【黎明騎士団】

宇短 なぎ

プロローグ

カンッ!!カンッ!!という敵襲を告げる鐘の音が、家々が焼け焦げ人々は我先にと逃げ惑う阿鼻叫喚の村に響き渡る。


「逃げろ!!!逃げろぉお!!【現夢げんむ】が出たぞォォォォォオ!!」


「騎士団はまだか!?!?救難信号は!!」


「もうとっくに出した!!」


「邪魔だ!!どけッ!!!!」


 逃げ惑う人々の声が''彼''の鼓膜を揺らし、あたりに溢れる硝煙の匂いが、絶望の色をより深くする。


 人々は皆、自らの危険を感じた時にこそ本性を顕にする。


 もはや仲の良かった隣人、親戚、友人すら彼らに見向きもしない。


「ヒッ……」


 彼のすぐ隣から発せられた、この村の村長娘の声にならないような声。


 絶望がより濃く、より深く澱んでいく──。


 そんなまさに地獄と呼べるような場に、その声の主である''少女''と''彼''だけが村の中に取り残されていた。




 目の前に迫る巨大な異形の存在【現夢げんむ】を前に''彼''は理解する──。



 過酷なこの世界において、幸せなど偶像に過ぎないと。


 隣で震える少女に彼は何も言えない、恐怖で声が出ないからだ。


 ただ、少女と手を結びこれから訪れるであろう最期を待つだけ。



 ──なんてことはない、この世界ではよくある話。




[あぁ、僕はなぜこうも非力なんだ……。

──この手に力が……、力さえあれば……!!]


 後悔や苦悩、そして眼前の異形の存在に対しての怒りと恐怖が、まだ幼い彼の心を塗りつぶし、ただ力という漠然としたナニカを求める。


 ──が、全てが遅かった。


 憎しみに、怒りにどれだけ眼を光らせようが、恐怖に身を震わせようが、非力であり、まだ何も知らぬ彼にできることは何もない。


 一秒、また一秒と世界が時を刻む度に、彼ら二人の握る手はより強くなる。


 それは同じく時を刻む度に迫り来る死から、目を逸らすように…。

 彼ら二人はそっとその瞳を閉じる。


 生にしがみつくように、彼らは走馬灯を見る──。



 ──しかし彼らの命の灯火が消えるのは今日ではなかったようだ。



「これはこれは、驚きましたね。【現夢げんむ】の発生報告を聞いてここまで来ましたが、まさかこんな子供が逃げ遅れていたなんて……」


 死の代わりに届いたそんな言葉。


 その、本来ありえるはずのない人の声に、彼らは少しの希望を抱き、先ほどまで強く瞑っていた目を恐る恐る開けていく。



「──副隊長!!周辺一帯を探しましたが、他に【現夢げんむ】及び【魔物】の反応は全くありませんでした!!」


「そうですか……」


「それで……、この子供は…?」


 剣を納刀していく黒髪の青年と……。


 その青年と会話をする、 20代後半と思われる無精髭の生えた男が、真っ暗だった彼らの視界に映っていく。


 いや、それだけではない。


 青年らの後ろには、先ほどまで恐怖の象徴として存在していた【現夢げんむ】が、まるで『夢』だったとでも言うように、黒い霧となって霧散していた。


 彼の手を握っていた少女の力が、徐々に弱まっていく。


 ──その所々に銀の装飾が施された、軍服に似た服装。


 襟にある六つの翼が円を描くようにしてあるバッチ。


 何より先ほどまで圧倒的な存在感を放っていた異形の存在【現夢げんむ】を一瞬で屠る力量。


 彼はその存在に覚えがあるようだ。




「──多分逃げ遅れた子供だと思います。……紹介が遅れましたね。僕は『黎明騎士団れいめいきしだん 七番隊 副隊長』アテメア・デイルです。怖かったでしょう?もう大丈夫です、よく頑張りましたね」


 ──それは【黎明騎士団れいめいきしだん】またの名を『世界の夜明けを望むもの』。


 数千年前から世界にいたとされる脅威【魔物】。

 そして近年、世界に突如として現れた【現夢げんむ】。



 それら異形の存在を討伐し、この世界においての人類【霊神れいじん】を守る世界最高峰の騎士団である。

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