マチアワセ

 その夜。

 日がとっぷりと暮れ、随分と涼しい風がそよぐ中、僕は待ち合わせ場所でショウちゃんを待っていた。


 「町の外れの大きな森の中にある墓地で肝試しをする」

 それが、今回の肝試しの計画らしかった。待ち合わせ場所はその森の入り口だ。


 町はずれということもあり、周りには住宅もほとんどなく、明かりも少ない。もちろん人通りだってない。森の入り口に立っている看板を照らしている電灯だけが頼りだ。といっても、時折、ジジと音がして光が点滅するので心細いったらありゃしないのだが。


 こないだの誕生日にプレゼントされた腕時計に目をやると、針はもうそろそろ8時を指そうとしていた。親には「ショウちゃん家族が近くの公園で花火をするから、それに誘われた」と嘘をついた。昔からの付き合いのあるショウちゃんの名前に、親はノーとは言わなかった。


 待ち合わせの時刻は8時であったため、もうすぐ来るはずなのに依然として姿が見えない。


「おーおー、相変わらず早ぇなぁ」


 そんなことを考えていた時だった。


 声のした方を見ると、ショウちゃんが手を挙げながら、ようようと歩いてきていた。

 ショウちゃんの後ろには、いつも彼と一緒にいる友達——えーっと、確か、原田君と長瀬君だったか――がいた。どうやら2人もこの肝試しに参加するようだった。


 ショウちゃんは一言も言っていなかったけど…。


「ちょっと、ショウちゃん!話がちが…」


 いつものように名前を呼んで、聞いていた話と違うことに文句を言おうと思った、その時、


「おい、翔太。お前マジで野々村に『ショウちゃん』なんて呼ばれてんのかよ!」

「なぁなぁ、俺らも『ショウちゃん』って呼んでいい??」


 僕の言葉を聞いて、すかさず原田君と長瀬君が絡んでいく。


 しまった!と僕は自分の口を手で押さえた。あれほど、「ショウちゃん」と呼ぶなと言われていたのに…。


 ショウちゃんは、学校で皆がかっこいいと噂しているくらいカッコいい。スポーツ万能で、ちょっとヤンチャで、だから皆は「翔太」って呼ぶ。かわいいあだ名は自分に似合わないんだって言ってた。「ショウちゃん」なんて呼ぶのも僕くらいなんだろう。


 原田君と長瀬君がショウちゃんをからかっていると、明らかに不機嫌になっていった。


「うるせぇな。俺の事、そんなふうに呼ぶんじゃねーよ。だいたい、野々村もいい加減にしろよな。いつまで俺のこと子ども扱いする気だ。何回も言わせるな」


 長瀬君は軽い冗談のつもりだったらしく、「そんなに怒るなよ」とショウちゃんを宥め始めた。一方で原田君はショウちゃんの「コレ」には慣れているのか、ケラケラと可笑しそうに笑いながらショウちゃんの肩を叩いている。


「ごめんね、


 僕がそう言いなおせば、ショウちゃんはフンと鼻を鳴らした。






 僕とショウちゃんは物心つく前からの付き合いがある。

 家が近かったし、同じ幼稚園にも通っていたから、送迎バスには一緒に乗り降りしていた。

 その頃の僕らは、幼稚園でも散々一緒に遊んだくせに、家に帰ってからも公園で遊びたおしていた。


 決して他に遊ぶ友達がいなかったわけじゃなかった。

 僕にとってはショウちゃんが一番気の合う友達だったんだろう。そして、きっとそれはショウちゃんにとっても同じだったんじゃないかと思う。


 小学生に上がった僕たちは、はじめは幼稚園の頃のように変わらず仲良くやっていた。

 その状況が一変したのは、小学3年生の時。クラス替えで僕たちはクラスが別れてしまったのだ。


 それまではあんなに仲が良かったのに、めっきり会う回数が減って、話すことはもちろん、遊ぶこともなくなった。僕とショウちゃん、それぞれに新たなコミュニティが生まれてしまったんだ。仕方がないかと思っていた。


 でも、今年5年生になって、再びクラス替えがあって、僕とショウちゃんは同じクラスになった。

 僕はすごくうれしかったけれど、ショウちゃんにとってはそうでもなかったみたいだった。

 僕と話すときはどこか不機嫌そうな様子を見せることが多くなったし、なにより、昔からのあだ名「ショウちゃん」と呼ばれることを急に嫌がるようになった。ショウちゃんも僕のことを「野々村」と名字で呼ぶようになった。幼いころのあだ名ではもう呼んではくれない。




 だから、今回この肝試しに誘われたときは本当に驚いた。

 ショウちゃんと話すことも、遊ぶこともなくなっていたから。もしかしたら、ただの人数合わせなのかもしれないけれど、それでも僕は誘ってくれたことが何よりも嬉しかったのだ。










「よし、全員そろったし、行くぞ!」


 さっきの不機嫌はどこへ行ったのか、ショウちゃんは元気よく声を張り上げた。


 そして背負っていた小さなバックパックから懐中電灯を取り出す。大きめの懐中電灯で、スイッチが入るとカッと強い光があたりを照らし出した。

 原田君や長瀬君も背中のリュックから大きめの懐中電灯を取り出している。


 僕も皆にならって、自分のポケットから懐中電灯を取り出した。…ペンライト型の。

 スイッチを入れると、白い光がほうっと浮かび上がった。しかし、ペンライト型の光の強さなど、たかが知れていて、僕の足元をかろうじて明るく照らしているだけだ。


「はぁぁ。僕も大きいのを持ってくればよかったかなぁ」


 思わず口からため息が零れる。だけど、今更後悔しても遅い。取りに戻る訳にもいかないのだから、これで我慢するしかないのだ。



 ショウちゃんたちは、僕のことなどおかまいなしな様子でズンズンと森の中へ入っていってしまった。


「ちょ、ちょっと、みんな待ってよ~!」


 僕はみんなに置いて行かれないように、駆け足で森の中へと足を踏み入れたのだった。

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