お洒落なカフェでソロプレイヤーは辛いときもある

 同じ日の帰り道。俺は昨日一昨日に続き、茉莉ちゃんを家まで安全に送り届けるという任務を遂行していた。とはいえ、今日もお邪魔したりはしない。

 用事はないし、何より別の家にいる父親という絵面に遭遇したくないからだ。


「もう週末かぁ……茉莉ちゃんって、休みの日は何してるの?」

「特別、面白味もないですよ。読書したり編み物したり、お菓子を作ったりとか」

「お菓子かぁ。俺は食べる専門だなぁ……」

「でしょうね」


 さも当然であるかのように、茉莉ちゃんはすっぱりと言い切る。


「人を見た目で判断しちゃいけないんだぞ」

「間違っていましたか? それなら誠にごめんなさいです」

「いや間違ってはないけど……」

「ちッ」

「だと思ったよっ!?」


 段々と俺も茉莉ちゃんのノリみたいなものが理解できてきた。まぁ、それと引き換えに俺の立場が自動的になくなっていってるが……とりあえず気にしない方向でいく。

 すると茉莉ちゃんは少しだけ態度を改めて、話を切り出してきた。


「ところで信二郎先輩、明日の午後は空いてますか」

「明日?」

「はい」


 ……一応、先輩からも何も言われてないので今のところ予定はない。

 それに渡会は部活だろうし、小夏は確か部活の友達と出かけると昼間に聞いた。

 用事より先に予定の有無を聞いてきたのが男子だったら、とりあえず断ることも視野に入るが、茉莉ちゃんにそんな態度を取るわけにもいかないだろう。


「空いてるけど、何か人手が足りない?」

「いえ、そういうわけではないのです。ただ、この前の恋愛相談の伝手つてであの女と互角に渡り合ったらしい人と連絡がついたので、対久住春乃に関する有識者会議を開こうかと。だから可能であればこの際、信二郎先輩でもいいから参加して欲しいと思いまして」

「いやあなた、伝手が広がるの早くない?」


 やっぱり茉莉ちゃんに備わると思わしき、人心掌握術は本物なのだろうか。

 何にせよ、春乃先輩はともかく。俺には一生、真似できないコツが必要に違いない。


「……もしかして先輩、クラスだと浮遊してて。年下とだけ仲良しな先輩さんですか?」

「違う、断じて! 俺はせっかく中学を卒業したのに高校で馴染めなくて、居心地がいい部活に高頻度で顔を出す、別に言うほど仲良くない先輩なんかじゃないっ!」

「そこまでは言ってないです」


 ……なるほど。つまり知らない相手とひとりで会うのは怖いからついてきて、と。

 そういうことか。身長はデカくとも、何だかんだ茉莉ちゃんも中学一年生なわけだ。


「――違います。勘違い甚だしいです。誠にムカつくです」


 シュバババッという効果音が似合いそうな反応速度で茉莉ちゃんが言う。可愛いねぇ。


「ま、まだ何も言ってないんだけど?」

「うるさいですよ、顔が」

「お顔チャック」

「「ちッ」」


 軽い舌打ちが重なる。ほら理解ってきた、理解ってきた。ふはは!

 俺を見る中学一年生は、心から悔しそうな表情で「ぐぬぬっ」と唸り始める。

 と、まぁ。そんな具合の気安いやり取りを続け、程なく。見覚えのある古民家が見えてきて、小さなため息をこぼした茉莉ちゃんにジッと目を向けられた。


「では信二郎先輩。送ってくれて一応、ありがとうございました。また明日、です」

「おうおう。また明日」


 素直に頭を下げられたくらいで、少し嬉しくなってしまう俺はたぶん相当チョロい。

 でも仕方ないから多少は大目に見てやろう。あぁ、なんて心が広いんだ。

 ――で、夜が明けたのどかな昼下がり。俺は帰宅途中にもらったLINEの通り、茉莉ちゃんと駅で待ち合わせ、有識者とやらが待つ雰囲気のいいカフェまで来ていた。


(うわぁ、一人だと入り辛い感じだ……でも、一回行くと常連ぶれる気配も匂う……)

「なに急に突っ立ってるですか。早く行くですよ」


 茉莉ちゃんに応えるようにふわりと風が吹き、古風な扉の風鈴が凛と鳴く。

 そして、店先に立てかけられた《CAFE,THEORIGIN.ANTIQUE》の木製看板をちらりと横目に、いざ俺と茉莉ちゃんは店内へと足を踏み入れた。


(おぉ、外観に見劣りしない内装だ)


 高い天井には煌びやかなシャンデリアがいくつもあり、壁に掛けられた多くの古時計は目を向けた者の感覚を惑わせる……ような期待感がある。

 そうでなくとも古本やレコード、英国的と思われるアンティーク家具の数々が置かれた風情ある装いが纏う甘美さは、店に立ち寄った者を酔いしれさせる……かもしれない。

 あえて表現するなら古色迷宮こしょくめいきゅう、だろうか。

 日ノ本より遠く離れた異国の地と誘うような夕闇の匂いに彩られており、俺の心もつい普段と異なる語彙を使いたくなる気持ちにさせてくれる場所だった。


「いらっしゃいマせ。お二人様でスか」

「待ち合わせです」

「はイ。窓際、もう来てまスよ」


 目線で促されるまま、俺たちは店の奥へと進んでいく。店主マスターは浅黒い肌の外人であり、一人だけいるらしいウェイトレスの女性は、和装メイドだった。

 そんなカフェの一角。行き交う雑踏を視界の端に追いやりながら、可愛らしいカップに口をつける有識者は実にゆったりとしたティータイムを過ごしている。というか――


「いや飾森じゃねぇか! 有識者ってお前かよ……」


 確かにそういえば体育祭の騎馬戦で、あの暴力の化身と互角に張り合っていたな。

 飾森の方も俺が来るとは聞いてなかったのか、珍しく普通に驚いた様子である。


「あら。この店であなたと会うのは正直、意外だわ。するとそちらが米良さん?」

「あ。はい、そうです。米良茉莉です。お二人は知り合いだったですか」


 俺の反応に驚いた茉莉ちゃんが、気を取り直して挨拶をした。


「同じクラス、同じ中学」

「あと彼氏彼女でもあるわね」

「「――――ッ!?」」


 いきなり何を言っているんだ、こいつは。信じたらどう――……いや、信じねぇか。

 ん? そういや俺、茉莉ちゃんに先輩と付き合ってる話、まだしてなかったような。

 言ったら滅茶苦茶、ドン引きされる気がする。それらしい空気感も出てないし。


「ふふ、冗談よ」

「なっ、なんだ。冗談でしたか……それなら良かったです」

「へぇ。好きなのかしら、彼のこと」

「いえ。苗字が真田を好きになる女の人は、誠に異性を見る目がないと思うので」


 澄んだ瞳で答え、茉莉ちゃんは窓際の席につく。俺はその隣の通路側だ。


「まぁ、とりあえず飲み物だけでも頼むか。どれどれ……」


 メニュー表を取り、茉莉ちゃんにも見えるようにテーブルで広げる。

 色々あるな。でも名前から想像できないものは、写真がついてるので非常に助かった。


「ボクは決めました」

「じゃあ呼ぶわね」

「俺がまだなんですけど」


 気にせず、飾森はウェイトレスさんを呼んでしまう。知ってた。

 そして、落ち着いた足取りでやって来たのは物凄く無表情なひとだった。


「お伺いします」

「えぇっと、じゃあアーモンドミルクラテと――……」

「マスカットジャスミンティーをお願いします。ひとまず以上です」

「アーモンドミルクラテ、マスカットジャスミンティーがおひとつずつで御座いますね。承りました。どうかごゆるりとお待ち下さい」


 淡々とした和装メイドの女性は、かっちりと礼をして去っていった。


(ははん。なるほど、茉莉花茶ジャスミンティー。何だかんだと可愛いとこあるよな)

「なんです、その顔は」


 気配を察知してか、茉莉ちゃんがぬッとした(?)視線を向けてくる。


「いや別にぃ~?」

「……むっ」


 直後。テーブルの下でみにくい足の潰し合いが始まった。おかしい。テーブル下にある空間は、男女が足の指先で優しくイチャつくために作られたスペースのはずなのに……。


「にしても飾森、お前……抹茶ラテにチキンってどうなの?」

「美味しいわよ。実は常連なの、わたし」

「そうじゃなくて。まぁ、いいんだけど」


 相性悪くねぇか、と思う。少なくとも俺は別の飲み物と食べたい。

 飾森はいつも通り粛々と、グリルチキンをフォークで口元へ運んでいく。

 肉にかけられた亜麻色のソースは、癖のある香りのゴルゴンゾーラチーズに生クリームやパルメザンチーズなどを加えて作ったものらしい。メニューの横にそう書いてある。

 白皿には他にも、マッシュポテトと色とりどりの新鮮な野菜が添えられていた。


「――それで。久住春乃に対抗するにはどうすればいいか、だったかしら」

「は、はいですっ」


 残りをささっと食べ終えた飾森が改めて口を開く。

 反応を見るに茉莉ちゃんは明確に自分より上だと理解してると、だいぶ素直らしい。


「単刀直入にお聞きします、どうすればボクはあの女に一泡吹かせてやれますかっ!」

「それは物理的な話? それとも精神的な話?」

「可能であれば両方希望ですっ!」

(物騒だなぁ……)


 とはいえ、この質問に飾森が答えられるのなら俺にも応用できるかもしれない。


「聞くまでもなかったわね。けどそうね……ちょっとわたしと腕相撲、しましょうか」

「はいっ!」

(お、俺相手の時と違ってとても素直だ……)


 目を菌類みたいにキラキラさせながら、茉莉ちゃんは右肘をテーブルに乗せる。

 対する飾森が差し出したのは右腕――ではなく、右小指だった。

 普通なら馬鹿にするのも大概にしろと健常者は憤慨するだろうが、春乃先輩もこいつも異常者寄りの人間である。そして、異常を体験した者だけが理解できるのだ。

 これくらい勝てなければ、物理的な勝利は到底望めないのだと。


「――ぅ、うう……りょ、両手で小指に負けたのです。し、信じられないです」


 結果としては、完膚なきまでに茉莉ちゃんの惨敗。

 なんなら俺も加わったが、テーブルに置かれたカップの水面すら揺れなかったほどだ。


「ふふっ。けど久住春乃は恐らく、これを割り箸のようにへし折るわ」

「「――――っ!」」


 俺たちは揃って息を呑む。

 冗談みたいな話だが、肉体言語で対話できた当事者が言うのだから信じざるを得ない。


「……せ、精神的にでも勝つにはど、どうすればよいのですかっ?」

「言葉にすれば簡単ね。どんな戦いでも相手の嫌がることをし続けるのが鉄則。つまり、奪ってしまえばいいのよ、彼女が持っている彼女以外の何もかも。全て」

「奪う……」

(そういう感じか)


 飾森らしい……というか、その、あれだ。情緒不安定メンヘラ女の思考回路だと思う。

 別にけなしているつもりはない。まぁ、かと言って賞賛もしないが。

 この場合奪うのは人間関係であったり、立場であったり。そういう、人間が持っている〝無くしてからでないと輪郭を描きにくいもの〟を自分のモノにするということ。

 言い換えれば、春乃先輩の尊厳を破壊すればいい、と飾森は言ったのだ。


「けれど敵意を悟られてはいけない。あくまで穏便に。ゆっくり、遅行性の毒のように」

「となると、二年生ですから最大でも二年がかりの計画になるわけですか……」


 真剣な眼差しで茉莉ちゃんが考え込んでいる。

 けど〝死ぬほど悔しい〟以外の悔しさってそんなに持続するものだろうか。

 韓国ドラマの復讐モノ並のしつこさを持ち合わせてないと、達成不可能な気がする。

 飾森は抹茶ラテを意味もなくかき混ぜながら、妖しい笑みを浮かべる。


「人目のつかない場所に、押し込んで、盗む。名付けてNOOKヌックTUCKタックROBロブ作戦といったところかしら。皆好きでしょ、NTR。する分には」

「「――――っ!」」


 茉莉ちゃんの表情が驚きの後、一瞬だけ険しくなる。

 それは浮気だの不倫だのを連想させる、俗な言葉に対する嫌悪なんだろうか。


「……孤独が怖くない、なんてことを軽々しく言えてしまう人間は単なる強がりか、経験したことのない人間だとわたしは思うもの」


 どこか真に迫る、儚げな言葉の吐露だった。


「つっても実際問題、仮に実行するとしたら何から手を付けるんだ?」


 ともあれ俺としては協力する理由が皆無だが、せっかくだから一応訊いてみる。

 もし渡会に同じことを仕掛けても、恐らく俺が奪う速度より向こうが積み上げる速度の方が圧倒的に速いだろうから。だから変えるならやっぱり小夏の気持ちの方だ。


「そうね。例えば、一番仲のいい友人とか。あとは――……彼氏とか?」

「あんな女に彼氏なんているわけないです。誠に皆無です。趣味最悪です」


 途端、冗談で言ったつもりの飾森のぽかんとした視線が俺に刺さる。


「ですって」

「うるさいよ」

「?」


 茉莉ちゃんが不思議そうに小首を傾げている。まずい流れだ。

 どうせバレるにしても今、俺がいる場でバレるのは得策ではない、と思う。なので、


「ちょ、ちょっとトイレ行ってくる。場所、どこだ?」

「向こうの突き当りを曲がってすぐ」


 逃げ一択だろう。俺がいなくなれば、もしかしたら飾森が話すかもしれない。

 そうでなくても気になって茉莉ちゃんが訊く可能性は十分ある。

 俺はあくまで堂々と席を立ち、トイレへと足を運んだ。

 古風で小綺麗なカフェだけあり、トイレも中々にレトロでお洒落だった。

 俺はなるべくゆっくりと残尿感を振り絞り、少しでも時間をかけて用を済ます。

 それから席へ戻るべく、通路に出た。


(戻ってジト目を向けられたら知ったってことだろうけど……飾森あいつのことだ。俺の考えることなんて全部お見通しで。戻るまで焦らしてるかも……)


 と、予想される最も悪い展開を思い描いて歩いていた、その時だ。


「ん?」


 真正面。つまり、突き当りの曲がり角に一番近い窓際の席。

 なんとなく見覚えのある横顔が見えた気がした。

 ちょっと気になったので、傍で歩くペースを落とすと明らかにぴくぴくしていた。

 だが変なグラサンを掛けており、目元が分からない……と思っていれば、痙攣しすぎたせいかグラサンがずり落ちる。結果、その人物の正体が露呈した。


「「あ」」

「ど、どぅもどぅも……真田くん」


 窓際の一番端の席。俺たちの位置からだと背中しか見えなかった場所。

 そこにいたのは、同じクラスの女子。前園さんだった。

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