『命の重さを数えていた ー 誰にも言えない仕事の記録』

@haruto_sakuma

プロローグ──命の重さを数えていた

──この金庫には、命の重さが詰まっていた。


一万円札、五千円札、千円札。

バラバラの紙幣が入った封筒の束。

その日は何日か分の売上を回収した日だった。


合計は、256万8千円。


手のひらが乾いていく。

紙幣の冷たさが、じわじわと掌から心の奥にまで染み込んでいく。


「お前は、まだ壊れないのか?」


紙の束が、そんなふうに語りかけてくる気がした。



俺は、ある業界の店を経営している。

──正確に言えば、世間からは後ろ指をさされるような業種だ。

けれど違法ではない。むしろ合法の枠内で、誰かの人生を支える“受け皿”のような仕事。


毎日、金庫の前に立ち、現金を数える。

一枚一枚、目で見て、指で弾いて、確かめる。

それが、親から受け継いだやり方だった。


年商、およそ3億円。

この国で、年間3億円を、毎日手で数えている人間がどれだけいるだろうか──

そんなことを考えている暇があるなら、もっと誇れる人生を歩めばいいのに。


そう思いながら、今日も仮面をかぶって生きている。



別の顔もある。

スーツを着て、まっすぐな目をした人たちの前に立って講演する事がある。

講演のテーマは

「自分のために生きるという事。」

俺が壇上で話すと彼らは真剣に耳を傾けてくれる。

ある日、講演のあと、涙を浮かべて感想をくれた人もいた。


──でもそのとき、俺はスーツの下に、裏の顔を隠していた。


俺はあの日、

“自分のために生きるって事は誰かのために生きるって事に繋がるんですよ”なんて事を語っていた。



親父に言われた言葉を、今でも覚えている。


「誰にも言うなよ。どうせ誰も、わかってくれねぇから。」


たしかにそうだった。

この仕事は、説明しても理解されない。

だから黙った。

整えた人生を仮面のようにかぶって、黙って生きた。


でも──

誤魔化すたびに、自分の中で何かが死んでいった。



若くて、まっすぐで、将来を任せたいと思っていたスタッフがいた。

現場を支えてくれていた、信頼できる男だった。


でも限界が来て、彼は店を去った。

その一年後、病気で亡くなった。


俺は止めなかった。

「お前の人生だから」と、突き放した。


──今でも思う。あのとき、無理にでも引き止めていたら。


彼は、俺が殺したようなものなんだ。


矛盾する世界で、誰かを犠牲にして、俺は人の前で話す価値があるのだろうか。


それでも、そうありたいと願う自分がいる。



これは、俺の人生の話だ。


金と欲と、嘘と矛盾にまみれた世界で、

それでも“人間らしくあろう”ともがき続けた話。


誰にも言えなかったこの日々を、

誰かの人生にそっと重ねてもらえたら──

少しだけ、俺の過去も救われる気がする。



これは、過去と向き合うための物語。

そして、“誰かのために何かを選びたい”と思ったあなたに捧げる一冊です。

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