ユアと魔法の国

らりるれお

第1話 二度目の朝

 その日、世界は泣いていた。

 空は鉛のように重く、雨は地面を貪るように降り注いでいた。

 ぬかるんだ大地に倒れた彼女の身体から、温もりはとうに失われていた。


 けれど、死体の上にはまだ、生の気配があった。


 


 ——その少女の名は、ユア・リィト。


 


 辺境の村で育った、ごく普通の村娘だった。


 笑い、怒り、家族に甘え、村の子どもたちと走り回っていた。

 彼女の人生に魔法はなかった。

 魔獣も、魔導核も、都市も、貴族も、何一つ関係のない世界。

 あの日までは、そうだった。


 


 あの化け物たちが村を襲ったのは、ある嵐の夜。

 村の人は必死で逃げた。

 ユアも、弟ロエルの手を引いて走っていた。


 だが、ユアは生まれた時から足が悪く走ることにはもちろん慣れていない。

 そして崖の縁で足を滑らせた。──私はそのまま、闇に落ちていった。



 

 転がったその身体は、ただ息を失う時を待っていた。しかしそこにひとつの“それ”が降り立った。


 ぬるりとした黒い霧。

 意思を持たないはずの魔素が、明らかに何かを探すように彷徨い、

 やがて、少女の体に「手」を伸ばした。


 


 ——擬態不能。情報量過多。解析不能。


 

 少女を包むように黒い霧は身体を探り何度も弾かれた。


 不可能と判断するには十分なほどに、しかしその日そこにいた“それ”は違った。

 執着や怨念、あまりその身体に固執する姿勢は確かな意思であり、何か目的を持って何度も試行を繰り返す。


 


 ——術式構築開始。対象:ユア・リィト。


 


 偶然か必然かそれは、少女の死体を“読み取った”。

 筋肉、神経、皮膚、表情。

 感情、記憶、声色。

 心の動きまでも、解体し、理解し、なぞった。


 


 その時だった。


 


 ——〈人格反応〉あり、読み取り可能。


 


 その瞬間黒い霧は少女をそのまま丸っと飲み込んだ。

 消えたように思えた身体であったが、黒い霧が段々と鮮明にはっきりと形を整える。

 そしていざ完成した姿は少女そのものであった。

そこにいた異常な魔素たちは少女の身体を媒体として、少女を完全に擬態した。


 その上で起こったもう一つの事実。記録されるはずの“情報”が、消えないまま残った。


 それは残滓ではなかった。

 強く、鮮烈に、そこに在った。



 ユアの“自我”が、消えていなかったのだ。



 魔素は人間がそれを操ることで魔法という形で昇華することができる。


 魔素の三つの性質

活性化、擬態、書き換え

がそれを可能にする。



 ——融合、完了。

 


 ただ間違いなく言えるのは一度は壊れたその肉体を再生して、彼女を意志を残した。新しく生まれたもう一つの意思と共に。


 


 壊れ治ったこの身体に

 かつて確かに生きていた“本物の少女”

 どこからか生まれたもう一つの“何か”


 二つの心が、ひとつの身体で目を覚ました。

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ユアと魔法の国 らりるれお @reoshousetsu

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