では、一族は私しか残っていません。頼りにしていたおじさんも、先日亡くなってしまいました。


 田神様はある日、封印を解きました。何故封印が解けたのか今でも分かりません。本当に突然、解けたんです。私も戦いましたが、封印は解け、私は呪いを受けました。

 田んぼの神様だとお伝えしましたよね。私の住む場所の田んぼには、昔生贄が捧げられていたのです。それを食べていた神様が田神様です。私のご先祖様は、田神様を封印し、私もそれを守ってきました、でも駄目でした。

 

 私はこの呪いを解く方法を探しています。この動画を撮ったのも、そのためです。どうか皆様のお力を貸してください。

 呪いを解くのにも、きっとお金がかかると思います。なので、私は私の力を使って皆様を助け、その見返りにお金をいただきたいと思っています。

 私のご先祖さまの予言を聞きたい方、どうかご連絡下さい。待っております。

 私はきっとこの呪いを打ち消し、田神様を再び封印して見せます。



 画面は再び暗くなり、女性の最後の言葉とSNSのアカウントなのだろうURLが浮かびあがり、それが数秒続いて幕を下ろした。

 

 視聴した結果、女性は近所の当人で間違いがなさそうだった。

 青年は淀みを吐き出すが如く大きく息を吐き出した。溜め息でもある。

 動画自体はそれほど長くはなかった。五分弱の動画だ。だが視聴してどっと疲れた、と青年は頭を掻いた。やっぱり見なけりゃ良かった、なんて後悔が募るが、見たのは青年自身の決断の結果だ。自己責任である。

「すごいなこれ」

 最終的な目的、金儲けがあけすけに見えている。

 半笑いで、青年は視聴履歴を消した。履歴の中にさえ痕跡が残って欲しくなかったので。

 

 女性の動画は殆ど嘘で固められていた。

 彼女に霊感なんてない。これは言い切ってしまえる。金縛りは知らないが、仮に金縛りが起こっていたって、ご先祖が危険を知らせているわけではないだろう。彼女が霊感があってご先祖に危険を知らせて貰っているのであれば、こんな動画なんて作らない。

 癌の話とて、ご近所の殆ど全ての奥さんに癌だ癌だ、と言い続けて怪しい薬を買わせようとした結果、たまたま一人、癌の人が居ただけの話だ。それも人間ドックで見つけたものである。当然、当奥さんは別に感謝はしていない。

 その上彼女は天涯孤独でもない。ご両親どころか祖父も生きているし、ご兄弟も遠方に住んでいるのだとご両親から聞いたことがある。おじさんの生死は分からないが、少なくとも呪いなどで死んだわけではないだろう。

 そうして最も青年にとって許し難い嘘は、田神様は呪いと封印のくだりだ。かの神様は呪いを振り撒くことはない。与える神だ。献身的なまでに与える神なのだかの神様は。そうして封印などされていない。ずっと、ずっと、田神様はこの地にいる。この地にいて敬われ、祀られている。

 田神様の話は全て、どこからか聞き齧った話を元に作り上げたのだろうことが伺えた。


 だが、全部が全部、嘘だったわけでもない。知ってか、知らぬか、おそらく後者だろうが、彼女が真実を言っていたのは二つ。

 一つ。田神様が田んぼの神様だと言うこと。

 厳密に言えば、泥の神様だ。泥の神様は田に入り、田を守り、豊作を与えて下さっている。

 一つ。田んぼに生贄が捧げられていたと言うこと。

 腹いっぱい白米を食べた人間を人柱として、この地の人間は田に沈めていた。人が沈んだ田は、よく米が取れた。稲穂が地に付かんばかりに重くなった。だから、人柱を沈める。村の人間が飢えぬように、一年に一度、沈めるのだ。

 それは田神様への感謝の意もあった。田神様は人を喰う神様だった。昔々の話だ。けれども村を庇護下に置いた時、田神様は人を食わなくなった。食えなくなったのではない、食わなくなったのだ。庇護下に村の人間を置いたから、その子らを食わなくなった。そうして田神様はこの地に留まって、皆が飢えぬように力をお貸しくださっている。

 だが、それは言葉を返せば田神様が飢えていると言う事だ。地からは離れない。人は一人も食わない。田神様は自らが飢えると言うのに、留まり続けて下さっている。そうして与え続けてくださっている。

 だから、一年に一度、捧げるのだ。田神様が飢えぬように、感謝を持って、人間を。


「彼女はよく食っていそうだな」

 彼女の身体は肥えていた。元々骨太と言うのもあるだろう。それに近所ですれ違った時、彼女はよく何かを口にしていた。普段からよく食べるのだろう。

 できれば米をたくさん食べていてほしいが、別に腹いっぱい食べているのであれば、どんな食事でも構わない。稲穂の、そうして田神様の食い扶持になってくれるのであれば、それで良い。

「少々悪食だけれど、我慢して頂こう」

 現に一昨年は生贄の成り手がおらずに、田んぼを荒らした人間を沈めたのだ。田神様への感謝、と言う点では少し失礼な気がするが、田神様が飢えるよりずっと良い。


 呪われている。彼女はそう訴えかけた。自分は呪われた。ああ、確かに呪われただろう。田神様にではない。かの神を信仰する人間に。例えば、そう青年とかに。


 青年はスマホを取り出すと少しの間操作してから電話を掛ける。電話先は、同胞だ。

「もしもし、見てもらいたい動画があるんだけど。そう。URLを送ったから。うん、それで、その動画消しておいて。うん、それでね。今年の生贄決まったよ」

 嬉々とした声が電話口から聞こえてきて、青年も微笑んだ。

 


 夕暮れ。サイレンで行方不明者捜索のアナウンスが流れた。青年が動画を見つけてから三日後の事だった。

『市内の女性が行方不明となっています。四十代女性、体格はーー』

 それは女性の最期の姿と一致している。

「見つからないだろうな」

 青年の家を訪ねていた同胞が言う。

「そうだろうね」

 青年も頷いた。

「あれはもう深い泥の中だ」


 未だ稲のない田の中、その泥の中、深く深く女は沈んでいる。今年もまた、稲穂の首は大きく垂れるだろう。

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