オタクが好きなギャルは幼馴染 後

 ――なんてことがあったのが、昨日のことである。

 というわけで。ここで二枚目の投書に触れておくと、結論から言ってそれを書いたのは他ならないオタクくん。つまりは太田蔵ノ介先輩だった。

 こちらもざっくりまとめてみれば、二年C組に在籍している隣の席の江藤慈由利さんが好きらしい。いわゆる両片想いってやつだ。よかったな、ちゃんと変態でちくしょう!

 慈由利先輩と話している時にあえて言わなかったのは、もちろん彼女のためだ。

 嫌われているかもしれない不安を払しょくするのは簡単だがその結果、恋愛のドキドキまで奪ってしまうのは流石に野暮というものだろうと。

 クズの春乃先輩にしては、えらくまともな意見を出してきたので賛成した次第である。

 で、オタクくんはすでに帰宅してしまっていたこともあり、翌日の金曜。

 人の少ない早朝。慈由利先輩に太田先輩を屋上に呼び出してもらうことになったのだ。


「――え、と話ってなんだろう。しぃちゃん……じゃなかった。ごめん、学校で呼ばないほうがよかったんだよね。というかその人たちは?」


 中肉中背にメガネというまあまあスタンダードな格好をした太田先輩が――というか、慈由利先輩もしぃちゃんかよ! あと呼ぶなは呼ばれたいの裏返しだろふざけんな!

 なんで俺はこんな巻き込まれているんだ、やめてくれよ絶対うまくいくのが確定してる関係性にさぁ! しぃちゃん呼びはあんまりだろ……もう、泣けてきた。

 ぐすん。うええ、ぁあ、ぁああああああああああああっ!


「じょ、情緒不安定だね君っ!? だ、大丈夫かい?」

「へーき、へーき。すごく頭がおかしいだけだから気にしないで。ささ、慈由利ちゃん」

「お、おうっ……」


 慈由利先輩はもじもじと足と地面を擦り合わせ、うまく言葉にできずにいた。

 段々と身体がふらつきはじめて髪をくるくると回し、なにやらぶつぶつ言い出す。

 事前にどう話すかLINEである程度会議しているんだけどな。緊張で飛んだか?

 なんて疑問に思っていたら慈由利先輩の頭から湯気が出はじめる。がんばえー。

 しかし、ややあって煙を吹く彼女の口から絞り出された言葉はひどいものだった。


「ぷ、ははははっ! もしかして急に呼び出されて告白されるかもー、とか思い上がったんじゃないでしょうねぇ! ないないっ、ないって! ぷははっ、あんたみたいなチョー冴えない、教室でずっとラノベ読んでるようなの好きになる女子なんていないってっ!」

「「は?」」

「………………」


 太田先輩には恋愛相談について何も伝えてはおらず、シンプルにダメージを受けている可能性が高い。だがまぁ正直、さすがにここまでの取り乱しは想定外だった。


「何もやらないから何もできないだけなのに、貧乏が悪い遺伝子が悪いって時代や環境のせいにして文句だけ言って。何かやったような気になってるからダメなのよ、あんたは」


 こいつはひでぇや。本人もかなり目を回しており、思ってもないことをしゃべっているのだろうとは思う。たぶん、普段言わないような内容も口走ってるレベルだ。

 そもそも言葉にした大半が当てはまらない気がする。趣味への行動力はあるっぽいし。


「ちょ、ちょ……し、慈由利ちゃん? そんな心にもないことがぺらぺら出てくるの逆にすごいけど。うん……とりあえず、どっちも地面に刺して記憶飛ばそっかっ!?」

「いやいや飛ばすな飛ばすな!」


 これだから脳筋はすぐ物理に頼るから困る。

 どう考えてもここは精神担当(?)の俺の出番だろうに! 俺は春乃先輩の肩を叩き、任せておけとキメ顔を向けた……ら、笑われた。ぶっ飛ばすぞ、この先輩マジでっ!


「ごめんね、しぃ――……ううん、江藤さん」


 悲しそうに太田先輩が謝る。呼び出されて一方的にここまで罵倒されるなんて、これはちょっとトラウマ一歩手前の体験だと思う。代わってあげ……たくはないかな。

 慈由利先輩に至っては泣きながら呪文を唱えており、中々に混沌とした状況だった。


「あ、謝るってことの意味はわかるよねぇ? 悪いことをしてる自覚があるってことなんでしょ! そもそも二次元好きってそーゆうのある意味ロリコンだよねぇ。だってさぁ、次元が一個下なんだもん。うへぇやだやだ、キモすぎてありえん――」

「いや、ホントホント。実際、慈由利先輩の言う通りきめぇんですよね」

「……え?」


 俺の一言を耳にして、彼女のマシンガンみたいな勢いがようやく止まる。よし、じゃあここからは俺のターンだ。俺を生贄に幼馴染カップルを召喚してやるからクソッたれ!


「だっていかにも小学校高学年までハナクソ食ってそうな顔じゃないですか? ラノベを読んでるとかそんなの関係ないんですよ。全身から滲み出る臭気っていうか、染み付いた生き方、習慣、行動言動! あらゆるすべてがキモそうなんですよね。人生経験の薄さが顔に出てんですよね、うへぇ……来年、こういう先輩になっていたくねぇなぁ」

「………………」

「は、はぁ? いきなし何ゆってんだ、真田……」

「人間、見た目より中身が大事って言いますけどね。ぷっ、そもそも見た目の悪い人間の中身なんて興味わかなくないですか? 料理だってそうでしょ。いくら食べたらおいしいなんて言われてもおいしそうに見えないものとか興味持てないに決まってますし。だから偶然中身を知った結果、自分だけが知ってる相手の魅力にやられて冴えなくてもモテたりするわけでしょ? つまり俺から見た太田先輩なんて、地味通り越して虚無――……」


 思いついた言葉をテキトーに並べていく視界の端。尋常でない怒りを爆発させた慈由利先輩が駆けてくるのが見える。うーん……死んじゃうのかな、俺は?


「あーしの大好きなクーちゃんのッ、悪口言うなぁあああああああああっっ!!」

「え」

「うぐっえあばッ!?」


 放たれたのは顎の骨が砕けるんじゃないかってくらい的確すぎるストレートだった。

 なんだ、この人も殺人拳の使い手か。やるな! 許して!


「言えたじゃねぇですか。やれやれあっ痛ッまッ話聞ぃ……」


 しかし当然のように容赦ない追撃が、俺を襲う。

 痛い痛い。春乃先輩とは違って意識が残ってる分。ある意味こっちの方が辛かった。


「江藤……しぃちゃん! 待って蹴るの待って!」

「クーちゃん止めないで! こいつ許せない!」

(助けてオタクくん!)


 太田先輩が慈由利先輩を止めるために近寄って――


「ボクも蹴りたい!」

(助けてオタクくん!?)


 いやまぁ、いきなり現れた見ず知らずの後輩にあれだけの暴言を吐かれたらブチギレも致し方なしなのはわかる! わかるんだけど、お前だよお前!

 意図は理解しているだろうに。げらげら笑ってるクズミーはホントあのさぁ……。

 ていうか、そろそろヤバい。意識がなくなる。いやむしろ早くなくなってくれ。


「あ、そろそろ意識飛びそうね。ストップストーップ! 中止!」

「「うぉあっ!?」」


 さすがパワー系女子。軽々とふたりを放り投げ、状況をリセットする。

 しかしひとのこと平気で気絶させるだけあって、意識を失う瀬戸際が見極められるのはすごい。なんだけど……ひどすぎだろ、絶対いつか倒す。打倒、春乃先輩だ。


「太田くん、聞き逃した? 慈由利ちゃんの〝あーしの大好きなクーちゃん〟って」

「え、あ……そういえば……そうか、なるほど。そこの彼はそれで……」


 太田先輩から俺への怒りが僅かに消えたのか、少しやわらかい笑みが向けられた。

 もしかすると自治会に出した投書のことが可能性として浮かんだのかもしれない。


「しぃちゃん、ボクもしぃちゃんが好きだ。付き合って欲しいんだけど……いいかな?」

「ひょわっ!? へ、あ……ほ、ホント? マジ?」

「マジマジ」


 するとややあってからふたりは恐る恐るという感じで抱き合う。

 おめでとうございます……なんだか素直に喜べないけども。

 それから慈由利先輩と手をつないだ太田先輩が振り返り、俺に言った。


「さっきのは本心……じゃないよね?」

「あ、当たり前ですよ。先輩のことなんにも知らないですし……でもあのままだと慈由利先輩が暴走して、先輩たちの関係が終わっちゃうじゃないですか」

「う……」


 う、じゃないよまったく! 予定通りだったらこんな痛みいらなかったのに。

 これが自己犠牲ってやつか。気分はよく……いや微妙だなぁ。


「蹴って悪かったね、えぇと真田くん?」

「気にしないでください。どうしてこんなやり方しかできないんだ……! なんて人生で一度くらい言われてみたいなぁとか思っただけですから」

「ふふっ、いいよね。自己犠牲キャラ」

「しかも〝やれやれ〟まで達成できましたよ、満足です」

「確かに。ほら、しぃちゃん」

「……あーしが悪かったよ」


 太田先輩と慈由利先輩の手を借りて、どうにか俺は立ち上がれた。

 なのに春乃先輩がまだふらついている俺を遠慮なくぺしぺし叩く。鬼か、こいつ。


「自治会の手伝いであなたたちの恋愛成就ために、このアホはああいうこと言ったわけ。ふたりとも目安箱に出してたのよ、隣の席のひとが好き! って。面白いでしょ?」

「「え……」」

「クーちゃん……」

「しぃちゃん……」


 こうして、悖徳高校にまた一組のバカップルが誕生したのである。

 ふたりは見つめ合い、自分たちの世界に突入していた。くそっ、三週間で破局しろ!


「真田くん、せっかくだから連絡先を教えてもらえるかな?」

「あ、はい。いいですよ」

「あとできれば誰かに付き合ったきっかけの話とかする時、あたしたちの名前を出してもらえると助かるよ。素敵なカップルが縁を結んでくれた、みたいに」

「え、まー。それくらいはいいケド。素敵カップル……?」

「なんだかいかにも謎部活モノって感じだね。あ、そうだ。しぃちゃん、明日なんだけど部活終わって時間あったらさ。デートしようよ」

「「「!?」」」


 不意にそんなことを言い出した太田先輩の全身は、輝いている気がした。

 こ、これが彼女を持つ者と持たない者の〝差〟ってやつなのか……っ!?


「いやいや。そんなデートに誘えるくらいなら普通に告白とかできそうなもんですけど」

「ちがうよ、真田くん。逆なんだ。彼女ができたという事実がボクに自信をくれたんだ」

「――――っ!?」


 つ、つまり彼女ができやすくなる〝自信〟をつけるためには、彼女を作ることが一番の近道ってコト!? なんだそんな簡単なことだったのか! しんでしまえ!


「う、ま、眩しい……っ! こ、これが幼馴染とくっついた選ばれし者だけが出せる輝きなんですか! や、やられる!? たぶん俺、闇属性なので消滅しちゃいますぅ!」

「ま、正直なところここに来る途中でテニス部の渡会くんが彼女を日曜かな? デートに誘ってたのを聞いたからっていうのも少しはあるけどね」

「へー、渡会せ――……え?」


 俺は思わず口を開けたまま、春乃先輩と見合った。


「「えぇえええええええええええっ!?」」


 考えてみれば、そんなのは当たり前の話である。

 俺たちが悠長に校内の過半数が憧れるベストカップルを目指している間、ふたりの時が止まっているわけではないのだから。愛は、日々が積み重ねていくものだから。

 そして、来たる日曜。俺はまたひとつ、倫理から外れた選択をすることになるのだ。

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