ウラバナシ
「おい、準備できたかよ」
「おう、バッチリだ」
長瀬に声をかけると、威勢のいい返事が返ってきた。
こんな風に誰かを脅かす役をするのは初めてのことで、緊張して心臓がバクバクいっている。でも、もちろんワクワクしているのも確かだ。
俺は手にしている細長い木の枝を、もう一度握りなおす。
その枝の先には濡れたぞうきんをくっつけてある。持参したぞうきんをその辺にあった水たまりで適当に濡らしただけだけど、効果は抜群なはずだ。
翔太と野々村を脅かせるために懐中電灯を切っているので、周りは何も見えない。通路を挟んだ向かいの墓の陰には長瀬がいるはずなのだが、それすらも見えない。
それもそうだ。今日は月が隠れているのだから。
昼間に一度しっかりと確認していてよかったと心の底から思った。これで上手く野々村を脅かすことができるはずだ。
今日の計画はこうだ。
俺と長瀬が潜んだこの通路に、翔太が野々村を連れてやってくる。そしたら、まず俺が野々村めがけてぞうきんをぶつける。そして、ぞうきんに驚いた瞬間に白いシーツを被った長瀬が二人の前に飛び出す。
これが、俺と長瀬と翔太で考えた作戦だ。
この作戦のカギは、ずばり!俺にかかっているといっても過言ではない!
「なぁ、原田ぁ。翔太たち一体いつになったら来るんだろうな。そろそろ来てもいい頃じゃね?」
暗闇の向こうから唐突に長瀬の声が聞こえた。飽きっぽい長瀬らしい。
「確かに来てもいいはずなんだけど、まだまだだな。懐中電灯の明かりすら見えねぇ」
長瀬に言われて、墓石の陰から通路の方に顔をのぞかせる。
俺らが北方向から来るはずなのだが、ライトの明かりは全く見えない。ゆっくり時間をかけて歩いているのか、あるいは、墓地に入る段階で野々村が駄々をこねているのかもしれない。
堪らなくなって、俺は懐中電灯のスイッチを入れた。
「バカ!原田!何やってんだよ、それじゃ計画メチャクチャだ。早く明かり消せよ!」
長瀬の焦る声が聞こえる。
「いいだろ、別に。翔太たちが来て、明かりが見え始めたら消せば何の問題もないだろ。暗すぎて何も見えねぇんだよ」
そう言って、長瀬がいるはずの方向にライトを向けると、そこには白いシーツを被って、もぞもぞと動いている長瀬の姿があった。正直に言って、お化けというよりは大きなゴミ?のような何かにしか見えない。
思わず笑ってしまうと、長瀬がシーツから顔を出して、俺の方を訝し気に見てくる。おそらく、シーツを被った自分がどんな様子なのか全くわかっていないんだろう。本人は相当怖いお化けのつもりなんだ。
長瀬はそのまま、翔太たちが来るはずの方向を見た。長瀬も当分翔太たちが来ないと踏んだのか、シーツを脱ぎ捨てると通路を挟んだ俺の方にやってきた。
「ま、なかなか来ないみたいだし、いっか。つーかさ、あれ被ってると、蒸れてあっついんだよ」
無造作に置かれたシーツを指さしながら、そう言って唇を尖らせた。
実際に長瀬の頬を汗がしたたり落ちていった。俺がお化け役じゃなくて本当によかった。
長瀬が地面に腰を下ろすと、おもむろに口を開いた。
「なぁ、ちょっと聞いたんだけど、野々村が『ディアクエ』やってるらしいんだ。しかも、ステージ7をクリアしたらしい」
「はぁ!?マジかよ!」
長瀬のバクダン発言に、俺は思わず大声を出してしまった。
「ディアクエ」とは最近流行っているRPGゲームのことだ。俺や長瀬、翔太ももちろんやっている。
しかし、ディアクエはステージが上がるほどに難易度が格段に跳ね上がっていくのだ。ステージ7はそれまでとは比べものにならないほど難易度が上がるのだ。俺らはその壁を超えることができずにいた。
「あのさ、コレ終わったらさ、ちょっと誘わね?」
「それ、いいな。攻略のコツ教えてもらおうぜ」
まさか、あの真面目で気の弱い野々村が、ディアクエをプレイしているとは、しかも難関のステージ7をクリアしているとは思いもしなかった。
翔太の幼馴染だとは聞いていたが、あの翔太が距離をとるような奴だ。相当おかしなヤツに違いないと思っていたけれど、実際はそんなこともないのかもしれないな。
しかし、それにしても
「おっそいなぁ、あいつら」
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